第23話 王国の激怒と、一夜の宴(ラスト)
――ほんの数分の出来事であった。
王国軍が誇る『剣聖』ガルシア、『迅槍』ブラッド、『神眼』ヴァルツという英雄級の猛者三名が、魔王軍幹部たちの手によって一瞬にして凄惨な肉塊へと変えられた。
その光景を目撃した三千の兵士たちは、絶望とパニックの渦へと叩き落とされた。
「ひ、ひぃぃぃっ!? た、隊長たちが全滅したぞぉぉっ!?」
「逃げろ! 逃げるんだぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げて一斉に背を向け、蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとする兵士たち。
だが、その頭上からズスンと地響きを立てて舞い降りてきたのは、巨大な黒鉄の斧を担いだ魔獣王レガリアだった。
「……どこ行くのぉ? アーシたちの前から勝手に逃げちゃダメでしょ」
鋭い牙を剥き出しにし、獲物を品定めするように眼光を光らせるレガリア。さらに空からは魔翔王の娘テンペスタが不敵な笑みを浮かべて旋回し、三千の軍勢の退路は完全に塞がれた。
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一方、シルヴァ村の中央――。
「……魔王様、ご命令通りあの三人を片付けてまいりました」
漆黒のゲートから現れた死神ネクロアが、静かに深々と頭を下げた。
その視線の先では、昨晩の宴の影響で未だ気持ち良さそうに眠るロッシュを膝に乗せ、アストラゼノスが愛おしそうにその髪を撫でていた。
「ご苦労様」
「……それで、あの三人が率いてきたおよそ三千の兵士の処分ですが……」
「あらら……三千人も『遊びに』来てくれたのね」
アストラゼノスはくすりと微笑むと、膝の上でスースーと寝息を立てるロッシュの頬を優しく撫で、揺り動かした。
「ダーリン……ロッシュ。三千人ものお友達が『遊びに』来てくれたんだけど、彼らはどうしたらいいかしら?」
「……ん……むにゃむにゃ……なに……?」
愛しい声に呼ばれ、ロッシュは薄っすらと目を開けた。
まだ酒と眠気で頭がボヤぼやとしており、かすむ視界の先には昨晩の宴会で散らかった食べ残しの肉や酒樽が広がっている。
(……あー、昨日の宴会の片付けか……。食べ物残っちゃったな……)
完全な寝ぼけ頭で、ロッシュは欠伸を噛み殺しながら呟いた。
「……のこりものを〜……渡して……帰ってもらったらぁ……?」
言うなり、ロッシュは再びアストラゼノスの柔らかな膝枕へと倒れ込み、スヤスヤと二度寝の世界へと旅立っていった。
「ふふっ……優しいのね、ロッシュは」
アストラゼノスは愛おしそうにロッシュの頭を抱き締めると、冷酷な魔王の笑みを浮かべてネクロアへと視線を向けた。
「聞いたでしょう、ネクロア? 私の伴侶の言葉を……」
「……はい。仰せのままに」
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絶望の淵に立たされ、生きた心地のしない三千の兵士たちの前に、再び死神ネクロアが静かに舞い降りた。
「……貴方達の処分が決まりました」
「ひ、ひいぃぃぃっ!」
「こ、殺される……っ!」
「俺たちは全員、酷い殺され方をするんだぁぁっ!!」
兵士たちが死を覚悟して泣き叫ぶ中、頭上からレガリアがニヒヒと牙を覗かせる。
「アーシら魔獣の餌かなぁ?」
その一言に、恐怖のあまりその場で失禁してしまう兵士が続出した。
だが、村の門から現れたのは、凄惨な処刑部隊などではなかった。数多のスケルトンたちが、昨晩の宴の残り物である肉や、未開封の酒樽を積み込んだ荷車を何台も引きながら、ゾロゾロと歩み寄ってきたのだ。
「……魔王様の『伴侶』となられたお方は、貴方達にこのお土産を持たせて、無事に祖国へ帰らせてあげなさいとお仰いました」
ネクロアの淡々とした言葉に、兵士たちは耳を疑った。
「……は?」
「う、嘘だろ……?」
「な、なんで……一体どういうことだ……!?」
戸惑う兵士たちに、スケルトンたちが手際よく『お土産』の肉や酒を配っていく。
兵士たちにとって、食べ残しの肉や酒という「物の価値」などどうでもよかった。
命を奪われて当然の暴挙を犯した自分たち三千人に対し、恐るべき魔王の『伴侶』――影の支配者が、圧倒的な慈悲と寛大さをもって生かして帰してくれたという事実。
「あ……あああ……っ!!」
「感謝いたします……! 感謝いたします尊き御方……っ!!」
兵士たちは溢れ出す涙を拭うことも忘れ、誰からともなくシルヴァ村に向かって泥に額を擦り付け、深々とひれ伏した。
――こうして、討伐に向かった三千の兵士たちは、『魔王の伴侶様は、三千人もの不届き者にすら深き慈悲を与えてくださる尊き御方である』という平伏の思いと極上の讃辞を胸に、自国へと帰還していくのであった。
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