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第4章 息子と出会い、文章の世界へ

12月に入り、僕は息子を抱っこしながら雪景色を眺めていた。


しとしとと降り頻る雪。

綺麗で見惚れる。

息子は雪のことを何て思うかな?


「ほら、雪だよ」

言葉がまだ通じなくても心が通じていれば、今はそれでいいかな。


育休期間に入った僕は、毎日楽しみと息子の寝かしつけで眠りの浅い日々を過ごしていた。


息子が産まれた時、僕は分娩室の中で息子の産声より大きな声で泣いた。


2268gで産まれた息子。

でも、誰よりも逞しく、そして、誰よりも優しい心を持ち、育ってほしい。


初めて息子を抱き上げた時の感動は、今でも忘れられない。


いや。

忘れてはいけないものがこの世にあるとしたら、この瞬間のことを言うのだろう。


僕達は、息子に「佳」という名前を授けた。


圭は、半分にすると、左右対称であり、整っているの意味。

そこに、人偏を加えると、「心身共に優れている」の意味になる。


千聖と子供の名前を決める時、「けいくんがいい」と言ってきた。


僕は、母親の意向を優先した。

千聖のお腹から伝わるものがあるだろうし、妊婦にしか分からない直感がある。


僕は、その見えない力に判断を委ねた。


そして、僕達は毎日幸せな日々を過ごしている。


千聖は元保育士で慣れた手付きで、オムツを変えたり、ほほえみのキューブでミルクを作っていた。


それに比べて僕は初めての子育て。

オムツの向きが前と後ろ逆だったり、ミルクのお湯の量を間違えたりと、悪戦苦闘した。


でも、全てが楽しかった。


主に千聖は、昼間に。

僕は、夜に佳くんのお世話をする分担になっていた。


昼寝から起きた僕は、子供が産まれる寸前に建てた一軒家のリビングにいた。


外観は、ダークブラウンとグレーを基調としたシックなデザイン。


一歩家の中に入ると、白を基調とし、床は大理石のようなコーティングで、家族みんなが明るく暮らせるようにと願いを込めて設計した。


階段は吹き抜けで、2階には佳くんの部屋になるであろう一室と、寝室、それに、僕の書斎部屋だ。


僕の部屋のニトリのシェルフには、本が徐々に並び始めていた。


この育休中に、読書を楽しみ、職場に復帰したら、またみんなに僕が読んだ知識を教えるつもりだ。


ワクワクしていた。

子育ても、これからの仕事も。

本達と一緒なら、より良い未来に迎える気がしていたから。


「パパ!佳くんをお風呂に入れるから手伝って!」


千聖が風呂場から僕の名前を呼んだ。


「うん!今行くよ!」

僕は慌てて思考を沐浴に切り替えて、風呂場へと向かった。


千聖が、長袖の黒いヒートテックを腕まくりして待っていた。


佳くんは、スヌーピーが描かれた洗面器の中に入っていた。


僕は、TOTOのSazanaのほっカラリ床を踏み締め、佳くんの元へと歩み寄った。


僕は、佳くんの後ろ首を持ち上げ、千聖がシャワーで流す。


幸せだった。

毎日佳くんの身体をこうして洗うことが。


家族みんなの時間。

残業ばかりしていたら、この幸せは来ていたのだろうか?


いや。

多分来ていなかったろうな。


本を読んで変わったから、こうして舞い降りてきた幸せなんだ。


育休期間後も、残業をする予定はない。

この幸せを、ずっと噛み締めていたいから。


あぁ。

やっぱり僕は水回りだと、思考が回転するみたいだ。


全く、こんなこと佳くんに知られたら恥ずかしいよな。


でも、いいか。

これが、佳くんのパパだもんな。


「ねぇ、パパ。聞いてる?」


千聖が、少し不機嫌そうに僕に言ってきた。


「ん?なに?」


千聖が呆れたように言った。


「さっきから佳くんを抱っこして背中洗いたいって言ってるんだけど」


僕は思考を停止し、「ごめんごめん」と千聖に謝り、佳くんを抱きしめて、小さな背中を千聖に向けた。


本当に小さくて逞しい。

僕も、佳くんのように強く生きたいと願った。


深夜になり、千聖は寝室で寝ていた。

僕は、U-NEXTでナイツやロッチなどのお笑いライブを見ていた。


今の佳くんは、1時間毎に夜泣きする。

お笑いライブを見て笑っていれば、眠気も少なくなりそうだと考えた。


近くにあったセブンで買ったカップヌードルの醤油を食べようと、ケトルの電源を入れた。


眠気覚ましに、ネスカフェのボトルコーヒーを、ブラックで飲んだ。


僕は考えた。

これから先、どうなるのか?


佳くんは、すくすくと大きく育つだろう。


それと同じように僕のサラリーマン人生も、佳くんのように、時を重ねる毎に責任も背中も大きくなるのだろうか?


不安だ。

パパになって、その不安が日を追う毎に不安が伸びたり縮んだりしていた。

まるで、影のように。


お湯が沸き終わった。

僕はカップヌードルにお湯を注ぎ、蓋の上に箸を置いた。


お笑い番組で、観客が笑っている声を聴きながら、僕は思った。


(これから先も、家族みんなで笑っていたい。ずっと。ずっと。)


「えーん!!!」


すると、突然、佳くんが泣き始めた。


僕は、カップヌードルを置き去りにして、佳くんが寝ているベビー布団まで駆け寄った。


優しく抱き上げる。

小さな身体。

だけど、大きな心。


手から伝わる温もりが、僕の歩を前へと進ませてくれる気がした。


育休期間が明けた2022年1月中旬。

僕は、Mary'sのチョコレートが入った紙袋を持ち、平塚の店舗へと出勤した。


約1ヶ月半振りの出勤。

育休前より少しは成長したのかな?


自分の変化は、一番自分が分からないっていうけど、本当にそうだと思う。


まぁ、馬場さんや谷村さんに何て言われるか分かったもんじゃないけど。


細矢さんや畑山さんは、褒めてくれそうな気がする。


それは行ってからのお楽しみか。


僕は、青いMOVEのエンジンを停止し、車から降りた。


肌寒い風が僕の身体を吹き抜ける。

急足の人達は、風が吹く度に、首にあるマフラーを口元まで覆っていた。


僕はそんな人達を横目に見ながら、助手席にあったMary'sのチョコレートを取り出し、店舗の中へと入っていった。


見慣れた光景だが、何処か懐かしく感じた。


まだ離れて1ヶ月半しか経ってないのに、ひどく久しぶりに来た感じがした。


それほど育休は濃い時間だったのだろう。


レジにいた木俣くんが、僕に気付いた。

レジのお金を数えるのをやめ、レジから出て僕の方へと駆け寄ってきた。


「店長!お久しぶりです!それと、明けましておめでとう御座います。本年も宜しくお願い致します!」


丁寧な挨拶をしてきたので、僕もそれに習って「ありがとう!育休ありがとう!今年も宜しくね!」と返した。


僕は木俣くんに挨拶すると、店舗奥の事務所へと向かった。


見慣れたパンの売り場や、お菓子コーナーや洗剤売り場が、僕を妙に安心させた。


やがて、事務所へと辿り着くと、細矢さんがいた。


KCに着替えた後で、僕に気付くと、すぐにこう言った。


「あっ!店長!おかえりなさい!育休はどうでしたか?」


僕は細矢さんの質問に素直に答えた。


「ただいまです!育休ありがとうございました!すごく楽しい時間を過ごせました!」


細矢さんが、僕の話を聞いた後、何度も何度も頷いた。


「それは良かった!今の時代、男性も育休が取得出来るから!いいなぁ。羨ましい。私が出産した時なんて、旦那はずっと仕事だったんだから」


僕は少し苦笑いをした。

やがて僕は改めてお礼を伝えた。


「細矢さん!育休期間も店舗の切り盛りをして頂き、本当にありがとうございました!これ、良かったら皆さんで召し上がってください!」


僕はMary'sのチョコレートを細矢さんに手渡した。


「まぁいいのよ!そんなに気を遣わなくても」


僕は首を横に振った。

小さく。

だけど、優しく、力強く。


僕は真っ直ぐ細矢さんの目を見て言った。


「これからも宜しくお願い致します!精一杯頑張ります!」


それからの僕は、より一層仕事へと打ち込んだ。


育休中に読んだ「人は話し方が9割」や「伝え方が9割」など、コミュニケーション術を活かしながら。


仕事していて感じたのは、コミュニケーションが全ての土台だということ。


これは、職場でもそうだが、家庭でも同じだ。


コミュニケーションがあって、信頼関係が生まれる。そこから仕事に発展し、最後は結果という形になる。


これは、店長になってから見えた景色でもある。


店長は、部下全員と接しなきゃいけない。


誰にどんな長所があり、どんな短所があるのか?趣味は何か?家族構成は?


ここら辺を把握する必要がある。


誰だって自分のことが嫌いな人にこういう情報は教えたくない。


だからこそ、まずは、自分から心を開くことが大切だと、コミュニケーションの本を読んで導き出した僕の結論でもあった。


そして、僕は育休中にとある一冊と巡り合った。


それは「論語」だ。

NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一が生涯肌身離さず持っていたのが論語だと知り、興味を抱いた。


佳くんが生まれたタイミングと同じ時期に知ったことに、僕は運命を感じた。


そこで、行きつけのSEIBUの本屋で論語を購入し読むと、僕は衝撃を覚えずにはいられなかった。


論語というのは、古代中国の思想家の孔子とその弟子たちの教えを、後世の弟子たちがまとめたものだ。


約2500年前からあり、歴史を感じる堅苦しい書物のようだが、実際は心震えるものがあった。


教えに一貫していたのは、「心」。

精神も肉体も、全て心によって成り立ち、心を生涯育てることの大切さを、論語から感じ取れた。


僕はこの論語の教えを、みんなに教えたくて仕方なかった。


毎日読んでいても飽きず、新しい発見が常にある。


素晴らしい本に出会い、また素晴らしい年になりそうだと確信していた。


そして、息子が生後3ヶ月を迎え、僕の人生が大きく動き出すんだ。


僕は、いつも通り本を読んでいた。


今日もアウトプット大全と論語だ。


最近、本の内容を忘れないように、青いフリクションで本に書いてある文字の近くに、感想を書きながら読むようにしていた。


これは、読書術の本とアウトプット大全の内容を組み合わせた僕なりの方法だ。


青色には、記憶を定着させ、思考を働かせる効果がある。


そして、人は週に3回ほど使った知識は記憶される科学的根拠もある。


この2つを組み合わせて、青いフリクションで「脳にこんな仕組みがあるとは驚き!」「この知識、あの人に教えよう!」など、自分なりの感想を書き込んでいった。


更に、時間がある時は、自分が書き込んだ箇所に付箋が貼ってあるので、何度も何度も読んだ。


週に3回以上は学んだことをアウトプット出来るように千聖や職場の人達に雑談を交えて話していく。


これを繰り返していた。


この2つを始めてから、僕の読者熱は加速するばかりだった。

まるで、滑走路を走り出した飛行機のように。


不思議なもので、学べば学ぶほど、もっと学びたいと思うようになっていた。


論語にも、「人生の喜びは学んだことを活かすこと」とあるが、まさに今それを体験している最中だった。


ある日、僕は佳くんを抱っこしながら家族3人で過ごしていた。


よく晴れた昼で、リビングでテイクアウトのマックを頬張っていた。


僕はスパチキで、千聖はエグチ。

昼マックは安くて美味い。

お互い一口ずつ食べ合い、その後自分が注文したのを食べる。

いつもの流れだ。


僕は、佳くんを抱っこしながらポテトを食べていた。

口の中に塩味を広げながら話した。


「あのさ、論語にあったんだけどさ、上司と部下は草と風なんだってさ」


千聖がファンタグレープを飲みながら、小首を傾げた。


「草と風?なにそれ?」


僕は最近、相手のこの反応が好きでたまらない。

これから、僕の学んだことで相手が喜んだり驚いた顔を見るのが好きになっていたからだ。


僕はポテトを食べた手を紙ナプキンで拭き、佳くんの小さな手を握りながらいった。


「上司の言葉は風なんだ。気持ちいい風が吹けば、草は気持ち良く体を揺らせる。だから僕の言葉は、そんな風でありたいんだ」


千聖がリビングの天井を見上げた。

白を基調とした部屋によく似合うODELICのブラウンのシーリングファンをずっと眺めていた。


やがて、千聖がこちらに向いてこう言った。


「ねぇ、パパ。noteでもやってみたら?」


僕は、長いポテトを指先で摘み、再び口に運びながら答えた。


「note?あぁ、確か文章を投稿するSNSだよね?」


noteとは、文章や写真、イラスト、音楽、映像などの作品を投稿・共有出来て、クリエイターと読者をつなぐメディアプラットフォームだ。


千聖が指先に付いたエグチのソースを紙ナプキンで拭き取り、こう言った


「そうそう!パパが学んだことを、noteで投稿してみたら?」


食べたゴミを、マックの紙袋に入れながら僕は少し考えた。


(確かに、学んだ内容を人には教えるのは好きだ。でも、文章はそんなに得意な印象はない。読書感想文とか大の苦手だったし…)


僕はリビングのダイニングテーブルにあった全てのゴミを片付けて、佳くんの小さな手を握りしめながら、佳くんの顔を見た。


(パパ、文章書けるかな…?どう思う、佳くん…)


不安があった。

だけど、小さな勇気をもらうには十分だった。


やがて、僕は千聖に言った。


「分かった!とりあえずやってみようかな!」


この時の決断が、僕の人生を大きく変えるなんて夢にも思わなかった。


そしてここから、作家として生きていくまでの日々が幕を開ける。

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