第13話 王国の戦慄と動き出す世界(前半)
王都にそびえ立つ王国軍議会議室。
重々しい空気の立ち込める円卓の周囲には、王国の最高幹部や高官たちがズラリと顔を揃えていた。
その中央に、冷や汗を拭いながら立っている男が一人――アルザード城への潜入から帰還した、偵察隊の先輩である。
「……報告は以上です」
先輩密偵が震え声でそう告げると、議長を務める最高幹部の一人が眉をひそめて周囲を見回した。
「待て。同行していたもう一人の姿が見当たらんが、どうしたのだ?」
その問いに、先輩密偵は顔を青ざめさせ、言いづらそうに言葉を詰まらせた。
「そ、それは……その……」
「はき捨てずにはっきりと申せ!」
「奴は……アルザード城に残り、一生そこで暮らす……と……」
――瞬間。
会議室中が、文字通りひっくり返ったような大どよめきに包まれた。
「な、なんだと……!?」
「スパイが敵地に寝返ったというのか!? どういうことだ!!」
混乱する高官たちを前に、先輩密偵は歯を食いしばりながら、絞り出すように言った。
「っ……恐らく奴は、魔王軍の『洗脳魔法』にかかったのだと思います……ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、室内の空気が凍りついた。
――恐るべき凶悪魔王。そして、その背後で糸を引く凶悪なる軍師。
高官たちの脳裏に、かつてない恐怖の仮説が浮かび上がる。
ざわめく会議室の中で、一人の老練な軍師がゆっくりと立ち上がり、重々しく口を開いた。
「……落ち着け。魔王軍が領土を拡大し、あのように人間を組織的に受け入れたことなど、数千年の歴史において一度たりとも記録にない。恐らくは、その謎の軍師が現魔王をそそのかしたのだろう。元々、魔物は人間をただの『餌』としか見ておらなかった。だからこそ歴史は、生かさず殺さずの間合いを保っていたはずなのだ」
別の高官が、冷や汗を流しながら震え声で反論する。
「それならばなぜだ!? なぜ魔王軍は侵略の形式を変えた!? 人類を根絶やしにしては、奴らの餌が無くなるではないか!」
老軍師は暗い眼差しで首を横に振った。
「いや……この軍師の狙いはもっと底知れない。彼は人類をただ滅ぼすのではなく、『飼育』しようと企んでいるに違いない……!」
その言葉に、室内の全員が息を呑んだ。
「「「なんと……!!」」」
「『飼育』に成功すれば、以後、魔王軍と人類の争いは無くなり、我らは牧場の家畜の如く、彼らの管理下で永遠に生かされ、食べられ続けることになる……」
室内の誰もが、背筋を凍らせて戦慄した。
血を流さない侵略。幸福感による精神支配。そして人類の家畜化――。
それらすべてが、あの影の軍師が描いた冷酷なスケジュールなのだとしたら、王国に残された時間はあまりにも少ない。
恐怖と絶望が会議室を支配しかけたその時――。
バァッ! と勢いよく扉が押し開かれ、一人の兵士が顔面蒼白で飛び込んできた。
「し、失礼しますッ!」
「なんだっ!? 会議の最中に無礼であろう!」
「はっ、申し訳ありません! しかし一大事です! 北西の要衝『ヴェルダン城』の城主が……我ら王国軍の増援部隊を通さず、城門を閉ざして立て籠もっております!」
報告を聞いた高官たちが、一斉に目を見開いた。
「なにっ……!? ヴェルダン城といえば、港町を擁し、1500人の精強な軍隊を持つ中規模の要衝ではないか!」
「そうだ! あの地域における防衛と物資の生命線……! 王国からの前衛支援として、1000人の兵を送り込んだはずだが、なぜ城に入れない!」
冷や汗をダラダラと流しながら、兵士は震え声で告げた。
「……城主からの伝言です……。
『我らは、この機に王国より独立を果たす』と……!」
――ガウンッ!!
あまりの衝撃に、会議室の長老が椅子から崩れ落ちるように立ち上がった。
王国の経済と軍事の要であるヴェルダン城の突然の離反。
それはまるで、魔王軍の経済圏へと吸い寄せられるかのような、致命的なドミノ倒しの始まりを告げるものだった。
「ば、馬鹿な……! ヴェルダン城までが寝返るというのか……!?」
「違う……あれも全て、あの軍師の経済戦略と懐柔工作の掌の上だというのか……ッ!」
王国軍の中枢は、影の軍師・ロッシュの「恐るべき侵略計画」に怯え、さらなる混乱の渦へと叩き落されていくのだった――。




