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芯久が中学校にあがる頃には久乃は入退院を繰り返していた。
小学校の時から持ち上がりの生徒が多いので人間関係に困る事もなく成績も問題なかった。
部活はサッカー部に入り夜遅くまで練習する。
家に帰ると机の上にはラップに包まれた夕飯と書置きがあるのが普通になった。
父は仕事。母は久乃の病院だ。
久乃の入院代もバカにならない。
家は貧しくはなかったけれど決して裕福とはいえなかった。
それでも芯久に不満はなかった。
男友達と遊ぶのは公園に行けばお金はかからない。
彼女が出来ればそうもいかないだろうが中2になっても芯久はまだ異性に興味を持っていなかった。
週末の部活のない日には久乃の病院へ見舞いに行った。
「久乃」
「お兄ちゃん」
ベッドに背もたれていた体を起こして久乃は笑顔で振り返った。
サイドテーブルに山積みにされている大量の本。
「この前の本、ありがとう。面白かった」
「もう読んだのか。あいかわらず早いな。持ってきても持ってきてもキリがない」
これみよがしに頭をふると久乃はケラケラと笑った。
「お兄ちゃんの本のセンスがいいからだよ。ついのめり込んじゃって気付いたらいつの間にか終わっちゃってるんだもん」
「そう言ってまた持ってこさせようとしてるな」
「バレた?」
「だめだめ。俺の小遣いにも限界があんの」
すると久乃は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね・・・」
「んぁ?」
「ありがとうね、お兄ちゃん大好き!」
猫なで声で甘えてくる久乃に芯久は「うぇ」と顔を歪ませた。
ひどい、とふてくされる久乃を見て笑う。
1時間弱、他愛もない会話をしてから芯久は病室を後にした。
エレベーターの方へ向かって歩いていると後ろから声がかけられた。
「紅君?」
「はい?」
肩よりちょっと長いくらいのストレートの茶髪。
黒のスラックスに派手目の青色Tシャツという格好から恐らく病院の入院患者だと思われる。
だが、顔に見覚えはない。
「えっと・・・」
「覚えてないかな、わたしハナ。偀。 宮野偀」
一瞬にして駆け巡る幼少期の思い出。
「ハナッ・・・!?ちゃん・・・?」
「あ、思い出してくれた?」
言われたら確かに面影のある笑みを顔いっぱいに偀はたたえた。
病院のロビーにある椅子に腰掛けて自動販売機で買った120円のジュースを口に含む。
芯久はコーラ、偀はリンゴジュース。
「まさかこんな所で会うなんてね」
「な。でも久乃がこの病院にいるって事は知ってたんだろ?」
「うん。それも偶然知ったんだけど。棟も階も違うし」
「ハ・・・宮野さんはどうして入院してるの?棟が違うって事は外科?」
昔みたいにハナちゃんと呼ぼうとして言い換える。
微妙なお年頃なのだ。偀も偀で以前のように「しぃくん」と呼ぶのではなく「紅君」と呼んでいるので、別段違和感を感じることなく普通に会話を続けていく。
「ちょっと事故にあってね。手術してリハビリ中」
ほんのわずかだけ視線を下に向ける偀。
カンカンとジュースの缶を爪で2回ほどはじいた後、偀はにこっと笑った。
何故か胸が締め付けられるような、そんな笑顔。
「今度また久乃ちゃんのお見舞い来るんでしょ?よかったらその時、わたしの所にも遊びに来てよ」
それから、週末以外に平日でも部活が比較的早く終わった日には病院に行くようになった。
下心があったわけではない。
かといって久しぶりに会った昔の知人と積もる話がしたかったわけでもない。
大体別れたのが小学校に上がる前。今の芯久たちは中学1年生だからその間約7年間。
しかも小学校の低学年の時の事などほとんど覚えていない。それで何を話して積めばいいのだ。
それでも芯久は行った。
時間の許す限り病院へ通った。
回数が増えるにつれ自然に会話が出来るようになっていったが、時折無神経な発言のせいで空気が悪くなる事もしばしばあった。それでも、行くのを止めようとは思わなかった。




