呪われた森と、最初の奇跡
冷たい雨が、容赦なく私の顔や体を打ちつけていた。
馬車から泥の中に放り出されて、どれくらいの時間が経ったのだろう。
泥まみれになった薄いドレスは水を吸って重くなり、裸足の足先は冷たさで感覚がなくなっていた。
「うっ……うう……」
痛む体を必死に起こし、あたりを見回す。
ここが、王国で誰もが恐れる「呪われた森」。
見上げるほど大きな木々は、どれも黒く腐り落ち不気味な形に曲がりくねっている。
空はどんよりと黒い雲におおわれ、おひさまの光はひとかけらも届かない。
お腹がぐう、と情けない音を立てて鳴った。
公爵家の地下室にいた頃から、何日もまともなご飯を食べていない。
息をするのも苦しいほど、体力が奪われていく。
(ここで……私は一人で死んでいくのかな……)
お父様や妹のリリア、王子様の冷たい顔が脳裏に浮かぶ。
誰も私を探しになんて来てくれない。悲しんでなんてくれない。
「いいんだ……。私がいなくなれば、お父様も怒らなくてすむものね……。」
ぽろぽろと零れ落ちる涙が、雨と一緒に頬を伝っていく。
私は膝を折り、冷たい泥の中に倒れ込みそうになった。
そのとき――すぐ目の前に一本の大きな枯れ木があることに気づいた。
幹の真ん中にぽっかりと大きな穴が開いていて、雨をしのげそうだった。
「ごめんね……少しだけ、雨宿りをさせてね。」
私は最後の力を振り絞ってその穴に這い入り、震える手で黒く腐った木の幹にそっと触れた。
その瞬間だった。
(……あたたかい?)
私のかじかんだ手から、ジュワッと眩しい黄金色の光があふれ出した。
光はすうっと黒い幹の中へ吸い込まれ、あっという間に木全体へと広がり空に向かって弾けた。
ボロボロと崩れかけていた幹がぐんぐんと持ち上がり、黒かった皮が艶やかな美しい茶色に変色していく。枝にはみずみずしい緑の葉が一斉に茂り、あっという間に雨を完全に遮る立派な屋根となった。
さらに驚いたのは、足元だった。
私の足元に生えていた黒いドロドロの野草が、ポコポコと赤くて大きなイチゴの実に変わり甘い香りを放ち始めたのだ。
「まあ……!」
私は目を丸くした。
イチゴを一つ摘んで口に入れると、甘くて温かい果汁がじゅわっと口いっぱいに広がり冷え切ったお腹と体がみるみる温かくなっていく。
「おいしい……! 温かい……!」
私は夢中でイチゴを頬張った。
体の痛みが引き、すりむいた膝の傷がきれいに消えていく。
これが自分の秘められた『神聖な浄化の力』だとはこれっぽっちも気づいていなかった。
(呪われた森って聞いていたけれど、こんなに優しいお花や美味しい果物があるのね……。森の神様が、かわいそうな私を助けてくれたんだわ)
私は緑の葉っぱの屋根の下で久しぶりにあたたかい気持ちで眠りについた。
翌朝、雨はすっかり上がっていた。
光が差し込む森の奥へ歩いていくと、古い木こり小屋を見つけた。
屋根には穴が開きホコリだらけだったけれど、私が雑巾でさっと拭くだけで古い木目がピカピカと光り出しふんわりと森の良い香りが満ちた。
「よし! ここを私のお家にしよう!」
誰にも怒鳴られない、誰にも傷つけられない、私だけの小さな居場所。
私は拾ってきた木の実や、湧き水を使ってあたたかいスープを作る準備を始めるのだった。




