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雨の日の出会いと、真っ赤なイチゴ

木こり小屋での暮らしを始めて、一週間が経った頃。


「呪われた森」は、私にとってすっかり心地よい場所になっていた。

毎日、森のお掃除をして、木の実を集め、あたたかいスープを作って静かに暮らす。

誰にも怒鳴られず、冷たい床で震えることもない。


けれど、私の中にはずっと消えない『恐れ』があった。


(もし……お屋敷の人が私を見つけたら、またあの真っ暗な地下室に閉じ込められてしまうのかもしれない)


人が怖い。

大人の足音が聞こえると、今でも胸がキュッと苦しくなって体が震えてしまうのだ。


そんなある日の夕暮れどき。


ザッ、ザッ、と森の奥から重くて力強い足音が近づいてきた。


「ひっ……!」


私は手に持っていたスープのおたまを落としそうになり、慌てて小屋の影に身を隠した。

隙間からそっと外を覗き込む。


そこに立っていたのは、見たこともないほど背の高い青年だった。

銀色のピカピカした立派な鎧をまとい、夕焼けのように美しい赤い髪をなびかせている。

腰には大きな剣。


――騎士様だ。


(どうしよう……! 追放された私が勝手に森に住んでいるって怒られて、お仕置きされるのかもしれない……!)


私は怖くてたまらなくなり、その場にしゃがみ込んで頭を抱えた。

「叩かないで、痛くしないで」と心の中で祈りながら、ギュッと目を閉じる。


ドカドカと激しい足音が近づいてきて、私の目の前でピタリと止まった。


「――エレナ様!?」


低くて大きな声が頭の上から降ってきた。

体の芯までビクッと震える。


(ああ、やっぱり叱られる……!)


私はギュッと目をつむり、身を縮めた。

けれど――予想していた痛みや怒鳴り声は、いつまで経ってもやって来なかった。


カチャン、と重い鎧が鳴り、騎士様が地面に膝をつく気配がした。


「……よかった。無事だったのか……! 本当に、エレナ様なのか……!?」


頭の上に落ちてきたのは、震えるような『やさしさ』だった。


温かくて大きな手が、怯える私の頭をそっと撫でてくれた。

その手は少しだけ震えていて、まるで壊れやすい宝物に触れるかのように優しかった。


「……え?」


恐る恐る目を開けると、そこには赤い髪の騎士様が、涙で目を潤ませながら私を見つめていた。


「覚えているか? 昔、王宮の夜会でお前が迷子になって泣いていたとき、庭で一緒に星を見たレオンだ。……ずっと、ずっと探していたんだぞ。」


「レオン……様……?」


言われてみれば、遠い昔に一度だけ、私に優しく声をかけてくれた男の子がいたような気がした。


「公爵家でお前がひどい扱いを受けていると知って……助け出そうと駆けつけた時には、もう追放された後で……! 無事でいてくれて、本当によかった……!」


レオン様は悔しそうに歯を食いしばりながら、私の泥で汚れた手を両手で包み込んでくれた。


◇◇◇


【レオン視点】


俺は、自分の無力さに悔し涙を流していた。


ずっと、エレナ様をお救いしたかった。

華やかな王宮の夜会で、誰からも相手にされず一人で震えていた小さな少女。枯れた花を愛おしそうに撫で、笑顔を咲かせていたあのお方の美しさと優しさを、俺は一生忘れないと誓っていた。


強くなってエレナ様を守るために、必死で剣を振り、最年少で騎士団長に上り詰めた。

だが――公爵家に駆けつけた時には、もう遅かったのだ。


『あのゴミなら、凶暴な魔物が棲む森に捨ててやったわ!』


勝ち誇った顔で笑う妹の言葉を聞いた瞬間、俺は公爵家の胸ぐらを掴みそうになるのを必死で抑え、馬を走らせた。


「呪われた森」に異変が起き、澄んだ空気が漂い始めたという報告を聞き、藁にもすがる思いで飛び込んできたのだ。


そして――見つけた。


小さくてボロボロの木こり小屋の影で、頭を抱えてブルブルと震えているエレナ様を。


破れた薄いドレス一枚で、小さな体をさらに小さくして、俺の足音に怯えている。

どれほど恐ろしい目に遭ってきたのだろう。どれほど冷たい思いをしてきたのだろう。

胸が引きちぎられるほど切なくて、愛おしくて、俺は居ても立ってもいられず膝をついた。


(二度と……二度とあなたを離さない。俺の命に変えても、守ってみせる)


俺は震える手で、俺が来る途中に必死で摘んできた真っ赤なイチゴのカゴを差し出した。


「こ、これを食べてくれ! あなたに……食べてほしくて……!」


緊張で顔が熱く燃え上がるのが分かった。心臓がうるさいほどドクドクと跳ねている。


◇◇◇


【エレナ視点】


真っ赤な顔をして、一生懸命にイチゴのカゴを差し出してくれるレオン様。


お屋敷では、誰も私に優しくなんてしてくれなかった。

なのに、この騎士様は、どうしてこんなに愛おしそうな目で私を見てくれるのだろう。


(ああ、この方はなんて心が温かい騎士様なのかしら。身寄りのない私を哀れんで、気を使ってくださっているんだわ)


私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、微笑んでイチゴを受け取った。


「ありがとうございます、レオン様。とっても嬉しいです!」


私が笑うと、レオン様は一瞬目を見開き、それから「あぐっ」と胸を押さえて真っ赤な顔のまま突っ伏してしまった。


「レオン様!? 大丈夫ですか!?」


「だい、大丈夫だ……! ただ、胸が恐ろしいほど締め付けられただけで……っ」


こうして、私とレオン様の少しおかしなあたたかい日常が始まったのだった。


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