十二日目 フランス① 菓子パンの食事ってありなの?
パリでの生活が始まります。私たちはオペラ座の近くという絶好の観光拠点に小さなアパルトマンを借りることができました。何だかんだいってもイスタンブールは(アジア側だったこともあり)まだ長閑でした。さすがにパリは雰囲気が違います。というわけで、お待たせしました。アートとカフェのおしゃれな旅行記がついに始まり…ませんね。
「わかってはいたけれど」
高い。やっぱり安いものがないぞ。
「安いパンがどこかにあるはずよ。バゲットとかクロワッサンは比較的安く」
妻が事前に調べた情報を言うが見つからないものは仕方ない。
ここはパリの高級デパート『ギャラリー・ラファイエット』、そもそもそんな場所で私たちが希望する『食パン6枚切り178円、2割引きの赤いシール付き』みたいのを売ってるわけはないのだ。
ここへ来る前にアパルトマン(ようするにアパート、フランス語でカッコつけてみた)の向かいにあるモノプリというスーパーで夕飯を調達しようとしたのだが、入場口でものすごく大きな黒人のガードマンから『ノン』と言われて押し出された。何らかの人種差別かと思ったが、単に閉店時間だったらしい。
アパルトマンから歩いていける距離にこのデパートの『食品館』があると知り、私たちは食べ物を探しに来たのだった。
「ここがパン売り場だけど…」
妻がそのコーナーを見まわすが、目指すバゲットはない。ただ名前もわからぬ高そうな食材が挟んである何だかキラキラしたクロワッサンサンドが引くぐらいの価格で数個置いてある。私も妻も見えないフリをした。
夕方遅すぎてバゲットは売り切れなのかもしれない。そうでないのかもしれない。とにかくこのデパートの造りや食品の配置が解らない私たちには、そもそもパリに着いたばかりで疲れている私たちにはすべてが難しいのだ。
仕方なく私は総菜のコーナー(らしきところ)へ移動し、手ごろな価格で夕食になりそうなものを探した。
私は最後の手段というか、困ったときにはどの国でも比較的安価で食べることができるシンプルなピザと、日本なら「フン」と鼻で笑って無視するくらいの高額なプチサラダを手に取った。
「これにしよう」
私は消去法で決めた本日の夕食を、なぜか遅れてやってきた妻に見せた。
「私はこれでいいわ」
妻の手にパンの入った袋があった。いつの間にこいつは。
「いいパンがあったのかい」
私は袋の中を覗き込んだ。
「これって」
「パン・オ・ショコラよ」
そう言って、何故かフフンと私をせせら笑う妻の袋の中にはチョコレートクリーム入りのパイ生地パンがふたつ入っていた。
「はあ?夕飯だよ。夕ご飯。フフン、ディナーだよ、わかってんのかな?君は」
私は露骨に鼻で笑ってやったのだった。チョコパンで夕食とはね。
「わかってるわよ。しょうがないじゃない。バゲットがないんだもの」
「それにしても」
「パンがないのならケーキを食べたらいいじゃないの」
「いつから君はフランス王妃に」
アパルトマンに戻って、お湯を沸かしコーヒーを淹れる。
テーブルの上にはサラダとマルゲリータピザが一片、そしてチョコレート風味のパンが2個だ。不思議なことにサラダは半分こで、パンは2個とも妻のものだということになっている。
「仕方ないでしょ。あなたが自分でパン・オ・ショコラは食事にならないと言ったんだから」
「仕方ないからデザートに食べてあげるよ」
「いやあよ。あなたはその不味そうな…いや、庶民的な雰囲気のピザを食べるがいいわ。オーホッホッホ」
「…まだお貴族様のままだった」
ホント仕方ない。ピザを食べよう。旨い!…とまでは言えないな。ピザ飽きたし。
「あら、美味しいわ」
妻が甘いパンの夕食のくせに、頬をおさえた。落ちやしないよ、菓子パンなんかで。
「ホントに美味いのよ、このパン・オ・ショコラ」
急に羨ましくなってきた。
「ねえ、ひとつおくれよ」
「あら、『菓子パンなんかで腹が膨れるか、バッカやろー!』とか言ってたのはどなたでしたかしら?」
「それは言った覚えがないセリフだけど、謝るからくれよごめんなさい」
私は反省するのと謝罪するのがほぼ同時なのだ。
「ふふん、思い知ったようね」
何を。
ホントに美味しかった。パリの美味しいところのパンはすごく美味しいとは聞いていたが(当たり前か)、予想以上だ。
私は自分の頬がテーブルに落下するのを茫然と眺めた。
*後ほどブーランジェリー(パン屋さんのこと)の店員さんにチラリと聞いたら、パリではバゲットやクロワッサンの他にもこういう菓子パンを軽食にするのはごく一般的なんだそうだ。
「ホーホッホッホッホ!パリのパン屋と私にひれ伏すがいい!」
「・・・」何言ってんだ、こいつ。パリでテンションの上下が激しくておかしくなっている。
続けてロフトに続く階段を軽快にトントンと登り、途中でオペラのように手を広げ歌いだした。
「♪パン・オ・ショコラ 夕飯・デスヨ パン・オ・ショコラ これで・ゴハン! それでも大丈夫女の子 物足りないよとアホ男 ときめいてる女の子 おかずはちゃ色だとうちのアホ」(『チョコレイト・ディスコ』)
あはははは、そうだな。おかずはちゃ色が基本だよな。ん、…アホって俺のことか?
2025年 10月12日 フランス① イスタンブール空港からパリへ
早起きしてパンとコーヒーの食事を済ませ、ついにイスタンブールのアパートを後にした。最後に管理人のスアットさんに挨拶したかったがさすがに早朝すぎて会うことが出来なかった。空港行きのバスの中でメールを打つ。
「4日間、本当にありがとう。あなたの親切は忘れません。お元気で」
何とすぐに、ほんの数分後に返信があった。まったくマメで親切な人だ。
「あなたのこれからの旅が無事であることを祈っています。イスタンブールにまた来てください。今度は間違いなくチャイをご馳走します」
メールを覗き込んだ妻が感心したようにつぶやく
「本当にどこまでもいいヒトだったわねえ。イスタンブールいいところだわ」
昨日までバザールは臭いの、坂が多くて疲れるの、可愛いのは女子高生と猫だけで男は何でみんなヒゲ面なのよみたいなこと言ってたくせに。
来た時と同様、ハバイストというバスで空港へ。それから例によってビジネスクラスの優先チェックインとラウンジの特権を存分に楽しんだ。本日2度目の朝食をたっぷり食べて、ゲップしながらターキッシュエアラインで4時間弱の旅程だ。機内で昼食が出たが、ついまた食べてしまう。『アーティチョーク』って初めて食べたけど、俺はビミョーだな。こそげて食べるのも何か汚いし。
さてさて、ついにやってきました。花の都パリ!私たちにもっとも似合わない(かもしれない)おしゃれシティだ。到着は午後の3時、ロワシーバスというパリ中心部オペラ座に向かうバスに乗り込む。スーツケースを置く場所がほんの少ししかない。仕方なくひとつは自分たちの前、ひとつは席の横に置いて、手で抑えた。カーブの旅に倒れそうになるスーツケースを手でグッと支え、抑え込みながらの1時間は神経と体力を削られた。
「疲れた。気持ち悪い。もう嫌だ。疲れたもう気持ち悪い嫌だ気持ち悪い帰りたい六根清浄」
1時間後、私がそんなふうにじんわりと怨念のような呪文を繰り返し始めた頃合いでバスはオペラ座前に停車する。
降車して5秒後、その暗黒の感情が煙のように消え、私はテンションを爆上げせざるを得なかった。
「わーい、ごらんよ。オペラ座だよ。大きいなあ、わあ、すごいな。何と華やかな。パリだパリだ。うわあわわ」
「うるさいわね。落ち着きなさい」
「君は何でスキップしているんだ」
「はっ」
などとおなじみの夫婦コントをしつつ、予約しておいたアパルトマンを目指しスーツケースをゴロゴロ転がす。
一度だけ迷ったがどうにか辿り着いた。昨夜GoogleMapのストリートビューで入口や付近の建物の様子を確認しておいたのがよかったようだ。アパルトマンの玄関ホールで『パリシェモア』の佐藤さんが待っていてくれた。
「パリにようこそ。お疲れでしょう」
うわ、何か久々に妻以外の日本語聞いた。他にも聞いた気がするけど、イスタンブールのバザールで「コニチワ」とか「ホンモノホンモノ」とかそういうのだった。あれは日本語ではないな。
日本の方から丁寧に労わられて泣きそうだ。意味はないけどサセ君はカウント外だ。
出入り口にはコンシェルジュ的なお兄さんがデスクにいて、ちょっと緊張した。それから4階の部屋に案内され、ようやくチェックインできた。*後に佐藤さんに訊くとちゃんとしたアパルトマンにはコンシェルジュは結構いるんだそうだ。ただしホテルの『いろいろ相談に乗ってくれる係』ではなく、あくまで『管理人・守衛』という役割らしい。
その後も佐藤さんが洗濯機やWiFiなど部屋の使い方やゴミの始末のこと、近所の店のことなどいろいろ教えてくれる。助かる助かる。WiFiのパスワードがめちゃくちゃ長いことと、浴槽がなぜか台所にあって(台所の隣でなく台所にある)キッチンの床で服を脱いで風呂に入ること以外は使いやすそうだ。
佐藤さんが「素敵なパリの暮らしを楽しんでくださいね」と言って去って行ったのを見送り、私たちは早速夕食の材料を確保に向かいのモノプリ(有名なスーパーのチェーン)へ向かったのだが、何と閉店時間に間に合わず、前述の通りピザと菓子パンの晩餐となったのだった。ちなみにサラダにはドレッシングがついていなくて例によって塩を振って食べた。ギブミーゴマドレ!
佐藤さんから楽しんでと言われた一週間の滞在だが、何と私たちは明日レンヌへ向かい、一泊する。憧れのモンサンミシェルを見るのだ。観光バスの一日ツアーを予約するという手もあったのだが、モンサンミシェルは遠い。バスで4時間、つまり往復8時間だ。早朝にパリを出発し、夜戻ってくるのでも現地には3~4時間の滞在だという。何だか疲れそうだし、近くのレンヌの街を見れないのはもったいない。
*この決断は正しかったと思われる。あそこへ一日弾丸ツアーは無謀だ。特にシニアには。
つまり私はパリのアパルトマンを1週間取ったうえで、その期間中にレンヌへ1泊2日の小旅行をするわけだ。パリでの宿泊費が1泊分だけ無駄になるが、いろいろ勘案しての決断である。
さて夕食は残念なことになったが、イスタンブールに続いて落ち着く部屋でゆっくり休めそうだ。ロフトのベッドもまずまず落ち着くし、当たりだったかもしれない。
明日は早起きして地下鉄でモンパルナスへ、そこでTGVという列車に乗り換えてレンヌまで行く。さらに路線バスとシャトルバスを乗り継ぎ、ようやくあの世界遺産に辿り着くのだ。
東京に行けば間違いなく新宿駅で半日迷う私にはとてつもなく高いハードルに感じた。またもベッドに入ってから不安がじわりと広がる。
「それでこそ大天使ミハエルの舞い降りた聖地というものであろう、ヌハハハ」
妻が横でそう言っている。ロフトは狭くないんだからもっとあっちにいってほしい。
<Tips13> 「物価」
ご存じの通り円安のこともあり、ヨーロッパやアメリカの物価は非常に高く感じました。これは体感となりますので、参考までにという話ですが、パリの物価はだいたいのものが日本の倍くらいに感じました。特に外食をする場合は私が日本で安いものばかり食べているせいでしょうか、2倍より少し上に思います。ただし、次回訪れるレンヌのような地方ではそれよりだいぶ抑えられているようです。具体的に言うと、東京で(私のようなド庶民が)ちょっとした外食をすると3000~4000円、パリでは同じものが8000円以上、レンヌでは6000円…みたいな。(ホントあくまで個人の体感です)
ただし、パリでも安いものは結構あって、代表的なのは今回扱った通りパンです。バゲットもクロワッサンも日本と変わりないというか、大きさや味も加味すると安く感じるほどでした。
要するに食の基本の部分、日本でいえば米とか味噌とかそういった類のものは安い価格に抑えられているのかもしれません。ワインやチーズなども日本と同じか少し安めでした。
パリに比べると、この後訪れるイタリアやスペインも若干安い気がしますが、いかにも『観光客向け!』という店はあからさまにぼったくって…いえ、言葉が過ぎました。観光客価格ということですね。これはどこに行っても同じでした。
そして私、ニューヨークでは暮らしていける気が1ミリもしません。たいがいのものは3倍と考えてもいいのではないでしょうか。とにかく外食はちゃんとしたレストランだとカジュアルな場所でも二人で1万円は当たり前というか、それでは収まらない方が多いでしょう。私たちは出来るだけ夕飯はスーパーで買ってきたサラダと冷凍食品とか、街角の格安ピザ屋さんとか、そういうことで凌ぎました。
一度はニューヨークのステーキ(旅行ガイドで見た「ウルフギャング」とかいうやつ)を食べたかったのですが、一人あたり1万5千円~という看板に震撼し、店頭で撤退しました。付け合わせやらワインやらが数千円、さらにあの国は『チップは義務』というホラーな習慣がありますから、20%ほど加算するわけです。今、恐怖のあまり途中で計算をやめましたが、いかに旅行中の『せっかくなら』を連発する私たちでも敵前逃亡必至です。
最後まで体感でお話して恐縮ですが、ざっくり『南米<日本<ヨーロッパ<アメリカ』というイメージです。この章を書くにあたって調べてみたら、世界で物価が高いことで有名な国としてはスイス、アイスランド、シンガポール、そしてナンバー1は『バミューダ』だそうです。えっと、あのバミューダトライアングルの?よくわかりませんが、多分…物が消失しまくるので高いのだと思います。
読んでいただきありがとうございました。次回はあのモンサンミシェルに1泊の小旅行ということになります。地下鉄から急行列車、定期バスとシャトルバス、さらに徒歩と、目的地までがなかなかの冒険です。無事に到着出来たら旅はほぼ成功だと思います。私たちのスチャラカ旅、まだまだ続きます。ぜひお付き合いを。




