澄み渡る毒沼と、伝わらない想い
レオン様が毎日「巡回」と称して小屋へ通ってくれるようになってから、さらに数日が経った。
ある日の朝。
私は小さな木桶を抱えて、小屋の近くにある『毒の沼』へと向かった。
紫色のドロドロが泡を立てていて、ツーンと嫌なにおいがする沼。
でも、お掃除やお洗濯をするにはやっぱり水が必要だ。
「よし、今日もお掃除をがんばろう!」
私は沼のふちにしゃがみ込み、冷たい水にそっと両手を浸した。
(綺麗な水になって、みんなを助けてあげてね)
そう心の中で優しく祈った、次の瞬間――。
――――シュワぁぁぁぁ……!
私の両手から、眩しい金色の光が溢れ出した。
紫色のドロドロが一瞬で弾け飛び、濁っていた水が、まるでダイヤモンドのようにキラキラと輝き始める。
嫌なにおいは消え、甘く澄んだ清らかな水の香りが森中に広がった。
「わあ……! 透明でとっても綺麗な湧き水になったわ!」
水底には綺麗な魚が気持ちよさそうに泳ぎ、沼のまわりには色とりどりの可愛い野の花が一斉に咲き誇った。
(ちょっとお掃除したら、こんなに綺麗になるなんて。やっぱり森の水はすごいのね)
自分が世界を揺るがすような『神聖魔法』を使ったなんて、私はこれっぽっちも思っていなかった。
「キュゥゥン……」
ふと振り返ると、木の陰から大きな動物がこちらを覗いていた。
漆黒の毛並みに、体からは黒い煙のような嫌なオーラ。
足には痛そうな大怪我を負っている。
「まあ……怪我をしているの? 痛かったでしょう」
私は怖がることもなく歩み寄り、「痛いの痛いの、飛んでいけ」と頭を優しく撫でてあげた。
ふんわりと私の手から温かい光が包み込むと、黒い煙は一瞬で消え去り、漆黒だった毛並みが粉雪のように真っ白で美しい姿に変身した。背中からは大きな天使のような羽がパッと広がった。
「キュイーン!」
怪我が治った白い獣は、まるで甘えん坊の子犬のように私の頬をペロペロとなめ回してきた。
「ふふ、くすぐったい! あなた、とっても可愛いわね。『シロ』って呼んでもいいかしら?」
国の守護獣であるはずの伝説の聖獣『ペガサス』のシロは、すっかり私に懐き、お腹を見せてゴロゴロと喉を鳴らしたのだった。
◇◇◇
その日の夕方。
「エレナ様! 無事か!?」
銀色の鎧を鳴らして駆け込んできたレオン様は、目の前の光景を見て「えええええ!?」と大声をあげた。
宝石のように輝く水辺、咲き誇る幻の花々、そして伝説の聖獣シロの背中に乗って楽しそうに手を振る私の姿。
「あ、レオン様! 見てください、お掃除したらお水が綺麗になったのです! シロもお友達になりました!」
「お、お掃除……!? シロ……!?」
レオン様はガクガクと膝を震わせ、頭を抱えてその場にへたり込んでしまった。
それから、私の焼いたふかふかパンと温かいスープを一緒に食べたときのことだった。
レオン様は突然、木のお椀をそっと置き、私の目をじっと見つめて拳をぎゅっと握りしめた。
夕焼けのような赤い髪以上に、その顔は真っ赤に染まっている。
「……エレナ様。俺は……俺はな、巡回だからここに来ているわけではないんだ」
「えっ? そうなのですか?」
「そうだ! 俺は……あなたに会いたいから、毎日わざわざ仕事を速攻で終わらせて、ここに来ているんだ! あなたの笑顔が見たくて、あなたの役に立ちたくて……! 俺の心には、エレナ様しかいないんだ!」
レオン様の大きな体が、心臓の音に合わせてドキドキと揺れているのが分かった。
(まあ……!)
私はハッとして、胸の前で手をぽんと叩いた。
「気づかなくてごめんなさい、レオン様! そんなに……そんなに私の作るスープを気に入ってくださっていたのですね!」
「……は?」
レオン様が、間抜けな声をあげて固まった。
「毎日遠回りしてまで食べに来てくださるなんて……! 私のスープがそこまでお口に合うなんて、夢みたいです。明日からは大きなお鍋にいっぱいつくっておきますね!」
ニコニコと笑う私を見て、レオン様は「あぐっ……」と変な声を漏らし、そのままガクッとテーブルに突っ伏してしまった。
「ち、違う……スープも死ぬほど美味いが、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……っ」
「レオン様? どうしたのですか? お腹でも痛いのですか? 大変、浄化の魔法を……!」
「か、顔を近づけないでくれ! 俺の心臓が破裂してしまう……!」
真っ赤な顔のまま両手で顔を覆うレオン様を見て、私は首をかしげた。
(レオン様は、本当に優しくてお茶目な人だなあ。きっと、照れ屋さんなのね)
レオン様の甲冑が、情けない音を立ててカチャカチャと震えていたのだった。




