第7話 モブ冒険者、数年ぶりの魔王城で過ごす(前半)
目を覚ますと、カーテンの隙間から優しい木漏れ日が差し込むふかふかのベッドの上に寝かされていた。そして、目の前には満面の笑みを浮かべた天使が近寄ってきて――。
そんな素晴らしい夢を見て、ロッシュはゆっくりと瞼を開けた。
「……って、なんだ夢か」
だが、現実は違っていた。
部屋は薄暗く、外はどんよりとした不気味な雲に覆われている。見覚えのある、そして懐かしい――魔王城の一室だった。
どうやら、自分はキングサイズの豪華なベッドに寝かされていたらしい。
と、その時。
「起きたー♡ ダーリンっ♡」
激しい音を立てて部屋の扉が勢いよく開き、アストラゼノスがロッシュの寝ているベッドめがけて飛び込んできた。
バサリと広げられた大きな漆黒の翼が部屋の明かりを遮り、ただでさえ薄暗い室内にさらに暗闇が広がる。
「お、重いよ、ゼノス……!」
「ああ~ん、重く感じられるってことは、生きている証拠よ♡」
密着して離れない魔王に圧倒されながら、ロッシュはハッと大事なことを思い出した。
「そうだ! テンペスタは無事なのか……!?」
「ええ……ロッシュが命を削って助けてくれたおかげでね。本当に……ありがとう」
ふと、アストラゼノスが見せた真剣な眼差し。滅多に見せないその表情に、ロッシュはわずかに気恥ずかしさを覚えた。
「お、おお。でも、死にかけた俺を助けてくれたのはゼノスなんだよな。ありがとう、ゼノス」
「夫の危機ですもの! 絶対に死なせないわ♡」
「夫じゃないっての!」
ワイワイとやっているそこへ、今度は窓の方からパタパタと慌ただしい羽音が聞こえてきた。
「ロッちゃあ~ん!! ありがどゔ~、ありがどゔねぇぇ~(泣)! こんな駄鳥のためにぃ~っ!!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、テンペスタがすごい勢いで部屋に飛び込んでくる。
「……申し訳ありません、魔王様。止めようとしたのですが、勝手に飛んでいってしまって……」
扉の隙間から、死神ネクロアが静かに顔を覗かせた。
しかし、せっかくの甘い二人きりの時間を盛大に邪魔されたアストラゼノスは、額に青筋をピキピキと浮かべ、殺気を含んだ笑顔で振り返る。
「ほほほ、いいのよ、ネクロア。この鳥は昔から脳ミソが小さいままだから、加減というものが分からないのね」
「命の恩人~っっ、ズズズッ……!」
感動のあまり鼻水と涙を垂らしたテンペスタは、あろうことかロッシュの服の袖で豪快に鼻をかんだ。
「ちょっ! い、汚い! もういいから! 分かったから離れろ(汗)!」
「コ、コラ! テンペスタ! あっち行ってなさい!」
キレたアストラゼノスに引っ掴まれ、テンペスタはそのまま窓から放り出された。
遠くの空で「ありがとねーー!」と叫びながらバランスを取り直すテンペスタの声が、かろうじて聞こえてくる。
ドタバタが一段落したところで、ロッシュはしみじみと周囲を見回した。
「……それにしても、何年ぶりだろうな。ここに来るのは」
「……約7年ぶりですね」
いつの間にか部屋の隅に控えていたネクロアが、淡々と答える。
「ロッシュはしばらくの間、ここでしっかりリハビリしなさい」
「悪いな、世話になって」
「なに言ってんのよ。ここはほとんどロッシュの家みたいなものじゃない」
「それはさすがに言い過ぎだろ……」
呆れるロッシュに、ネクロアがぼそりと追撃を入れる。
「……ちなみに、ロッシュ様が昔ここで書いた恥ずかしい落書き等も、当時のまま綺麗に残っておりますよ」
「…………ごめん、今すぐその記憶を消してくれ」
懐かしさと恥ずかしさが入り交じる魔王城での生活が、こうして幕を開けたのだった――。




