第21話 半泣きのモブと、奇跡の魚(後半)
ロッシュたちの手伝いもあり、持ち込まれた大量の魚は見事に美味しく焼き上げられ、難民たちの腹へと収まっていった。
空腹が満たされ、人心地ついた族長から深々と頭を下げられ、感謝の言葉とこれまでの凄惨な経緯を打ち明けられるロッシュ。だが、当のロッシュの胸中は複雑だった。
(……いや、俺、ただ魚の処分に困って押し付けただけなんだけどな……。なんか利用しちゃって申し訳ない……)
そんな勝手な罪悪感から、ロッシュは族長の感謝を素直に受け入れられず、どこか居心地悪そうに身を縮めていた。
そこへ、食料問題がひとまず解決して胸を撫で下ろしたギルド長が、深刻な顔でロッシュに歩み寄ってくる。
「ロッシュ君、実はここからが本題でね……。この難民たちの住む場所(住居問題)なんだが、なんとかならんものだろうか……」
「えっ、俺に聞くんですか!?」
困り果てるロッシュの横で、アストラゼノスが顎に手を当てて小さく首を傾げた。
「この人たちが住む安住の地ねぇ……。私たち魔王領の本拠地はいつも不気味な雲がかかっていて薄暗いし、人間が暮らすにはちょっと適していないのよね……」
そう言って、アストラゼノスはチラリとロッシュへ視線を送る。
「え? でも今はアルザードもヴェルダンも魔王領の傘下に入ったんだろ?」
「それはそうなんだけど……どこも移住者でいっぱいで、これだけの人数を受け入れる余裕はないでしょ?」
「いや……それなら、あの場所でいいんじゃないか?」
「どこよ?」
「ほら、ギルドの街とヴェルダンの途中で、お昼休憩にした林の中の沢があったろ? あそこなら自然も豊かだし、沢という立派な水源もある。なにより巨大イノシシみたいな野生動物もウヨウヨ生息してた。狩猟民族の彼らにとって、これほど好条件の土地はないと思うけど……」
ロッシュとしては、行き帰りの道中で見かけた「ただの都合の良い場所」を提案したに過ぎなかった。
しかし、通常であれば旧王国領内に勝手に村を作るなど、国家に対する明確な反逆行為(国賊)であり、即座に王国軍から討伐対象とされる暴挙である。
……だが、今のこの地域の支配者は誰か。
「あ、そっか。それ、すごくいいじゃない。じゃああなたたち、そこに住みなさいよ」
「「「ええええええええっ!??!?」」」
アストラゼノスの軽々とした一言に、ギルド長とシルヴァ部族の族長が目玉を飛び出さんばかりにして固まった。
「し、しかし! あそこは元々王国領とはいえ、今は魔王領の勢力圏! 我々のような流民が勝手に村など作っては……っ!」
「え? あー……大丈夫よ。私が魔王だから」
「……へ?」
ぽかんと口を開ける族長たちの目の前で、アストラゼノスはふわっと身体を浮かせ、擬態の魔法を解除した。
背中から展開される、夜の闇よりも深い漆黒の巨大な翼。
血のように眩い赤き瞳。
そして、世界を揺るがす絶対強者としての、異常なまでの禍々しくも気高きオーラ――。
「ひっ……! 狂気と死の象徴……魔王……っ!!」
一瞬でその場が静まり返り、恐怖と畏怖のあまり、族長をはじめシルヴァ部族の難民全員が地面に平伏し、平伏した。
そんな、世界中の誰もが震え上がる魔王の横で、ロッシュは何の気負いもなく日常会話のトーンで話しかける。
「ってことだからさ。あそこに村を作ればじゃない? あ、そうだ」
ロッシュは何かを思いついたように、ひれ伏す族長へ向けてポンと手を打った。
「出来ればだけど、あそこで狩った動物の肉をギルドの街とかに貿易として卸してもらえれば嬉しいかな。野生動物のお肉って貴重だし、街の人も助かるからさ」
ただの「食料の流通とギルドの利益」を考えたモブ冒険者らしい提案。
そんなロッシュの横顔を、アストラゼノスは心底愛おしそうに見つめ、優しく微笑んだ。
「ね? いいよね、ゼノス」
「ええ、もちろんいいわ。――族長と言ったかしら。あなたたちの命と土地は、このアストラゼノスが永久に保証するわ。精一杯、生きてみなさい」
「「「ははぁーーーーっ!! 感謝いたします、魔王様ーーーっ!!」」」
温かいお言葉を賜り、歓喜の声を上げる部族の人々。
二人が仲良く談笑しながら去っていく後ろ姿を、族長は涙を流しながら拝むように見送った。
「魔王様……我が部族の真の神は、あのお方じゃ……っ!」
感動に打ち震える族長だったが、ふと我に返り、首を傾げた。
「……しかし、あの魔王様のすぐ横で、対等に意見を述べておられたあの冒険者は……一体何者なんじゃ……?」
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――この出来事は、のちに尾ひれがつき、シルヴァ部族の間でひとつの神話として語り継がれることになる。
『部族に神聖なる黄金の森を授けてくださった女神アストラゼノス様と、溢れんばかりの大漁の食料をもって我らの命を救い、安住の地へと導いた陰の軍師』
当のロッシュが「魚が余って困ったから振る舞い、たまたま見かけた林を教えただけ」という事実に気づく者は、永遠に現れないのであった。
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