崩壊する公爵家と、身勝手な来訪者
私――エレナが「呪われた森」でレオン様や聖獣のシロと温かい日々を送っていた頃。
私をゴミのように捨てた公爵家は、自業自得の天罰によって崩壊の一途をたどっていた。
実は、公爵家の領地がこれまで「豊かな水の都」と呼ばれていたのは、地下室に閉じ込められていた私の『力』のおかげだったのだ。
私が閉じ込められていた地下室の奥には、領地全体へお水を送り出す大きな『地下水脈』が流れていた。
公爵家からもらえる濁った水があまりに汚くてお腹が痛くなるため、私は「綺麗な水になりますように」と祈りながら、地下室の冷たい壁や水たまりにそっと手を触れていた。
その無意識の浄化の光が、壁をつたって地下水脈へと流れ込み、知らず知らずのうちに領地全体の川や井戸を清らかな水で満たしていたのだ。
だが、私という「浄化の源」を追放したことで、地下水脈は一気に濁り、領地の水と土はあっという間に腐り始めた。
川からはドロドロとした黒い濁り水が溢れ、作物は病気にかかって全滅。
人々は病に苦しみ、領民からの怒りの声がお屋敷に殺到した。
『お前たちのせいで水が飲めない! 責任を取れ!』
お父様は青ざめた顔で妹のリリアに怒鳴り散らした。
『リリア! お前が「水が綺麗なのは自分の幸運の力だ」と言っていたのではないのか! 今すぐこの川を元に戻せ!』
『そんなの無理よ! 私にできるわけないじゃない!』
手柄だけを横取りしていた妹には、当然そんな能力などあるはずもない。
焦った妹は高価な魔法の薬を川に撒いたが、逆に薬が大爆発を起こして川はさらにドロドロに悪化してしまった。
さらに、婚約者だった王子様にも天罰が下った。
王子様は昔から酷い持病に悩まされていたが、私が地下室でつくらされていた「お茶の葉」に浄化の力を混ぜていたため、無自覚に痛みが抑えられていたのだ。
私がいなくなって数週間、激しい痛みが再発した王子様は、イライラから妹のリリアと大喧嘩を始め社交界で完全に失脚した。
領地の収入はゼロになり、領民への賠償金で公爵家は破産。
豪華なお屋敷もドレスも差し押さえられ、家族全員がボロボロの服を着て路頭に迷うことになったのだ。
「――全部、あの不気味なエレナのせいだ!」
追い詰められたお父様と妹、そして王子様は恐ろしい勘違いをした。
自分たちが苦しんでいるのは、追放されたエレナが森から『呪い』をかけているからだと。
「あの女を捕まえて、また地下室に閉じ込めておけば、水も元に戻るはずだ!」
身勝手な怒りに燃える三人は、ボロボロの姿のまま「呪われた森」へと押し寄せてきたのだった。
◇◇◇
その日の午後。
私は木こり小屋の前で、レオン様とシロと一緒に美味しいイチゴのタルトを食べていた。
「美味しいですね、レオン様。」
「ああ、エレナ様の手作りは世界一だ。」
レオン様が優しく目を細めた、そのときだった。
――ガサガサッ!
草むらを激しくかき分ける音がして、泥だらけでボロボロの服を着た三人組が飛び出してきた。
「見つけたぞ、エレナーーーッ!」
お父様が大声をあげて叫んだ。
髪はボサボサ、顔はやつれ、かつての威厳などどこにもない。後ろには、キーキーと金切り声をあげる妹と、痛みに耐えかねて青い顔をした王子様が立っていた。
「ひっ……!」
その顔を見た瞬間、私の中に眠っていた恐怖が一気に蘇った。
地下室の冷たい床、カビの生えたパン、響き渡る怒鳴り声。
体がガクガクと震え、手に持っていたフォークがポロリと地面に落ちた。
「エレナ! よくも我が家をこんな目に遭わせてくれたな!」
お父様は鬼のような形相で私を指さした。
「今すぐ屋敷に戻って地下室に入れ! そしてまた俺たちのために水を綺麗にし続けるんだ! 追放を取り消してやるのだから、感謝して跪け!」
妹のリリアも身勝手な叫び声をあげる。
「そうよ! お姉様のせいで私の可愛いドレスが全部なくなっちゃったじゃない! 早く元に戻しなさいよ!」
王子様も冷たい目で私を睨みつけた。
「僕の体の痛みも今すぐ治せ。僕の奴隷にしてやるから光栄に思え!」
あまりにも自分勝手で、酷い言葉の数々。
昔の私なら、怖くて「ごめんなさい」と泣き出し、言う通りにあの暗い地下室へ戻っていたかもしれない。
けれど――。
カチャンッ!
鋭い金属音が響き、私の目の前に大きな背中が躍り出た。
銀色の甲冑を輝かせたレオン様が、腰の剣に手をかけ、怒りで全身を震わせながら立ちはだかってくれたのだ。
さらに、背後からは「グォォォン!」と地響きのような咆哮が轟いた。
白く輝く聖獣シロが、大きな羽を広げて三人を鋭い眼光で威嚇する。
「お、おい……あれは伝説の聖獣……!? なぜあんな魔物がここに!?」
あまりの迫力に、お父様たちは腰を抜かしてひっくり返った。
「口を慎め、愚か者ども。」
レオン様の低く冷たい声が、森中に響き渡った。
「エレナ様は現在、我が国を滅亡の危機から救った『最高位の聖女』として、国王陛下から手厚く保護されている方だ。身勝手な理由で気安く触れていいお方ではない!」
「な、なんだと……!? 聖女……!? こいつが……!?」
お父様たちが呆然と目を見開く中、レオン様はそっと振り向き、私に向かって優しく手を差し伸べてくれた。
「大丈夫です、エレナ様。もうあなたを傷つける者は誰もいません。俺が……俺たちが、一生あなたをお守りします」
その温かい手と、まっすぐな瞳を見たとき。
私の中で固まっていた冷たい氷が、すうっと溶けていくのが分かった。
(私には……私を大切にしてくれる人が、こんなにいたんだ)
私はレオン様の手をしっかりと握り返し、ゆっくりと一歩、踏み出したのだった。




