十日目 トルコ⑤ これはイスタンブールカードではない。イスタンブールシティカードだ笑 知らんがな
イスタンブール市内観光編です。といっても傍から見たら「何やってんだ、こいつら」というような内容のない旅ですね。例によって食って、迷子になって、宿で泣きながら寝ています。嘘です。知らない土地の路地で迷子になるの、私は結構好きです。治安の問題がなければ、ですが。
「イスタンブールカードを買ったのですが、何回やってもゲートを通れません。フェリーに乗れません」
妻が概ねこんな内容のことを港の観光案内所で告げ、Google翻訳のスマホ画面で見せた。
怪訝そうな顔の係のお姉さんが画面を覗き込んだ。
続けて妻は水色のプラスチックカードをなぜか隣にいる私の前に突き出した。邪魔だな。前が見えない。
「これなのよ。160リラ(4000円)も払ったんですからね。乗れないんじゃ困るわ」
日本語でまくしたてても。
「これはイスタンブールカードではありませんよ」
案内所のお姉さんはなぜか微笑んでスマホの画面を見せる。こういう時は笑顔が憎たらしい。
私は妻の横で荷物持ちをして黙っている。私が買ったカードは間違っていたらしい。この後、妻からお説教を受けることは確実だ。ずっと黙っていよう。
「えっ?ここにイスタンブールって大きく書いてあるじゃないの?」
妻は私の顔にカードを押し付けるのだった。俺を恫喝してどうする。
再びお姉さんのスマホの文を読む。
「これはイスタンブールシティカードですね。あそこのフェリーには乗れません」
ショックだ。だが確かに事前に調べた価格よりすんごく高かったから変だとも思ったのだ。
妻も瞳孔を開かせて息を荒くしている。落ち着け。
「じゃあ、このカードはいったい何に使うの?」
スマホを両手で操作したい妻がカードから手を離したが、じっとりと湿った私の(広い)額にカードは張り付いたままだ。
「ぶっ」
係のお姉さんがそれを見て思わず吹き出した。
「ぷぷっ…ぶふふふ。あのね」
(以下スマホ画面)「大丈夫です。あちこちで使えます。ただし、民営のフェリーは乗れません」
まだクスクス言いながら肩を震わせている。
「あのー」
ここに至って私も身を乗り出し、自分のスマホに話す。
「このシティカードは払い戻しができますか」
額にカードが張り付いたままの俺は上目遣いで頭を振るが、カードは落ちない。奇跡のようだ。
「あはははは!」
お姉さんがついに爆笑し、それから何か話してスマホを見せた。
「払い戻しは受け付けていません、というかそのカードとこの施設は関係ないんです」
それから英語で続ける。
「ハアハア、ゆ、You can use く、credit card touch payments ウフフ、アー at that ferry gate アハハハ、ヒーヒー」つまり「クレカのタッチが使える」
これは私にも理解できた。
妻はよく聞き取れなかったようで私を見る。
「何よ、何笑いながら言ってんの、このヒト」
「クレカのタッチ決済がゲートで通れるみたいだ。少し割高だと聞いたことがあるけど」
妻は私に向き直り、私の額を指さす。何か嫌だな。
「これは」
「このカードはどこかで使えるの?」
「トラムに乗るときは使えるかもしれない」
「あの小っちゃい電車のこと?」
「そうだ。君はあれに乗りたがっていたじゃないか。よかったね」
妻が一瞬嬉しそうな顔をしてから、首をぶんぶんと振った。
「ば、馬鹿じゃないの。何でイスタンブールでちょっと市電に乗って4000円なのよ。何回乗ったら元が取れるのよ」
私は一瞬のうちに計算を済ませた。こういう時は頭の回転が速い。
「えーと、運賃が250円くらいだったから…15~6回くらい乗れば」
妻は絶句し、私を睨んだ。
「だから言ったじゃない。絶対違うカードだって。動画で見たのと色もデザインも」
「悪かったよ。でもイスタンブールカードって書いてあったし」
「高いのよ!これはイスタンブールシティカードよ。シティ、しーてーい!」
「…早く行かないとアヤソフィアが混雑するよ」
私たちのやり取りでだいたい何を言っているのかわかるのか、受付のお姉さんはずっとクスクス笑っている。
妻は未だ笑いが止まらないお姉さんと私の額を交互に見てため息を吐く。
「ハア」
それから案内書のカウンターに手をかけ、スッとその上に跳び乗った。すげえ、俺の嫁。
「オウ、ノォ」さすがにお姉さんが驚いて、制止したがもう遅い。頼む。一曲歌わせてやってくれ。
「♪イスタンブル・ウェ~イ 右にはアヤソフィア 左手にはブルゥ~モスク この道はどっちもモスク モスクへ続く 旦那の額 やがて輝きだす 汗ばんで流星になったみたい」
(『中央フリーウェイ』)
死んだのか、俺。
2025年 10月10日 トルコ⑤ イスタンブールその2
本日は私が楽しみにしていたイスタンブールのモスクを二か所、アヤ・ソフィアとスルタンアフメトモスク(ブルーモスクの愛称で有名)に行くのだ。特にブルーモスクの方は二十年前に写真で見て以来、『ここにはいつか』と期するものがあったため、私としては結構念入りに準備した。
まずGetYourGideでアヤソフィアのチケットを購入し、宿からの順路も確認した。見学時間の下調べもバッチリ、口コミも読んだ。それによれば『あさイチがねらい目』というか、お昼近くなると団体客でごった返すらしい。またイスラム教のモスクであるから、礼拝時間は観光客は入場できなくなるという。他にも肌を露出する服装はエヌジーで、同様に女性は髪を布で隠すとか様々なルールがあるのだ。
私も露出が高い服装を控えねばならないし、髪を隠した方がいいだろうかと妻に訊くとチラリとこちらを見るだけで反応はなかった。旅が始まってから彼女が私のこういう軽口に構ってくれる時間が減ったように思う。
*私に髪はない
当日は朝早く起きて、昨夜購入したパンとサラダを食べる。パンはモサモサしていて、サラダは酸っぱかった。ああ、日本のフワフワパンが食べたい。ゴマドレがほしい。少しぐらいお通じが悪くなってもいいから、あんパンやフルーツサンドやコロッケパンや焼きそばパンが食べたい。
7時に宿を出ようとすると、上の階からスアットさんがランニングシャツでシーツをいっぱい抱えて降りてきた。汗ばんでいる。
「メルハバ」
私が言うと、彼も『|オオ、グッモーニン、ハバナイスディ!』と返してくれる。ヒゲ面のくせに笑顔が素敵だ。そしておっさんのくせに爽やかだ。
たいがいなことを言っているが。それにしてもどこに住んでいるんだ、このヒト。
素早くアヤソフィアに行こうとしたのだが、上記の通りの顛末ですっかり時間を浪費した。あらためて本物のイスタンブールカードを購入し、100リラだけチャージする。
依然としてカードを間違えて無駄遣いをしてしまったショックは残るものの、フェリーは気持ちよかった。このボスポラス海峡をつなぐフェリーは地元の人たちも日常的に使うため、飾り気はないが何より安い。70リラ(250円ほど)で15分おきくらいに出発している。まさに庶民の足なのだ。
私たちが出発したカドキョイはアジアで、向こう岸はヨーロッパである。不思議な感覚だな。
思うにイスタンブールが旅人に優しいというか、甘いのはこの東西の交差点という歴史的地政学的な要素が関係あるに違いない。…などと考えていたが、少し前にイスタンブール空港で危うく遭難しかけたり、今日のようによく似たカードを発行して私を陥れたこの街の性格の悪さを思い出し、私は激しく首を振った。うう、フェリーの上でブンブン首を振ったので気持ち悪くなってきた。そういえば私は船に弱かったのだった。いろいろな場面での『自業自得』という言葉がグルグルまぶたの裏に渦巻き始めた。
20分ほどでヨーロッパ側に上陸する。トラムに乗り継いで『歴史地区』へ行き、すっかり混み始めたアヤソフィア近辺を歩く。チケットの交換所を発見するのにほんの少し戸惑ったが何とかゲットできた。
長い長い列を越えてようやく入場したアヤソフィア、おお、これがあの…あれ?一階は礼拝者のみの入場だった。二階から見下ろすアヤソフィア、歴史の香りが…歴史の香りって何だか古い絨毯の匂いみたいだと思ったのだが、ホントにそうだった。一階の絨毯が結構匂う。
疲れているから、こんなに気持ちが荒むのだ。そうだそうだ、と思い直し、スルタンアフメトモスク(ブルーモスク)へと移動する。このすぐ隣だ。せっかくだから地下宮殿とかトプカプ宮殿とかも見学したかったが、「せっかくだから」を重ねると膨大な出費になる。今回は長年絶対見たかった『ブルーモスク』に行ければそれでいいのだと割り切ることにした。ブルーモスクは割り切るとか割り引くどころか入場無料だしな。(?)
満面のイスタンブールスマイルで門の前に立つと、入り口には「礼拝中」とあって立入禁止になっていた。
何だよ。
長い礼拝時間中、ずっとここで待つのはとても出来ないので、ブルーモスク観光は明日へ回し、もう宿に戻ることにした。
途中、有名なグランバザールに立ち寄ったが、私は『船酔い』と『絨毯の匂い酔い』と『人ごみ酔い』でフラフラしていた。ヨイヨイヨロヨロ男だ。バザールにもいろいろな香りが立ち込めている。特に強烈なタバコのにおいに私はもはや耐え切れず、早々に退散した。妻も雰囲気が気に入らなかったらしく、『行きましょ、行きましょ』と珍しく従順に同意する。客引きは噂に聞くほどではなかった。私が思いつめたような顔で歩いていたからかもしれない。
港のカフェでハンバーガーとパスタを食べ(完全にすっぱいものに飽きている)、再びフェリーでカドキョイへ帰還した。
宿へ戻って階段を上がる途中チラリと下を覗く。不動産事務所でスアットさんがなにやら書類仕事をしていた。朝と同じランニング姿だ。私たちを見るとニヤッと笑って手を振ってくれる。癒されるなあ、あのヒゲ面。
疲れていたが、腹は減る。2時間ほど休憩し、夕方もう一度外出した。少し歩いたところにショッピングモールがあるという情報を頼りに北に歩いていく。Google Mapだけが頼りだ。
ちょっとどころでなく、坂道も含めて相当歩き、大型のショッピングモールにようやく辿り着いた。
中身は日本のショッピングモールとさほど変わらない。私たちはフードコートで羊肉料理とサラダを注文し、モソモソと食べる。普通だった。でも少し肉が固くて香ばしいかな。羊肉にも慣れてきた。サラダは…いつも通りだ。スッパイした。
何だかフードコートに女子高生が一杯いる。時々こちらを見て笑ったりしているが何なのだ。俺のこと好きになったのかとも思ったがもちろんそんなことは無く、こんなところでメシを食う外国人がただ珍しいのかもしれない。しかし…よく見るとイスタンブールの女子高生、すげえ可愛いな。もれなく可愛い。ヨーロッパの妖精っぽい可愛さに日本人というかアジア人の清楚な美しさを混ぜて、中東美人の濃ゆさをスパイスに振りかけた圧倒的可愛さアベレージだ。
サービスに私がウインクすると、全員から『ギャハハハハ』と朝の観光案内所のお姉さんと同じテイストの爆笑をされた。妻の眼が冷たい。しなきゃよかったかな。
アパートに戻ってスマホを見ると本日の歩数は3万歩を越えていた。
<Tips11> 「交通カード」
日本のSuicaやPASMOのように全国で使える交通系のICカードというのは世界的にはあまりないようです。(よく調べてないので多分ですが)
本編に登場するイスタンブールカード、電車やバス、フェリーにも使用でき、何しろ何人で回して使ってもOKという旅行者にとってはとっても便利なチャージ式のカードなのです。
けれど、ややこしいことに『イスタンブールシティカード』というのがあって、これも市内のバスやフェリー・トラム(市電)などが乗れるのですが、こちらは乗り放題で一日券から一週間券まで、あるいはそれ以上もあるようです。文中の私が間違えたこのカードは一日券で4000円くらい、三日券だと6500円くらいです。イスタンブールカードと違うのは定額乗り放題であること、複数人での使いまわしが禁止されていること、民営のフェリーは使用できないことです。今回このカードが上手く使えなかったのはどうもフェリーでも公営と民営のものがあって、それが関係していたものと思われます。
でもなあ、そこの販売機で売っていたカードがその乗り場から使えないなんて…と下唇を今更ながら突き出して憮然としてしまいます。
*イスタンブールカードはだいたい550円くらいでカードを買います(カード代の払い戻しはできません)。これにチャージをして使用しますが、その後例えばメトロなら1乗車150円くらい、クレジットカードとの差額は50円くらいだそうです。したがって10回は乗らないとカード代の元は取れませんね。けれど複数人で、例えば家内と二人で回して使えば一日2度乗車を三日間で充分です。大勢のグループならさらに得です。
ただし一人旅だとめちゃめちゃ回数を乗る必要があり、ほとんど意味がないことになりますね。
他の都市だとパリには『ナヴィゴ・イージー』があり、これもチャージ式です。パリの地下鉄はすでに紙の切符が廃止されているので購入必須で、発行手数料は2ユーロ、噂では10年有効と聞いたことがあります。本当かな。
私と家内は地下鉄の駅で購入しましたが、何かパリの地下鉄はスリが多いとか聞いてドキドキしながら財布を出しました。
またニューヨークは地下鉄のすべての駅でクレジットカードが使用できるので便利でした。ニューヨークはほぼ地下鉄が観光名所を網羅しているし、マンハッタン島自体が意外なほどに狭い地域(南北20キロ 東西は一番広いところでも4キロ足らず…頑張ればほとんど歩いていける)なのですごく移動は楽です。
話は違いますが、パリのセーヌ川には『バトビュス』という水上バスがあり、一日チケットを買うとあちこちの船着き場で自由に乗り降りできます。だいたい15分くらいの間隔で来るし、パリの観光名所も割と狭い範囲に固まっているので充分これで移動できます。ただし価格は24時間で23ユーロ(4000円くらい)、地下鉄が一回の乗車で2,55ユーロですからかなり割高です。それでものんびりと川からパリの街並みや綺麗な橋を眺め、焼き栗なんかをポクポク頬張りつつ移動するのは楽しかったです。
読んでいただき、ありがとうございました。
振り返ると、万全の準備をしていたはずなのに何でこうなるんだろうという台無し感が満載です。次回はイスタンブール、もう最終日です。何かが起きるようで、特に何も起きていない旅の記録…さらにおつきあいいただければ嬉しいです。




