第3章 店長に昇格、新しい出会いへ
梅雨が明け、7月になった。
まるで、僕の新しい門出を祝うように。
僕は6月の最終出勤日に、岡田店長や前野さん、山根さん達にお世話になった御礼を伝え、事務所にFLO PRESTIGE PARISのクッキーを置いた。
手紙には「今までお世話になりました。これから店長として頑張っていきます!」と一言添えた。
同じエリアだからまた会える。
家から近いし、何かあれば買い物にも来れる。
僕は、バッグの中に入っている本達に気持ちを馳せながら店舗を後にした。
そして、今日は初出勤日。
平塚は、七夕祭りや湘南の海が有名で、観光客で賑わう。
また、ららぽーともあるので、車通りが激しい。
自宅からの通勤時間が30分から1時間になったが、新しい挑戦の幕開けで、苦ではなかった。
むしろワクワクしていた。
これからは店舗の長。
自分が本で学んだことを、思う存分に実践出来る。
楽しみだ。
どんな人達がいるんだろう。
僕はPS4のコントローラーより本を持つ時間の方が増えた。
アウトプット大全やハック大学ぺその本を読んだりと、お小遣いが本へと消えていった。
いや、消えてはないか。
僕の中で新しい何かに積み上がっている。
本を読んで。
試して、そして、結果になって。
敵を倒して喜ぶよりも充実感に満ちていた。
そうこう考えているうちに、新しい店舗に到着した。
時刻は8時30分。
出勤開始は9時。
(ちょっと早かったかな…)
僕は、MAN WITH A MISSIONのRaise your flagの再生を止め、青いMOVEのエンジンを切った。
すると、白いX-TRAILが駐車場に入ってきた。
斉藤マネージャーの車だ。
僕は急いで助手席にあったバッグを持ち、運転席から降りた。
改めて、僕が店長として配属される店舗を見た。
オープンしてまだ半年しか経っていないので、外壁が綺麗だ。
駐車場は10台ほど停められる。
従業員の駐車場は、奥の芝生が暗黙の了解のようだ。
店舗坪は140坪とあまり大きくない。
平塚の129号線近くの店舗だから、土地があまり大きくはないが、車通りが多い。
店内は、先月まで僕がいた店舗と似ていた。
挨拶をしに来た時に店内を一周した。
店舗坪も小さめなので、初めて店長になるには、仕事しやすい大きさだと感じた。
有り難い。
こんなチャンスをくれて。
本当に嬉しかった。
風が吹き抜ける。
7月に相応しい風が。
僕の髪がかき上げられる。
心が、前に進もうとしていた。
やがて、白いX-TRAILから斉藤マネージャーが降りてきた。
右手にはIQOSを持っていた。
「おはよう。大川くん。早いね」
斉藤マネージャーは煙を一つ吐くと、携帯灰皿にIQOSの吸い殻を入れた。
「やる気十分ってわけだね。期待しているよ」
僕は、背筋をまっすぐにした。
何か一本の棒を背中に突き刺したように。
「はい!精一杯頑張ります!これから宜しくお願い致します!」
その言葉を聞いた斉藤マネージャーは、僕の右肩を笑顔で、ポンっと叩き、一緒に店舗の入口へと向かった。
すでに鍵が開いており、自動ドアを手で開いた。
中に入ると、KCを着た男性がいた。
黒縁メガネで180cm。
背中が若干丸まっていて、少し弱気な印象が伺えた。
その男性は、僕達に気付き、駆け寄ってきた。
「おはようございます。今日から宜しくお願い致します」
丁寧な挨拶が好印象だった。
この男性は、木俣くんだ。
この会社にアルバイトから入社しており、そのまま社員に昇格した。
僕も違うドラッグストアでアルバイトしていて、この会社で社員になったので、何処となく境遇が似ていて親近感を覚えた。
僕は木俣くんに挨拶して、斉藤マネージャーと事務所へ向かった。
チェーン店だから同じように白を基調とした簡素な事務所だった。
見慣れた社是が、僕を少し安心させた。
僕は荷物をロッカーにいれ、KCに着替え始めた。
この日のために、岡田店長が新しいKCを発注してくれていた。
品出しをする際に、段ボールのインクがお腹の部分に付き、時間が経つと共に汚れが落ちなくなる。
岡田店長は、古風な考えの持ち主だ。
「新しい店舗には、新しい服を」
まるで、僕のお父さんみたいな人だ。
(有り難い)
袖に腕を通した時、確かに岡田店長からの愛情を感じ取れた。
「おはようございます」
50代くらいの女性従業員が事務所に入ってきた。
まだ会ったことがなく、僕はその人の方へ向き、挨拶した。
「はじめまして、今日からこの店舗の店長になりました大川です。これから宜しくお願い致します」
何処となく暗い影を持ったような女性は、小さなポニーテールを揺らしながらお辞儀してきた。
「馬場です。宜しくお願い致します」
僕は再度お辞儀をし、ロッカーの前から事務所入口へ移動した。
馬場さんは、持っていたエコバッグを上へと持ち上げ、ロッカーに入れ、緑色のエプロンを取り出した。
「大川くん、ちょっと売り場に行こうか」
倉庫でパソコン作業をしていた斉藤マネージャーから呼びかけられ、僕は事務所を後にした。
斉藤マネージャーは、衣類洗剤の箱に座りながらIQOSのメンソールを吸っていた。
煙が上がっていく。
倉庫内には風が吹いていて、IQOSのメンソールの匂いが僕の鼻に届いた。
斉藤マネージャーが、笑みを浮かべてこう言った。
「ぼちぼち従業員達が来るから、順番に挨拶していくようにね」
そう言い終わると、再びIQOSのメンソールを咥えて、煙を吐きながら続けた。
「まぁ、大川くんは親切だし同じエリア内でも評判がいいから」
僕は、同じエリア内でそんな噂が出回っているなんて、夢にも思わなかった。
でも、それだけ評価してくれているってことか。
それは、素直に嬉しかった。
誰かに認められるって、いいもんだよな。
大学時代、ガソリンスタンドのアルバイトをクビになった時、「僕はこの会社には必要ない」と酷く落ち込んだものだ。
でも、ここは違う。
僕は、少なからず認められている。
それは、僕の力なのか?
いや。多分違う。
本が僕を変えてくれたんだ。
そんな気がしてならない。
熱いものが込み上げてくる感覚があった。
マグマのような、あるいは、豪火のような。
心が、身体がやる気に満ちている。
僕を送り出してくれた岡田店長達。
僕を昇進させてくれた斉藤マネージャー。
そして何より、僕をずっと信じてくれている千聖や生まれてくる僕達の子供。
僕は、僕は、この情熱のまま仕事をしたい。
素直にそう思った。
いや、決意した。
斉藤マネージャーが、IQOSの吸い殻を携帯灰皿にしまい、立ち上がった。
斉藤マネージャーは、僕の心が情熱で満ちているのに気付いたのか、それに呼応するような声で、僕に言った。
「頑張れよ!大川くん!期待してるから!」
僕は、今まで以上に背筋をまっすぐ伸ばして答えた。
「はい!ありがとうございます!精一杯頑張ります!」
僕と斉藤マネージャーは、固い握手を交わした。
それから、育休に入るまでの5ヶ月間、僕は必死に働いた。
馬場さんは、重箱の隅を突くように指摘してくる人だと後に分かった。
それとタッグを組むかのように、150cmの小柄な女性で、お客様から人気の谷村さんと、文句を言われるのが日常茶飯事だった。
あれやってないだの、こんなのやりたくないだの。
自分中心の発言に、僕は戸惑った。
だが、同じ店舗の人には、僕の考えに賛同してくれる人のほとんどだった。
細身でアイドルが大好きな主婦の畑山さん。
責任感の強い金森さん。
それに、旦那さんが平塚で水道工事の個人事業主をしている、パート従業員の責任者の細矢さん。
僕は、たくさんの方々に助けられた。
木俣くんも、僕の考えに賛同してくれていた。
後に分かったことなのだが、木俣くんは、前任店長から酷いパワハラを受けていた。
そしてそのパワハラは、木俣くんだけには留まらず、パート従業員にまで被害が及んでいた。
JCBの金券を間違えた時には「買い取れ」だの、商品の発注を10じゃなく100にした場合も「買い取れ」だの。
失敗を部下に尻拭いさせていた。
もちろん斉藤マネージャーは、このことを知っていた。
そして、これ以上被害を広げないために、新店舗半年で店長交代という異例の人事が起こったというわけだ。
その事実を知ったのは、この店舗に配属されてから2週間後だった。
木俣くんと、APEXやらフォートナイトの話で盛り上がって仲良くなっていき、ある日突然、この話をされた。
僕は、より一層みんなのために働いた。
店長になったばかりで、上手くいかないことも多々あった。
シフト作りはパズルみたいだし、指示が5W1Hがなくて分かりにくかったり。
でも、そんな時にも本に助けを求めることを忘れなかった。
超速を読んで、人生を変えた経験を、僕はずっと忘れられずにいた。
いや。
忘れることはない。
僕が本を読んで、新たな未来に向かって舵を切れたのだから。
僕のバッグには、超速の他に、アウトプット大全、それにリーダーの仮面が入っていた。
どれも今の僕にはちょうど良く、特にリーダーになりたての僕にはリーダーの仮面に感銘を受けた。
プレーヤーとリーダーは役割が違う。
それに、一人一人の持っている能力や個性、弱点も違う。
それを発揮してあげられるルールを作ってあげなさい。
まるで、交通ルールがしっかりしていれば、個性豊かな車達が安心して走れるように。
僕は、まずルールを決めることに専念した。
部下達が安心して仕事が出来るように。
会社のマニュアルは、機械的なものが多く、現場には不向きなものもあった。
そこで、畑山さんや細矢さんの現場での意見を取り入れながら、自分達が仕事しやすいように仕組みを改良していった。
そして、誰が指示を出したか?が分かるようにメモを残すことにした。
これで、実施してもらった作業の確認が容易になり、何かあった時に指導が出来る。
こうして、僕達で創意工夫をしていくと、やはり馬場さんや谷村さんから文句が出てきた。
「こんなのやりたくありません」
これを言われるたびに、心に悪の気持ちが広がるのを感じたが、ここはグッと我慢して、説得を続けた。
まぁ、今だにこんなやり取りを続けてはいるが。
そして、11月には自社PB商品のコンテストがあった。
これは、自社PB商品の予算比を競い合うものだ。
一致団結のチャンスだと思い、僕は必死で取り組んだ。
登録販売者の細矢さんにお願いして、お客様が来る午前中は、医薬品売り場に立って接客してもらった。
また、畑山さんや金森さんには、レジで栄養ドリンクの試飲をしてもらった。
馬場さんと谷村さんも、渋々だが協力してくれた姿を見て、僕は少し嬉しくなった。
木俣くんも、社内の大事なコンテストと認識があり、高単価なビタミン剤を月に30個以上売る快挙を成し遂げた。
1日に1つ売れている計算で、斉藤マネージャーがエリアに好事例を共有するほどだった。
そして、コンクールで見事エリア1位となり、僕の育休がスタートした。




