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6月2日、紅家に偀がやってきた。
「宮野さん!?」
どうしてここに、と続けるより早く偀は口をひらいた。
「何してるの紅君」
「は?」
意味不明だった。何してるも何もここは芯久の家だ。むしろ偀こそここで何をしている。
「は、じゃないわよバカ!あなた久乃ちゃんに何言ったのよ!」
久乃。芯久の顔色が変わった。
そういう事かよ。
「帰れよ。お前には関係ない」
「上等じゃない、首突っ込んでる自覚はあるわ」
とんだ開き直りである。
「うるさい、近所迷惑だ」
「なら話を聞きなさいよ。私は近所に迷惑かけても困らないもの」
そりゃそうだ。ここは偀の家じゃないのだから。
芯久はしぶしぶ偀を自宅の中に入れた。
「それで何?久乃があんたに何を愚痴ったのか知んないけど本当いい迷惑。言いたいことだけ言ってさっさと帰ってくんない?」
投げやりな言い方に偀はカチンときた。
「お許しが出たみたいだから言わせてもらうわね、あんたが言ったんだからちゃんと最後まで聞きなさいよ」
2人の男女がにらみ合い対峙する。
数秒の沈黙の後、先に目をそらしたのは芯久。沈黙を破ったのは偀。
「・・・久乃ちゃんは何も言わないわよ」
拍子がぬけた。銃口を目の前につきつけられていて、でも結局は空砲だったかのような衝撃。
「久乃ちゃんは文句なんか言わないわよ。言ったことといったら『お兄ちゃんに嫌われたかもしれない』『もう来てくれないかもしれない』そういった類のものだけ。何があったのか聞いても笑ってるだけで」
「笑ってんなら大丈夫って事だろ。ほっとけよ」
心にもない言葉が。
「バカにしないでよ!」
偀が叫んだ。驚いて目を合わせると、両目には涙。
「楽しくなくても笑えるわ、そこまで久乃ちゃん子供じゃないのよ」
「宮野の憶測だろ、久乃がそう言ったわけじゃない」
「泣いてた」
童謡をごまかすため言った言葉に、さらなる爆弾が落とされる。
「・・・え」
「泣いてた久乃ちゃん」
「さっき笑ってたって言ってたじゃねぇか、矛盾してるぞ」
言いながら目をそらす。直視できない。
「笑ってたわよ。それでも見抜けないほど私鈍くないのよ。陰で泣いてることくらいわかるわよ」
脳裏に浮かぶのは、傷ついた久乃の顔。
「憶測、だろ」
「紅君!」
「お前にあいつの何がわかるんだよ!」
芯久の怒鳴り声に偀がビクつく。
「さっきから知ったように。あんた何?久乃があんたに頼んだわけ?それともあいつから相談でも受けてたの?今までの話からして違うよな。じゃあこれはあんたの独断でしてんだろ?あんたの心情で話してんだろ?もうやめてくれよ。あんたが勝手に久乃の心を代弁すんな」
何も言わない偀に、思わず失笑がもれる。
「そうなんだろ、だったらもう黙ってくれよ。あんたに何がわかんだよ。昔なじみの分際で偉そうに口出ししてくんな」
「何それ・・・自分の、自分の妹なんだよ!?」
「俺は俺だ!どうしてそんなの関係あるんだ!」
芯久の言葉に偀は言葉を失った。こちらを睨みつけてきた芯久の目には――――涙。
偀は目を見開いた。
「お前なんなんだよ、本当なんなんだよ!わかんなくていいんだよ、あいつの気持ちなんて。俺の気持ちも母さんの気持ちも父さんの気持ちも!知らなくていいんだよ、わかんなくて当たり前なんだよ。隠してる気持ちなんて、いちいち暴く理由なんてどこにもないんだよ!!!」
「紅、君」
「それでもわかれって言うなら、あんた俺の気持ちも考えてここに来たわけ!?」
偀が口をつぐんだ。
やっぱりな。そんな自嘲が心に浮かぶ。




