表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第7章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/53

第7章 第4話:行動科学研究所のトップ


あらすじ:倫理委員会への申請が受理される一方、行動科学研究所のトップの特定が進む。その過程で、意外な人物の名前が浮かび上がる。同時に、山本健司教授が、智也の調査に気づき始めているという情報が届く。智也は、山本との直接接触のタイミングを、慎重に判断しながら、調査の次の段階へと進む。そして、この事件が、シャドウ・ネットワークの単なる残存活動ではなく、より広い目的を持った、新たな組織による、全く新しい試みである可能性が、浮かび上がってくる。


---


倫理委員会への申請書類を、正式に提出したのは、五月の第二週のことだった。


申請書類と共に、中島哲也教授の審査からの除外を求める、補足書類も、提出した。


倫理委員会の事務局からは、以下の返答が、翌日に届いた。


「提出いただいた申請書類を受理しました。内容を確認の上、正式な審査の手続きに入ります。中島哲也委員の除外については、委員長に確認の上、一週間以内に回答します」


その返答は、想像よりも、素直な対応だった。


「倫理委員会は、協力的ですね」


智也は、村上に、そう伝えた。


「中島教授以外の委員たちは、おそらく、この問題を、真剣に受け止めているのだと思います。学術機関での倫理違反は、その機関全体の信頼性に、影響しますから」


「一週間後の回答を待ちます」


その間、村上は、行動科学研究所のトップの特定を、続けていた。


そして、五月第二週の木曜日の夜、村上から、重要な報告が届いた。


「行動科学研究所の実質的な最高責任者が、特定されました」


「誰ですか」


「**北条慎之介**という、六十代の男性です」


「どのような人物ですか」


「表向きは、複数の投資ファンドの管理者です。ただし、その背後を調べると、複数の国際的なコネクションが見えてきます」


「シャドウ・ネットワークとの関係は?」


「直接的な関係は、確認されていません。ただし、北条は、かつてエリック・ノースのビジネスパートナーの一人だったという情報があります」


「つまり、エリックの組織が解体された後、北条が独自に活動を引き継いだということですか」


「その可能性があります。ただし、北条の方向性は、エリックとは、少し異なるように見えます」


「どのような違いですか」


「エリックは、商業的な利益のために、データを活用しようとしていた。一方、北条は、より長期的な視点を持っているようです。彼が行動科学研究所を通じて、収集しているデータは、即時の商業利用よりも、ある種の『人材育成』に使われている可能性があります」


「人材育成ですか」


「はい。具体的には、特定の思考パターンを持つ人材を、大学の段階で、意図的に育成するというものです。そのような人材が、将来、社会の各所に配置されることで、社会全体の意思決定を、特定の方向に誘導できるという、長期的な計画かもしれません」


その分析が、智也の脳内に、複数の推理を呼び起こした。


人材育成という言葉。


特定の思考パターン。


将来の社会への配置。


これは、かつてのゲームシステムとは、全く異なる次元の話だった。


ゲームシステムは、生徒を精神的に支配し、服従させることを目的としていた。


だが、北条の計画は、もし正しければ、特定の思考パターンを持つ人材を、自分の意思を持っていると信じながら、特定の方向に行動するように育成するものだ。


それは、支配よりも、はるかに巧妙で、はるかに長期的で、はるかに危険な試みだった。


「それが事実なら、山本健司は、その人材育成計画の、実行者ということになりますか」


「その可能性があります。山本が、意図的にそれに加担しているのか、それとも、利用されているのか、まだ、分かりません」


「わかりました。次の確認が、より重要になってきました」


翌日の昼休み、美優から、緊急の連絡があった。


「山本健司が、あなたの動きに気づいている可能性がある」


「どういう情報ですか」


「行動科学研究所の元研究員から、情報が入った。山本が、最近、研究所のトップの北条と、頻繁に連絡を取り合っているらしい。そして、その会話の中に、『学部内に、問題のある学生がいる』という言及があったらしい」


「問題のある学生、ですか」


「おそらく、あなたのことよ。あなたが、倫理委員会に申請を提出したことが、何らかの経路で、山本か北条に、伝わったのかもしれない」


「倫理委員会の内部に、情報を流している人物がいるということですか」


「その可能性がある。中島教授が、除外を求められながらも、まだ、委員会内に在籍しているとすれば、彼が情報を流している可能性がある」


その情報が、智也に、時間的な切迫感をもたらした。


山本と北条が、自分の動きを把握しているとすれば、証拠隠滅の危険がある。


「調査を加速させる必要があります」


「同意する。でも、どの方向を加速させる?」


「北条慎之介への直接接触です。山本への接触より、北条への接触を、先行させます」


「なぜ?」


「北条は、組織のトップです。彼が、山本を通じて何を目指しているのかを、より直接的に知ることができます。また、北条に圧力をかけることで、山本が、独自に行動しやすくなるかもしれません。北条という後ろ盾を失えば、山本が、自分の立場を守るために、情報提供する可能性があります」


美優は、その推理を聞いて、頷いた。


「なるほど。黒川の時と同じ戦略ね。北条という後ろ盾を切り、その後で、山本に接触する」


「はい。ただし、今回は、より法的な手続きを重視します。北条への接触は、私が直接行うのではなく、まず、木村刑事に、捜査の開始を依頼します」


「警察を先に動かすということ?」


「そうです。北条は、エリックのビジネスパートナーだったという情報があります。エリックの事件との関連性を根拠に、警察が捜査を開始できる可能性があります。そして、警察の捜査が始まれば、証拠隠滅も、困難になります」


「今回のあなたは、本当に慎重だね」


「大学という場所での調査です。大学の学問の自由を、適切に尊重しながら、不正を明かす。その両立が、今回の課題です」


木村刑事に連絡を取った。


「北条慎之介という人物について、エリック・ノース事件との関連性の観点から、捜査を開始していただけますか」


「北条については、既に、別の案件で、情報収集を行っていた。エリックとのビジネス関係については、私たちも、気にしていた。正式な捜査を開始する根拠が、十分かどうか、検討する」


「いつ頃、判断が出ますか」


「数日以内に。ただし、君も、独自の調査を、慎重に続けてくれ。警察の捜査と、君の推理が、両方から同時に迫ることで、より確実な結果につながる」


「わかりました」


その夜、智也は、大学図書館の席で、この事件の全体像を、改めて描き始めた。


**北条慎之介(中心)**

**行動科学研究所(データ収集・分析)**

**山本健司(大学での実行)**

**社会情報論ゼミ(人材育成の場)**

**学生たち(長期的な影響を受ける被害者)**


その構造の恐ろしさは、その長期性にあった。


かつてのゲームシステムは、即時の支配を目的としていた。


デイリーモーメントは、中期的なデータ収集を目的としていた。


だが、北条の計画は、もし正しければ、十年、二十年先の社会を、特定の方向に誘導することを目的としていた。


その時間軸の長さが、この計画を、最も発見しにくいものにしていた。


「時間軸の長さが、隠蔽の手段になっている」


智也は、ノートに書いた。


**「北条の計画の巧妙さ:時間軸が長いほど、因果関係が見えにくくなる。十年後の社会が、特定の方向に動いても、それがいつ植え付けられた思考によるものかは、誰も気づかない。その見えにくさが、この計画の最大の防衛機制だ。」**


**「だが、見えにくいものを、見えるようにすること。それが、推理者の役割だ。」**


その言葉が、第七章の核心を、明確に示していた。


翌朝、倫理委員会の事務局から、連絡が届いた。


「中島哲也委員の除外について、委員長が承認しました。中島委員は、今回の審査から、外れることになります。正式な審査は、来週から開始します」


その知らせが、智也に、小さな、しかし確かな前進を、もたらした。


制度が、動き始めた。


そして、北条への捜査も、動き始めようとしている。


山本との接触は、その後だ。


一歩一歩、丁寧に。


その姿勢が、この旅を通じて、智也が学んだ、最も重要なことだった。


---

第7章 第4話「行動科学研究所のトップ」完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ