第6話 魔翔王と勇者(ラスト)
暗い森の中に佇む、魔王と、魔王軍の幹部二人。
そして、その魔王に優しく抱きしめられている一人の冴えないモブ冒険者。
――そんな光景がこの世界のどこかで繰り広げられているなどと、人間も魔物も、世界中の誰もが予想すらできなかっただろう。
やがて、アストラゼノスから注がれた魔力によって、ロッシュの意識がゆっくりと浮上する。
「……ゼ、ゼノス……?」
「ああ、ロッシュ。私だ」
安心しきったように呟くロッシュの頭を、アストラゼノスは愛おしそうに撫でた。
「ありがとう、ロッシュ。よく頑張ったね。……お疲れ様。もう大丈夫だから、今はゆっくり休んで……」
その優しい声を聞き、ロッシュは再び深い安心感に包まれながら、アストラゼノスの腕の中でふっと息を抜いて眠りに落ちた。
彼女の身体から発せられていた淡い紫のオーラがスーッと消え去り、静まり返った夜の森に再び静寂が戻る。
「……魔王様……」
「うむ。大方の事情は、見れば分かる。……勇者だな?」
アストラゼノスの問いかけに、テンペスタはバツが悪そうに、しかしコクリと小さくうなずいた。
それは、世界が誕生して以来の魔王軍における一大危機だった。
今世紀の勇者は、歴代の誰よりも賢く、そして強い。しかも、いまだに成長の途上にあるという。その一方で、賢者の存在はいまだ確認されていないが、すでに魔獣王レガリアとの戦いで人間側の魔法使いが死亡しているという情報もあり、決して油断ならない状況が続いていた。
近年突如として現れた「厄介な勇者」の存在は、連日魔王軍の会議で議題に上がるほど切迫したものとなっていた。
では、何がこれまでの歴代勇者たちと違うのか。
歴代の勇者たちは一歩も引かず、王道をゆく正攻法で、戦死するまで真正面から戦い続けた。
しかし、今の勇者は違う。『打倒魔王軍』の旗頭の下であれば、プライドも正攻法もあっさり投げ捨てる。
今回のように、格上の魔翔王に対して呪いの傷を負わせて自身はさっさと転移で逃亡し、レガリアクラスに勝てないと踏めば、世間の目や羞恥心を捨てて途中で撤退する。
魔王軍からすれば、これほどやりづらく、厄介な相手はいなかった。
考えれば考えるほど頭が痛くなるのか、アストラゼノスは大きく天に向かってため息を吐き出す。
「……愚痴を言っていても仕方ない。とりあえず、ロッシュを我が城へ運ぼう」
「「はっ!」」
ネクロアとテンペスタが静かに頭を下げ、夜の闇へと溶けていくのだった――。
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