第12話 新貨幣の発行と、新たな日常の始まり(前半)
『新貨幣の発行』。
この話がギルドの組合長から魔王軍へと持ち込まれると、動きは文字通り電光石火の如き早さだった。なにせ、「軍師ロッシュ様肝いりの世界経済改革案」である。魔王アストラゼノスが動かないわけがなかった。
魔王城内では急遽、地下深くに大規模な『造幣工場』が建設され、素材の選定から鋳造にいたるまで魔物と幹部たちが総出でフル稼働した。
ちなみに、のちに魔王軍幹部最強と名高いあのデュラハンも、なぜか自身の首をキッチリと胴体に戻した真面目な姿で、一心不乱に貨幣のプレス作業に参加していたらしい――。
――なお、この貨幣製造の裏で、世界を揺るがす危機(?)が一つ回避されていた。
「ダーリン♡ 新しいお金のデザインなんだけど、金貨にはロッシュの得意気な顔、銀貨にはロッシュの笑顔、銅貨にはロッシュの寝顔を刻印しようと思うの!」
「絶対にやめろ!!! 街中に俺の顔が描かれた金が流通するとか、どんな処刑台だよ!!」
アストラゼノスの重すぎる愛が生み出した『ロッシュコイン構想』に対し、ロッシュは死に物狂いで全力のツッコミを入れて阻止。
結果として、貨幣には魔王国を象徴する美しい紋章が刻まれることとなったのだが……この一件を知った人間の領主やギルド長たちは、またしても勝手な深読みに走っていた。
「じ、自分の顔を通貨に刻むことすら辞退しただと……!? 一体どういう意図だ……?」
「馬鹿者! 分からんのか! もしロッシュ様の顔が出回れば、王国側に『魔王領の経済の黒幕』として即座に感づかれてしまう! ――つまりあれは、自分の存在を徹底的に隠し、王国に気取られぬように仕組んだ恐るべき『潜伏・カモフラージュの策略』だ……ッ!!」
「なんと周到な……! 自己顕示欲を一切捨て、ただ世界を裏から回すことしか考えておらすとは……奴は天才だ……!」
――当のロッシュが「自分の顔のコインとか恥ずかしすぎるだろ」と赤面して断っただけだとは、誰も気付いていない。
こうして刷り上がった新貨幣への両替が迅速に行われ、アルザード城の領主とギルド長による歴史的な『貿易開始式典』が執り行われた。
さらに、魔物が人類の敵ではなく「交易相手・保護下のエージェント」へと変わったことで、ギルドのクエスト内容も激変。危険な魔物討伐は姿を消し、代わりに「街道の拡張・整備」「盗賊・山賊の討伐」「周辺地域のパトロール」がメインとなった。
(俺なんて下級魔法しか使えないし、腕っぷしも下級冒険者レベルだしな……)
自分を「冴えないモブ」と割り切っているロッシュは、危険な討伐部隊には当然選ばれず、『街道の整備工事』などの裏方作業を、嫌な顔一つせず黙々とこなしていく。スコップでツチヤマを均し、汗を流す。
世界の激動とは無縁の場所で地道に働く日々に、ロッシュはなんともいえない充実感と平和を感じていたのだった。




