第21話 半泣きのモブと、奇跡の魚(エピローグ)
政治や法律、あるいは領地の領有権や「国賊」といった大人の複雑な事情を、下級のモブ冒険者であるロッシュが知る由もなかった。
貴族や領主であれば「他国の領地に勝手に村を作れば即座に討伐対象になる」と頭を抱える問題も、彼にとっては単なる『水があって獲物もいる住みやすそうな場所』でしかない。無知ゆえの無邪気で純粋な実用性だけで「あそこに住めば?」と提案し、それを魔王アストラゼノスが圧倒的な武力で強引に事後承諾させた——それが、今回の「神聖なる開拓地授与」の真相であった。
当の本人にそんな大層な自覚など微塵もないまま、夜が明けて翌日。
冒険者ギルドの酒場では、数日間にわたる過酷な山賊討伐任務から久々に帰還したラージやエルたちが、安堵の表情で酒杯を傾けていた。ロッシュもまた、彼らのテーブルに混ざって和やかに談笑を楽しんでいた。
「ふぅ……今回の山賊どもは骨が折れたぜ。ロッシュ、お前の方は相変わらず平和だったか?」
「まあね。街道の補修とか、…ちょっとした魚の処分を手伝ったりとかさ」
そんな穏やかな空気の中、ギルドの奥から重々しい足取りでギルド長が姿を現した。
彼はカウンターの前に立ち、ギルド内にいる冒険者たちへ向けて朗々と声を張り上げる。
「みんな、急な知らせで申し訳ないが、特別クエストの告知だ! 先日この街に流れ着いたシルヴァ部族の開拓にあたり、復興支援の協力者を募りたい!」
ギルド長の話によれば、新たに村を建設するにあたり、数ヶ月の流民生活で未だ身体が癒えていない彼らに代わって、基礎工事や資材運搬を手伝ってくれる者を求めているという。
「……だが、恥ずかしながらギルドの公的資金からは十分な予算が出せん。今回の依頼報酬は、私個人の私財を切り崩して支払うことになる。そのため……報酬はお世辞にも高いとは言えない。非常に厳しい条件だ」
ギルド長が申し訳なさそうに頭を下げると、場内に微妙な沈黙が流れた。
山賊討伐や魔物退治で命を懸けている冒険者たちにとって、報酬の低い土木作業にわざわざ自ら手を挙げる者は容易には現れない。誰もが顔を見合わせ、気まずそうに目を逸らしていた。
そんな静寂を破ったのは、あっけらかんとした青年の声だった。
「——あ、俺、行きます!」
ロッシュが迷いなくスッと手を挙げた。周囲の視線が一斉に彼へと集まる。
「ロッシュ君……!?」
「報酬なんていりませんよ。作業中に支給されるお弁当さえ貰えれば十分です」
ヘラッと笑いながら言うロッシュ。自分たちが魚を押し付けた罪悪感が少し残っていることもあるが、何より困っている人々を放っておけない彼の素の善意だった。
その言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたラージが豪快に自分の膝を叩いて立ち上がった。
「へっ、相変わらずお前は物好きだな! 山賊退治から戻ったばかりで体はバキバキだが……よし、俺も付き合ってやるぜ!」
「ちょっとラージ!? ……はぁ、全く。ロッシュ君がそう言うなら仕方ないわね。私も手伝うわよ。建材の運搬くらい魔法で楽にしてあげるわ」
あきれ顔のエルも、どこか嬉しそうに口元を緩めて挙手する。
『盗賊狩り』としてギルド内でも一目置かれるラージたちの動き、そして何よりロッシュの「弁当だけでいい」という一切の欲がない真っ直ぐな姿に、周囲の冒険者たちの胸の奥が熱く揺さぶられた。
「おいおい、あいつらだけで良い格好させられるかよ!」
「俺も行くぞ! 弁当が出るなら実質タダ飯だろ!」
一人、また一人と、酒場にいたほぼ全ての冒険者たちが次々と笑顔で手を挙げ始めた。
さっきまでの気まずい沈黙が嘘のように、ギルド全体が温かい活気と熱気に包まれていく。
頭を下げたまま、その光景を呆然と見上げるギルド長。
ロッシュは集まった仲間たちと顔を見合わせ、「みんな親切だなあ」と心底嬉しそうに目を細めるのだった。
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