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私を愛してくれる場所で

レオン様の背中に守られながら、私は泥の中に這いつくばる三人を見つめた。


ボロボロの服を着て、髪を振り乱し、「元に戻せ」「地下室に戻れ」とみっともなく喚き立てるお父様、妹のリリア、そして元婚約者の王子様。


かつての私にとって、彼らは絶対的な存在だった。

怒鳴られるたびに自分の存在を否定された気になり、恐怖でただ震えることしかできなかった。


でも、今の私の周りには、怒鳴り声なんて一つもない。


私を危険から守るように立ちはだかる、レオン様の温かく頼もしい背中。

「大丈夫だ」と励ますように、私の肩にそっと顎を乗せてくれる聖獣シロ。

そして、この森で出会った優しくて温かい生き物たち。


(ああ……そうか。私はもう、あの暗い地下室の怯える私じゃないんだ)


胸の奥にすっと芯が通るような感覚がした。

私はレオン様の手を一度キュッと握りしめてから、そっとその前に歩み出た。


「エレナ様!?」


驚くレオン様に「大丈夫です」と微笑み返し、私は地面に膝をつくお父様たちをまっすぐに見下ろした。


「お父様、リリア、王子様」


私の声は、自分でも驚くほど静かで、透き通っていた。


「私はもう、お屋敷には戻りません。あなたたちのためにあのお水を浄化することも二度とありません」


「な……なんだと!?」

お父様が血走った目で私を睨みつける。


「お前のような無能のゴミが、親に向かって何を言っている! 育ててやった恩を忘れたのか! 誰のおかげで生きてこられたと思っているんだ!」


『育ててやった恩』。

その言葉を聞いた瞬間、私の中で最後の一滴の未練が消え去った。


「私は、あのお屋敷で愛されたことなんて一度もありませんでした。暗くて冷たい地下室で、カビたパンを食べながら一人で震えていただけです。私を捨てたのはお父様たちです」


「くっ……! それは……!」


「私の力は、あなたたちの身勝手な欲望を満たすためのものではありません。私を大切にしてくれて、私を必要としてくれる……温かい人たちのために使う力です」


私は凛とした声で、はっきりと宣言した。


「私はもう、あなたたちの家族ではありません。さようなら」


「お、お姉様! 待ちなさいよ! 私のドレスは!? 私の贅沢な暮らしはどうなるのよ!?」

「エレナ! 僕の体の痛みを消せ! 命令だぞ!」


見苦しく叫びながらすがりつこうとする三人。

しかし、その前にギラリと光るレオン様の剣が突きつけられた。


「それ以上エレナ様に近づいてみろ。国を脅かした罪人として、騎士団の手で即座に投獄する」


「ひいっ……!?」


レオン様の凄まじい威圧感と、シロが放つ「グオォォン!」という地響きのような咆哮に、三人は悲鳴をあげて腰を抜かした。


そこへ、レオン様が呼んでいた騎士団の部下たちが次々と駆けつけてきた。


『公爵ならびに元王子! 領民を危険に晒し、国の保護対象である聖女様を脅迫した罪で拘束する!』


「放せ! 俺は公爵だぞ! エレナ、助けろーーーっ!」


無様な叫び声を上げながら、三人は騎士たちに連行されていった。

自業自得の結末を迎えた彼らが、二度と私のもとへ戻ってくることはないだろう。


森に、再び静寂が訪れた。


◇◇◇


風がそよぐ音と、パチパチと薪が燃える優しい音。


お父様たちが去ったあと、私たちはいつものように木こり小屋の庭で温かいお茶を飲んでいた。


「……すまなかった、エレナ様」


レオン様がポツリとつぶやいた。


「え? どうしてレオン様が謝るのですか?」


「もっと早く、あなたが地下室で苦しんでいる時に助け出せればよかった。あんな奴らの恐ろしい言葉を、あなたに聞かせてしまって……」


悔しそうに拳を握りしめるレオン様。

私は首をゆっくりと振って、レオン様のゴツゴツとした大きな手に自分の手を重ねた。


「違います、レオン様。私、今日はじめて自分の力で『いらない』と言えたんです。それは……レオン様が私に『ここにいていいんだよ』って、たくさんの優しさをくれたからです」


レオン様は目を見開き、それから耳まで真っ赤にしてうつむいた。


「……エレナ様」


「はい?」


「俺は……スープの感想として言っているんじゃない。あなたの作る料理も、あなたの使う魔法も大好きだが……俺が一番愛しているのは、あなた自身だ。」


レオン様は立ち上がり、私の前に優しくひざまずいた。

そして、私の手を両手で大切そうに包み込み、夕焼けのような赤い瞳でまっすぐに私を見つめた。


「公爵家からも、暗い過去からも、俺があなたを解き放つ。……俺の妻になってくれませんか? 一生、あなたを愛し、守り抜くと誓います。」


心臓が、トクンと大きく跳ねた。


お屋敷にいた頃は、誰も私を見てくれなかった。

でも、レオン様はいつだって私そのものを見て愛してくれていたのだ。


胸の奥がじんわりと熱くなり、ボロボロと温かい涙が溢れ出してきた。

でも、それは過去の悲しい涙じゃない。嬉しくて、幸せでたまらない涙だった。


「……はい! 私でよろしければ……喜んで!」


私が答えると、レオン様は感極まったように私を抱きしめ、シロも嬉しそうに「キュイーン!」と空へ高く飛び立った。


冷たくて暗かった私の世界は、もうどこにもない。

眩しい光と、大好きな人の温もりに包まれて――私は今、世界で一番の幸せをつかみ取ったのだ。


(おわり)

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