十一日目 トルコ⑥ 雨のサバサンドでサンバを踊る
イスタンブール編の3日目です。前回礼拝中で入場できないという痛恨のミスをした私、というか、一日のうちに5回は礼拝があり、特に金曜日は集団礼拝で11:30から14:30頃までクローズドだということです。珍しいことではないんですね。私が訪ねたのはちょうど金曜日、事前にいろいろ調べた気になっていたのに、残念なことです。今回はそのリベンジで朝イチの訪問を目指します。
「これがサバサンドか。うまそうだ」
「…」
「その場で焼いたやつ、多分炭火焼きだ。醤油の焦げた匂いがするよ」
「…ソウネ」
「サバの小骨も丁寧に抜いてある。仕事が丁寧だ。…うん、美味い」
「ハア」
「何だよ。せっかくサバサンドが食べられたんだ。もっと楽しそうにしなよ」
私の不満の声に妻がじろりと睨み返す。
「何でこんな雨の中、立ち食いしなきゃならないのよ」
ここはカラキョイ、私たちが宿泊しているのがアジアサイドの『カドキョイ』で、ここは同じ港町でもヨーロッパ側の『カラキョイ』だ。間違いやすい。
本日はメシ抜き、朝イチで昨日見逃したブルーモスクの見学をすませ、宿に戻ってパッキングしていた。明日はパリに移動だ。
昼ごはんはどうしよう…などと言い合っていたら、私は思い出した。まだイスタンブールで名物『サバサンド』を食べていない。
「どうだろう。お昼はサバサンドを食べないか」
私が声をかけると妻は荷造りをしている最中の手を止める。
「小雨が降っているわ。あまり遠くへ出かけたくないのだけど」
「そう言うなよ。さほどの雨ではないし、もう一回フェリーにも乗りたいし、行こうよ、行こうよ。行きたいよ、い・き・た・い・よぉ!」
「子供かよ」
「焼きサバだよ。ほら、君も好物のはずだ。炭で焼かれたサバの厚い身からジュワッと脂がしたたり落ちて、香ばしい魚の香りが漂うんだ。そこに醤油を垂らすもんだから、さらにジジジジと皮に焦げができて、パリパリの皮とフワフワの身が、それはもう」
妻がゴクリとのどを鳴らす。
「う、うるさいわね。ま、まあ、ちょうどお昼の時間だわ。つきあってあげないこともないと言えば噓になるわ」
どっちだよ。
日本を離れて十日あまり、焼き魚のことを考えたら居ても立ってもいられなくなった妻は素早く外出の支度を整えた。
「ほら、早くしなさいよ。グズグズするんじゃないわ」
小雨の中、再び港まで出かけフェリーに乗る。ところが、この間に雨粒が大きくなってきた。
「ねえ、雨が強くなってきたわ」
「ううむ、風も」
「どういうこと?豪雨といってもいい天気よ」
「波が出てきた。これは酷いな」
土砂降りの中、カラキョイの港についた船を降り、私たちは近くのアーケードの下に避難する。
「確か名物のサバサンドは港で焼いているらしいよ」
私は予習してきた情報を口にする。
「多分あれだ、あれ」
倉庫のような場所の軒先で発泡スチロールを台にして二人組のおじさんがサバを焼いている。あそこが一番美味しいと旅系のユーチューバーが言っていた。ちょっと違うような気もするが、もうどうでもいい。
「もう帰りたいわ」
妻が身も蓋もないことを口にするので、私は懸命に宥める。
「そう言うなって。せっかくここまで来たんだ。あれを食べてみようよ」
「いったいどこで食べるのよ。大雨よ」
30分後、港の市場の片隅、私たちは簡易テントの下、ずぶぬれで一本ずつのサバサンドを手にしていた。
「ね、美味いだろう」
「ずぶぬれよ」
「意外とパンと焼きサバが合うよね」
「背中が屋根の下に入っていないのよ」
「醤油とスパイスでしっかり味がついているね。トルコに来て一番美味いよ」
「…もう一本買ってきてよ」
「OK,もう一本ずつ食べよう。楽しいなあ」
妻の顔は無表情だ。無表情で一本目のサバサンドを食べ終えようとしている。すごいスピードで食べ、おかわりを注文するくらいだから美味しいはずだ。そのはずだが、スンとした黒目で無表情に顎を動かしている。怖いよ、怖いよ。
妻が一本目を食べ終わり、パンを巻いてあったホイルを丸めて私に投げつけた。
「セレブっぽい旅行のはずだったのに!」
まあ、セレブは濡れネズミでサバを立ち食いしたりしないだろうな。
「何で旨いのよ!頭にくる!」
意味不明な文句をいいつつ、妻は近くの魚屋の店頭に積んであるケースに飛び乗る。
「早くおかわり持ってきなさい!」
「は、はいっ!」
私は慌てて返事をして、サバサンド売り場に走り出す。後ろから妻の歌声が聴こえた。
「♪慌てないで焼いたサバ 女はいつもハングリー 焦がさないで焼いたサバ 一人のものにならないで 味が大事 焼き目も大事 それが大事だよ」(『お嫁サンバ』)
とにかく美味しかったことは確かなようで何よりだ。
2025年 10月11日 トルコ⑥ イスタンブールその3
昨日礼拝中で見学が出来なかったブルーモスク、気合を入れて私たちは早朝一番のフェリーに乗って歴史地区まで出かけ、人があまりいないうちに入場することが出来た。
綺麗だった。イズニックタイルという青みがかったタイルが多用されていることからこの愛称がつけられたらしいが、むしろその壁の色というよりも朝の自然光がたっぷり入ってこのタイルに反射し、その光がキラキラと青く輝いて見える。オレンジ色の無数のランプとその青い反射光のコントラストがモスクを満たし、荘厳だけれど穏やかで優しい雰囲気を醸し出す。
あさイチで来てよかったよね、と妻を見たがお腹が空いているらしく、グルグルと喉を鳴らしていた。
今日の残りは疲れを癒すためのOFFデイにしようと話し、宿へ戻ることにした。戻る途中、カドキョイの港の屋台でシミットを買う。シミットはトルコのパンのことでドーナツっぽい見た目だが、ほとんど味はない、というか小麦本来の素朴な味わいだそうだ。なんだってさ。港の屋台のあちこちで売っていたので観察して、地元の人から最も人気のありそうなところを選んでみた。
多分、美味しい、と思われる。妻は「割と好き」と言っていた。そうなのか。ならいいか。
宿の部屋で洗濯機を回しつつ、ヨーグルトとシミットを食べた。このスッパイとボソボソもそろそろ食べ収めかと思うとちょっと寂しくなってくる。嘘だ。次はパリでクロワッサンとカプチーノだもんね。
荷造りをしているうちにサバサンドのことを思い出して、どうしても食べたくなってしまった。お昼ご飯は近くのロカンタでという予定だったが、もはや私の胃袋とパトスが、そしてソウルが『サバを食わせろ』と叫んでいる。面倒臭がる妻を無理やり説得して、今日二度目のフェリーでカラキョイへ渡った。
アジア側にも多分サバサンドはあるだろうが、噂に聞く「一番美味しい」というのが食べたいじゃないか。
*「ロカンタ」はトルコ式の定食屋という感じ…おかずを選んでその分だけ代金を払う形式、そこそこ美味しい
だがフェリーに乗る前には小雨だった天気はカラキョイに着く頃にはすっかり大雨になっていた。ずぶ濡れでサバサンドを二本ずつ食べた顛末は前述の通りだが、明日また移動という前に風邪をひいては拙い。涼しくなる前に慌てて帰ることにした。
何度目かのすっかり慣れたフェリーでカドキョイへ戻る。なぜか今回は船の中にギターを持ったおじさんがいて、渋い声で何らかのバラード風の歌を歌いだした。正体や意図は不明だが関わってもろくなことにはならない。私たちは少しずつバラードおじさんから席を離れていった。
ところで船の中ではあのトルコ紅茶「チャイ」を売店で販売している。一杯100円足らずくらいか。私はポケットの小銭を確かめると2杯買って、自分の席に戻った。
妻と一杯ずつのつもりだったのだが、彼女はすっかり気持ちよさそうに居眠りしていた。ちょうどバラードおじさんが一曲歌い終わったところだったので、そっと近寄って「サンキュ・ナイスミュージック」とチャイを差し出してみた。関わっちゃった。
おじさんはちょっとビックリしたようだが、ニヤリと笑って「テシュキュラ」と小さなコップを受け取った。
2~3曲ほどで、だんだん鬱陶しくなってきたバラードが途切れるとフェリーは港についた。妻を起こして、下船しようと席を立つ。バラードおじさんがこちらを見て「ボン・ボヤージ」と笑ったので「シーユー!」と私も手を振ってみた。ちょっと「素敵旅人」風だな、今日の俺。
<Tips12>「持参の食料」
なにしろ2か月に及ぶ長旅ですので、どこかで日本の味が恋しくなることは必至です。それはわかっていても同じ理由で少しぐらい何か持っていっても仕方ない、という気分もしてきます。
まずセントレアで私の大事な「粒あん500g」は没収されました。未だにあの係員の顔は忘れていません。いつかとんでもない目に合わせてやるですよ。(嘘です)
それからホテルが一日二食付だったモルディブで食べようとちょっとしたスナックやキャンディも持っていきましたが、これはほんの数日でなくなってしまいました。
家内はレトルトカレーを持っていき、このイスタンブールで二人で半分ずつ食べました。これが元で旅行中、妻には頭が上がらなくなりました。つまり、そのくらい美味かったということです。ホント、海外で食べる日本のインスタントラーメンやレトルトカレーはメチャクチャ旨いですよね。これはもちろん日本人のDNAが味覚センサーを押し上げているのでしょうが、単純に製品の「出来がいい」ということもあると思われます。
後は…フリーズドライの味噌汁にスティックコーヒー、『龍角散のどすっきり飴』を持っていきました。
これも旅のわりと早いうちに消費してしまいましたが。
忘れられないのはフランスのアパルトマンで過ごす最終日、向かいのスーパーで高い高いおにぎりを買いました。翌日早朝4時起きでロワシーという空港行きバスに乗ってここを出ます。すっかり荷物をまとめて部屋の掃除も済ませ、スーツケースの上で買ってきたおにぎりと日本から持ってきた味噌汁の夕食をしました。ちょっと寂しくて、でもすごく美味しくて不思議な気分の食事だったことを思い出します。
世界一周旅行を目指すきっかけのひとつに、ここイスタンブールで「暮らすように旅したい」というメルヘンな思いがありました。長めに借りたアパートでゆっくりと起床し、美味しいといわれているトルコ料理を食べ、散歩がてらモスクとカフェをを訪ね歩くのです。なかなかそうはいきません。もう少しゆっくりと時間をとり、現地に慣れたらそんなリラックスした日々となるのかもしれませんね。ただこのイスタンブール確かに旅人に優しい街ではあったと思います。(いい人ばっかりじゃないのは何処の国も同じだとして)
次回はついに花の都パリへ移動します。私たち夫婦のボンクラ旅、よろしければぜひ!




