第24話 内部崩壊の音と、勇者の謀略
3000人の王国軍兵士は、誰一人として欠けることなく王都へと帰還した。
怪我人どころか、疲弊した様子すら見せない彼らの姿に、王都の作戦会議室は異様な熱気と混乱に包まれていた。
「――3000人を無傷で帰しただと!?」
「バカな……! これは一体何の策略だ!」
「報告によれば、戻った兵士たちは全員、不気味なほど穏やかな笑顔を浮かべていたというぞ!」
「まさか、恐ろしい精神魔法で正気や忠誠心を失わせられたのではないか!?」
長机を囲む高官たちが、顔を真っ赤にして怒号を飛び交わせる。
人間を虫ケラのごとく殺戮してきた魔王軍が、自ら包囲した人間を一人も殺사ずに解放するなど、建国以来前代未聞の事態であった。何か恐ろしい罠が仕掛けられているに違いない――誰もがそう疑っていた。
そんな喧噪の中、青ざめた表情で書類を抱えた一人の高官が、消え入るような声で挙手した。
「……報告いたします。すでに、帰還した兵士のうち『118名』が、本日付けで除隊を申し出ております……」
会議室が一瞬で静まり返る。
「な……何だと……?」
高官の報告は、それだけに留まらなかった。
翌日になると、除隊を正式に申し出た者、手続きすら待たずに武器を置いた者、そして彼らの言葉を信じた家族や親族までもが、荷物をまとめて次々と王都の門を潜っていった。
その数、実に『約1000名』。
かつて死線を潜り抜けた精鋭兵たちが、「魔王の伴侶様がくれた慈悲」と「あまりにも美味だった酒肉」の記憶に心を救われ、王国の圧政から逃れるように街を去っていったのだ。
血を流すことすらなく、ただ宴の残り物を配っただけで、王国の精鋭部隊は内側から崩壊を始めていた。
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時を遡ること、数日前。
人里離れた深山にひっそりと佇む、賢者の庵。
静まり返った室内で、北の勇者は羊皮紙のめくれる音を響かせていた。
彼が手にしていたのは、賢者の先祖が残したとされる朽ちかけた古文書である。数百年前の年代物でありながら、そこに記されていたのは1万年前に存在したという『魔人』についての記述であった。
「なるほど……魔人は殺されたのではなく、『存在が消えた』のだな?」
勇者の言葉に、机の向かいに座る銀髪の賢者が、静かに目を細めたまま頷く。
「その通りです。どんな魔法や現象、あるいは高次元の介入によるものか……原理までは解明されておりません」
「それと、数年前に起きたであろう魔人の復活……」
「はい。私自身が直接目撃したわけではありません。ですが、かつて世界を震え上がらせた魔人の気配を確かに感じ取りました。……そして数日後、その気配は再び途絶えた。ただ一人の魔人を残して」
「それが、先日の氷山にいた『氷の魔人』か」
勇者は目を細め、不敵な笑みを口元に浮かべた。
「ならば……必ず他の魔人も、この世界のどこかに『消えたまま眠って』存在するはずだ」
「……まさか、勇者……!?」
察しの良い賢者の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。勇者はフッと鼻で笑い、冷徹な光を宿した瞳で賢者を見つめ返した。
「そうだ。その眠れる魔人たちを復活させる。そして俺たちが影から誘導し、魔王や魔王軍幹部どもにぶつけるのさ」
「し、しかし! それでは本末転倒です! 復活した魔人が、次に我々人間を滅ぼす敵になるのではないですか!」
「ふふ……賢者よ、物事は合理的に考えろ」
勇者は顎に手を当て、楽しそうに言葉を紡ぐ。
「氷の魔人と同等の力を持つようなバケモノどもが、魔王やあの凶悪な幹部たちと正面から激突してみろ。どちらかが死に、生き残った方も必ず瀕死の重傷を負うだろう?」
「勇者……」
「そこを、俺たちが最後に『成敗』してやるのさ。人間を脅かすバケモノどもを、一網打尽にな」
自分の命すら駒のように扱うその歪んだ狂気に、賢者は言葉を失い、ただ沈黙するしかなかった。
「とにかく、この文献に書いてある『存在が消えた場所』へ向かってみよう」
勇者は古文書を乱暴に閉じると、立ち上がって腰の剣の柄に手を置いた。
「ここから一番近いのは……あの灼熱の『火山地帯』だな」
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