第11話 魔王は街に馴染み、モブは勝手に軍師に任命される(後半)
冒険者たちと和やかに挨拶を交わしていたその時、カウンターの奥から受付のお姉さんが困り顔で近寄ってきた。
「ロッシュ君、……ギルド長がお呼びよ。3階の部屋で待ってるわ」
「え? 組合長が?」
ロッシュは首を傾げつつ、アストラゼノスを連れてギルドの3階にある『ギルド長室』へと向かった。
重厚な木の扉をノックし、静かに開ける。
――ガタッ!
扉が開いた瞬間、室内に漂う重苦しい緊張感とともに、異様な光景が視界に飛び込んできた。
部屋の中にいた組合長(この街の領主)と、ギルドの幹部組合員4人の計5人が、揃って床にひざまずき、深く頭を垂れていたのだ。
「うおっ!? な、なんですかこれ!?」
「ロッシュ様、そして魔王陛下……! 事前の連絡もなく呼び立てるようなご無礼、平にお許しくだされ!」
平伏したまま汗を拭う組合長に、ロッシュは引きつった笑いを浮かべた。
「いやいや、頭を上げてくださいよ組合長! それで、急に呼び出したりしてどうしたんですか?」
立ち上がった組合長は、決意を固めた真剣な眼差しで二人を見つめ、意を決したように切り出した。
「……単刀直入に申し上げます。当ギルド、ひいては我が領地もまた、アルザード城と同じく魔王軍(魔王国)の傘下へと入りたいのです」
「ええっ!?」
驚くロッシュに対し、組合長は苦渋に満ちた表情で苦悩を語り始める。
「ですが……我が街はアルザード城とは事情が大きく異なります。アルザード城であれば、住民が畑を耕し、自給自足で細々と暮らしていくことができましょう。しかし、大規模な冒険者ギルドを擁するこの街は違います。冒険者がクエストをこなし、その対価として金を得る。その金で武器や防具、日常の嗜好品を買い、武器屋や酒場もまた金を得て経済を回しているのです。もし今、王国と完全に断絶すれば……金の流通がストップし、この街は遠からず経済的に破綻してしまいます」
組合長は青ざめた顔で頭を下げた。
「この難題に対し、私どもは連日連夜、頭を抱えて議論を重ねましたが……到底、答えを出すことができませんでした……」
室内を重い静寂が包み込む。
擬態した姿のアストラゼノスも顎に手を当て、「ふーむ……人間の『お金』の仕組みは難しいわね……」と腕を組んで考え込むが、名案は浮かばない様子だ。
そして――。
組合長、4人の組合員、そして魔王アストラゼノスを含むその場の全員の視線が、じっとロッシュへと注がれた。
「え、えぇ……? なんでみんな俺を見るの……?」
戸惑い、後ずさりしそうになるロッシュ。しかし、全員の縋るような、そして「この男ならあるいは……」という絶対の期待の眼差しに押し負け、ロッシュはガリガリと頭を掻いた。
「いや、そんな大層なこと言われてもさ……。それなら、魔王軍(魔王国)で独自に使える新しい通貨を発行してもらったらどうですか?」
「「「……新通貨の発行!?」」」
「ええ。魔王国としての通貨を新しく作って、ここ(ギルドの街)とアルザード城の間で流通・共有させるんです。極々小さな規模にはなりますけど、アルザード城で作った農作物や資源をこの街が買い取り、この街の武器や加工品をアルザード城に売る……っていう風に、二つの街の間で小さな貿易圏を作ればいいんじゃないですか? 王国のお金に頼らなくても、当面の間は経済が回ると思いますけど」
ロッシュとしては「ただの思いつき」として口にした、至極当然のアイデアだった。
――しかし。
部屋にいた組合長たち5人は、まるで雷に打たれたかのように目を見開き、ガタガタと全身を震わせた。
アストラゼノスまでもが、「……それよ! 素晴らしいわダーリン♡」と瞳を輝かせている。
(((((王国の経済封鎖を無力化し、魔王国独自の通貨経済圏(交易ルート)を爆速で新設するだと……!? この男、一体どこまで先を見据えているんだ……絶句するほどの恐ろしい知略……!!)))))
ロッシュの何気ない提案に、組合長たちは感涙しながら再び床にひれ伏した。
「流石は影の軍師ロッシュ様……! 我らの浅知恵など遠く及ばぬ天与の英知! すぐさま新通貨の鋳造と交易の準備に取りかかりますぞ!!」
「いや、だから俺はただ思いつきを言っただけで――」
ロッシュの弁明は、熱狂するギルド幹部たちの興奮にかき消され、またしても彼の「天才軍師伝説」に新たな一ページが刻まれてしまうのだった――。
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