第8話 奪われた平穏(その1)
王国の中心に聳え立つ、重厚な石造りの本国司令部。
その最奥に位置する軍議室では、数日前に届いた一通の報告書を巡り、暗い怒りと疑念が渦巻いていた。
「……アルザード城の領主が、魔獣と『共存協定』を結んだ……だと?」
長い円卓の末席で、一人の男が底意地の悪い笑みを浮かべながら報告書を叩いた。
王国軍第6軍団長――バルトス。
油ぎった顔に歪んだ欲望を隠そうともしない彼は、自身の功績と利益のためなら手段を選ばないことで知られる、軍内でも屈指の性悪男であった。
「笑わせるな! 人間と魔物が生きていけるはずがなかろう! 奴らは我が王国の資源であり、狩られるべき畜生だ! それを和解だと……? 完全に正気を失っておる!」
「バルトス軍団長、落ち着かれよ」
上座に座る高官が重々しく口を開く。
「報告によれば、アルザード城に入っていたどこぞの『モブ冒険者』――ロッシュと名乗る男が仲介に入り、魔獣王とやらを懐柔したとのことだが……」
「ハッ! 冒険者だと!? どこぞの馬の骨か分からん下級冒険者に、魔獣王を動かせるはずがなかろう!」
バルトスはテーブルを激しく叩き、唾を撒き散らしながら立ち上がった。
「これは間違いなく、領主とやらが魔物側に裏で内通し、王国を欺くための芝居! その『ロッシュ』なる男も、魔物側の洗脳を受けたか、あるいは王国を切り売りしようとする売国奴の裏工作員に違いありません!」
軍議室に集まった将校たちの間に、不穏なざわめきが広がる。
元より、魔物との共存などという前例のない事態を認めれば、魔物を狩って利権を得ている本国の貴族や軍部の面々の立場が危うくなる。彼らにとって、アルザード城の「平和」は不都合極まりないものだったのだ。
「フン……共存などという生ぬるい妄言、我が第6軍団が叩き潰して見せましょう」
バルトスは口の端をニチャリと歪め、暗い欲望に瞳を光らせた。
「我が方に与えられた完全武装の兵、一千! アルザード城へ突入し、叛逆の疑いがある領主を即刻逮捕! 協力した町どもも逃さず引っ捕らえ、本国へ連行して見せしめに処刑してやりましょうや!」
「……よかろう。第6軍団長バルトスに命じる。アルザード城の即時制圧と、反逆者の捕縛を許可する」
「ははっ! お任せくだされ……!」
バルトスは深々と頭を下げながら、すでに頭の中で「接収したアルザード城からどれだけの財産と税を巻き上げられるか」を計算していた。
平和を取り戻したはずのアルザード城へ向かって、暗雲を纏った一千の軍隊が、静かに進軍を開始しようとしていた――。




