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母親との仲はその日から目に見えて悪くなっていった。ちょうど反抗期と重なっていたのも災いしていたかもしれない。
年も明け学年もあがった。勉強や部活は芯久にとってストレスを発散させるのにうってつけで、おかげでちゃんと両立できていた。
だが―――――――――
「複雑骨折です。残念ですが来月の大会には間に合わないでしょう」
ケガをした。5月の末でインターハイの県大会までには治らない。
初めて部活をさぼった。何をする気もおきなくて抜け殻のようだった。
たかが部活でも芯久にとっては「たかが」ではなかった。
5月30日。リビングに入るとテーブルの上にケーキがあった。
「あ、芯久来た。今呼びに行こうかと思ってたのよ」
目が点になる。なんだこの展開は。
「誕生日おめでとう」
――――――――――――――不覚にも。
泣きそうになった。実際には鼻の奥がツンとしただけで涙は流さなかったけれど。
父母息子の3人でケーキを食べる。「芯久ももう15歳かあ」と父親がしみじみと芯久の思い出話を語っていく。
それもやっと尽きかけたころ、何とはなしに芯久は尋ねた。
「なんでまたいきなりケーキだったの」
芯久の家に誕生パーティをする習慣はない。久乃の時は特別だ。父親の時も母親の時も、芯久の誕生日だって最後に祝ったのはせいぜい4歳くらいまでだったはず。
なんでまた今更。
久乃よ。
それまで口数の少なかった母親がいきなり饒舌になる。
「『お兄ちゃんが怪我したから心配』だって。『好きなサッカーやれないで悲しそうだから何かしてあげて』って。『誕生日も近いしケーキでも買って励ましてあげて』って。優しい子よね、自分の方が何倍も苦しい病気患っているのに人の気持ち気遣ってあげれるなんて」
おい、と父親がたしなめたが遅かった。
芯久は紅茶の入ったコップを思い切りたたきつけた。
ガラスの割れる音に母親が驚き、次の瞬間には不快そうな顔をする。
知るか。ここは病院じゃない。遠慮しなきゃいけない理由はもうない。
感情に任せて怒鳴りたかった。思う存分暴れたかった。
出来なかったのは母親が相手だからじゃない。そこにいた父親が芯久の気持ちを俊敏に読み取って先回りをしその場を収めたからだ。だからといって芯久のいら立ちがきえるわけじゃない。
怒りの矛先は――――――久乃に向かった。
「ふざけんな貴様」
病室に入るなり久乃に近寄って低い声でそう言った。
笑顔だった久乃の顔が一変する。
「ど・・・どうしたのお兄ちゃん?」
「よけいな事しやがって」
チッと芯久は舌打ちした。
「何がしたかったのお前。いらねぇ事あいつにふきこみやがって。あいつが俺に関心ない事くらいわかんだろ。嫌々祝われてもこっちだって不愉快だ」
「あいつって、お母さん?」
「他に誰がいんだよ!」
芯久のイライラはつのる。
「お前あいつのお気に入りだからな、お前が頼めばあいつは俺のためにケーキくらい買ってくれるだろうよ。それで俺が喜ぶとでも思ってんの?見くびんな」
久乃の傷ついた顔が芯久の怒りをあおった。
「そういうのおせっかいって言うんだ!迷惑なんだよ!」
芯久は感情をぶちまけると病室を出て行った。
最後まで久乃は涙を見せなかった。そのことがまた芯久をムカつかせる。
病院だとわかっていても、今すぐこの感情を清算したくてたまらない。
「くそっ・・・!」
頭を抱えて毒づく。
外は雨だった。もうすぐ梅雨になる。




