八日目 トルコ➂ トルコの風は主に岩山に吹く
航空券は事前に購入してありますから、やることがなくなったから次の目的地に行きます、とはいかないのが空の旅です。暇つぶしというか、時間つぶしはかなり得意な方ですが、TVはトルコの番組で、本屋は見かけなかったし、マンガもアニメも見られず下手するとWifiもかなり不安定でした。
…というわけで、手持無沙汰な私たちが何となく参加した現地ツアーでの体験談です。
「ねえ、この席って」
「ううむ、なぜ僕たち二人だけが別の席となったんだろう」
「偶然かもしれないけれど、嫌な感じだわ」
「ガイドさんはそんなに嫌な感じでもないが」
「ハア、急に変なツアーに参加しなきゃ良かった」
妻はシミットというトルコのパンを頬張りながら、ため息をつく。パンをあんなに詰め込んでどうやってため息を出せるのか器用な。
トルコ料理を出すそのレストランで私たちはコソコソと囁きあっている。
私たちはカッパドキアの遺跡や奇岩群の光景を巡る現地ツアーに参加し、そのツアーの中に含まれている昼食中である。
「そう言うなって。ホテルで三日間岩山を眺めていたっていうんじゃ、旅の意味がない」
「モルディブでは5日間海を眺めてただけだったくせに」
「あれは、その、つまり日常をリセットするという」
「リセットし過ぎて空港で遭難したくせに」
「あうう」
私はトラウマを突かれて胸を押さえる。まだ何か痛い。
「あら、ごめんなさい。まだ気にしてたのね。オホホホホ」
多分2~3年は言われ続けるのだろうな。とりあえず私はトルコ風のピザ『ピデ』を口に入れた。
気球ツアーが中止になってホテルに戻った私たちは翌日の気球もすべて飛ばないことをそこで知った。
*カッパドキアの気球ツアーは2017年に死亡事故があって以来、ルールが厳格化され、催行の実施と中止の決定はトルコ航空局が一括して決めることになった。だからこっちのツアーはやってるけど、そっちは中止というようなことは無い。つまり中止ならすべてのツアーが中止なのだ。
ヒマを持て余した私たちは予定外だが、この『レッドツアー』に申し込むことにした。レッドツアーは北部の奇岩地帯や遺跡を回る手軽なコースだという。(対して『グリーンツアー』は南部の地下都市とかで少しだけヘビーなコースらしい)
だが当たり前だがガイドは英語での案内となる。何とかイケるんじゃないかと思った私が甘かった。全然何言ってるかわからない。私の個人的な意見だが少しトルコ訛りがあって、おまけに早口だ。私が旅行前にやっていたオンライン英会話初級コースの先生にくらべると10倍くらい早い。
だいたい10数人のグループで行動したが、日本人は私たち二人だけ、後は白人と中国系と思われる夫婦が一組だった。
何らかの遺跡だということはわかるが、その洞窟の穴の前で30分ほど何かの解説をしている。他の10人ほどのグループのメンバーはウンウンとうなずきながら興味深そうに聞いている。あの中国の夫婦も隣の(多分)アメリカ人と何やら英語で会話していた。私たちはただ暑く、そして退屈で、でも他のメンバーの手前、顔だけはニコニコと聞いているフリをしていた。苦痛だ。
昼食のレストランではなぜか私たち二人だけテーブルが離されており、席の配置上の都合かもしれないが、ますます私の心は沈んでいった。
「ホテルの周辺でウロウロしてれば良かった。景色はいいけど、これじゃ自分で来ても変わらないよ」
「あなたが言い出したんでしょ。そもそも事前にいくつかこういうツアーの予約をしたでしょ」
妻が私を睨んだ。
「もっと英語がペラペラになっている予定だったんだ」
「10年間学校で英語やってしゃべれない人が何でオンラインのレッスン半年でペラペラになるのよ。馬鹿じゃないの」
「うぐむぐがむが」
昔のサザエさんのエンディングで聞いた食べ物を喉に詰まらせるような音が私の喉からも出た。
レストランのステージに向かい静かに妻が歩く。ツアーの連中が何だなんだと注目する。グループの外国人をグルリと見まわし、妻が胸に右手を当てて一礼し歌いだした。何だか今日は妻を応援したい気分だ。
言ってやれ、言ってやれ。
「♪私たちがガイドに向かい 両手を掲げ 遺跡や食事やトイレまでも諦めて俯く ツアーにとって私 ただの通りすがり ちょっと投げやりに微笑んだ日本人」(『異邦人』)
おお、何て寂しい歌なんだ。
2025年10月8日 トルコ➂ カッパドキアその2
残念にもほどがあるのだが、私たちはここカッパドキアでの『気球ツアー』を断念せざるを得ず、残りの2日間が宙ぶらりんの状態となってしまった。そして選択したのは『レッドツアー』への参加であった。
朝お迎えのバスに乗車し、イズニックといわれる陶芸のミュージアムで実演を見たり(その後お買い物タイムがある)、遺跡がある野外博物館を訪ねたり、ウチヒサール城という巨大要塞を訪ねたりとギョレメ地区(カッパドキアの観光中心地)を効率的に回ってくれる7時間以上のツアーだ。
ウチヒサール城砦はすごい迫力だし、奇岩が立ち並ぶ渓谷も絶景だ。だが私たちにはその説明が85%ほどはまったく理解できない。残り15%のうち10%くらいもおおむね理解できない。要するにチンプンカンプンだ。最初から諦めていれば、楽しい時間なのかもしれないが、ガイドの説明の度に立ち止まって聞いているフリをするのに疲れてきた。
ランチではそれが意図的なものなのかどうか解らないが、テーブルを別にされた。ガイドはあまり悪い人間に見えなかったし、私たちが後から急遽追加で参加したのが原因なのかもしれないが、何となくモヤモヤしつつグループ内でもしっくりこない感じでツアーは夕方終了した。
夕飯は近所のトルコ料理店(名前を忘れた)で、照り焼きチキンなどを頂いた。これはまあまあ。サラダは例によって味がないのでオリーブオイルと塩コショウにビネガー、そしてアイラン(トルコのヨーグルトドリンク)…酸っぱい。さらに胃腸の調子は絶好調を迎える。世界旅行中の不規則な生活の中でお通じはモリモリなのだ。トルコ料理おそるべし。
何となく今日も思うようにいかなかったという思いを抱えつつ、私たちはホテルへの帰路につく。
ツアーのモヤモヤ人間関係とは裏腹にいい出会いもあった。昨日同じくツアーが中止になって落胆している若者がホテルの朝食会場にいたので、話しかけてみるとサセ君という二十代の日本人だった。週末と有休を使って数日間の弾丸でトルコを一人旅中だそうだ。
ここまでの旅のいろんな話をする。週末に一人旅をするのが趣味で、お金をためては世界中を旅しているらしい。それなのに気が弱くて英語も苦手なのが悩みだという。仲間じゃん。
明日はバスでパムッカレへ移動するらしい。620㎞、9時間以上の長旅だというから驚愕だ。若いって、そして体力があるって素晴らしい。明日の朝食も一緒にと約束して握手する。
『僕多汗症で、手がびっしょりなんだけど…いいですか?』などと全く私たちが気にしないことを恥ずかしそうに言う彼が可愛くて、つい抱きしめてしまうところだった。しないけど。
夜になって近所をウロウロと徘徊してみる。とにかく夜景が美しいのだ。町全体が岩山の上に出来ているので、あちこちに不思議な形の巨岩がニョキニョキそびえ、その隙間にホテルやレストランが立ち並んでいる。闇と光のギャップが凄く大きい。私たちが見たことのない不思議な夜の街の姿だ。
私たちは何処に行っても何だかフォトジェニックなその風景の街角で、若い韓国人カップルに混じってキャッキャ言いながら写真を撮った。
そういえば私たちのホテルのルーフトップもなかなかの景色だったと今更思い出して撮影に向かう。
そこにオーストラリア在住の中国人女性が一人セルフ撮影をしていたので、挨拶する。こちらの若い女性ウーさん(仮名)も一人旅、一昨日の気球に見事タイミングよく乗れたという話を聞く。
それを羨ましがり『私たちは三日間用意したのに全部中止になった。レッドツアーもちょっと振り向いてみた異邦人で残念だった。イスタンブール空港では生涯にわたるトラウマを作った』などという話をすると気の毒に思ったのか、『では私が今からあなたたちの写真をすごくいい感じで撮ってあげましょう。それで今日はいい日だったことにしなさい』と微笑んだ。
そんなことで帳消しになるかいとも思ったが、ウーさんはあくまで爽やかだった。
彼女に私のスマホを渡す。『カメラを見ない。街の景色を見て微笑むの』とか『ほら、奥さんと照れないで見つめあって』など、ギクシャクしつつも指示通り動いてポージングして微笑んで何枚かカシャカシャされ、返された画面を見る。私のスマホの何をどう操作したのか画質自体も何だかキラキラし、私は昔の香港映画の俳優のようだったし、妻も韓流のアイドル風に写っていた。スマン、それは言い過ぎだった。
じゃあ、また明日の朝食でね、とウーさんは微笑んで階段を降りて行ったが、わかりやすい英語だった。不思議なものだ。
不思議と言えば、朝のサセ君のことを思い出し、ウーさんの写真を眺め直したら、今日が何だか少しいい一日にも思えてきたのだった。
<Tips9> 「英語」
私と妻の英語力は…正直言ってほぼダメダメです。かろうじて空港やホテルで何度かゆっくり話してもらって『何となくだけどこんなことを言われている気がする』と理解して、それが正解率5割というところでしょうか。
世界一周旅行を決意してその辺は心配じゃなかったかというと、当たり前ですが不安になりました。
旅行に出発する1年前から、まずYouTubeの英語学習チャンネルで朝と晩の二回15分ずつ、リスニングと日常英会話の自主学習を始めました。これは気楽にできて良かったです。
そしてさらに半年前からはオンラインの英会話レッスンを一日30分程度やりました。これは「Native Camp」という定額受け放題のプランで奥さんも家族会員で申し込みました。二人で一か月一万円くらいです。
サブスクですからもっとやればいいのですが、30分ほど講師と話しているとすぐ疲れちゃうんですね。
*ちなみにこの「Native Camp」は私は結構気に入りました。いつでも止められますし、その場合でも休会扱いで再開も簡単です。講師の質は正直言っていろいろ、レッスン時間は自分で設定することが出来ます。自分のお気に入りの先生を選んで短い時間の(5分からOK)学習時間に設定すれば気楽に出来ますよね。私はトルコ人のオバちゃん先生が大好きになって何度もその先生とレッスンしました。
最終回に「jima,Oh My Baby.You've really improved. You'll be fine wherever you go.(jimaちゃん、私の可愛い生徒。すんごく上手になったわ。何処へ行っても大丈夫)」と言ってもらえました笑。
そんなに褒められた私がそれでどうなったかというと、…あんまり上達した気はしません。自分ではわからないんです。まあ、ゆっくり話してくれれば多少は理解できることが増えたかもしれません。また旅行英会話に限れば、こういう時はこういう言い回しで希望を言ったり注文したりできるというレパートリーが増えたでしょうか。
ただ最大の収穫は「慣れた」ことですね。「Please speak slowly and use simple words.(ゆっくり、簡単な言葉で話してくれ)」という感じで相手に接することが出来る程度には。
それから安め(1万円くらい)のトランスレーターも購入しましたが、これは結局役に立ちませんでした。私の使いこなしが良くなかったのかもしれませんが、緊急のどんな場面でも、取り出して電源入れてシチュエーションをセットして…などとやっているヒマはありません。そんな時間に余裕がある場合は緊急とは言わないのです。スマホのGoogle翻訳の方が早くて優秀でした。
皆さんがここまで読んでいただいたら『ほう、何だ。jimaくん、結構いろいろ対策して頑張ったじゃん』などと思っていただけるかもしれませんね。
ところが…よく考えると私が行った国はモルディブ・トルコで、次はフランス・イタリア・スペイン、そしてアメリカ、ペルー・ボリビア…母国語が英語の国はアメリカしかないのでした。
英語がまるっきり通じない国もありましたし、発音がおそろしく癖のある国もありました。要するに正しい英語でキチンと話している国って世界にそんなにないんです。
今回のツアーのようにもっと英語が出来ていたらもっと楽しめる旅になっていた、と思える時もたまにありましたが、正直言って出来なくても大丈夫、出来ると楽しい場所が増えるという程度の話でした。
要するに「英語が苦手」は「旅を諦める」理由にはまったくならないよね!というのが私の結論です。
読んでいただきありがとうございました。
そんなこんなでカッパドキア編から次回はイスタンブールに舞台を移すのですが、だからといって旅行の様相が大きく変わるはずもなく、私たちはさらにダラダラとボンクラ旅を続けるのです。
C調な道のりの続きを…よろしければまたぜひ!




