表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第7章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/53

第7章 第3話:倫理委員会への申請


あらすじ:智也は、大学の倫理委員会への正式な調査依頼を、準備し始める。その過程で、倫理委員会の委員の一人が、行動科学研究所と関係している可能性が浮上する。同時に、社会情報論ゼミの学生の一人が、智也に自ら接触してきた。その学生は、ゼミでの体験に、違和感を感じているという。かつての田島由美を思わせるその状況が、智也に、この事件の被害者の顔を、改めて見せる。


---


倫理委員会への正式な調査依頼書の作成は、想像以上に、複雑な作業だった。


大学の倫理委員会は、研究の適正性を審査するための機関だ。


そこへの申請には、複数の証拠と、法的に適切な根拠が、必要とされる。


智也は、村上准教授の技術的な分析結果と、美優が取材で得た情報を、組み合わせて、申請書類を作成し始めた。


申請書類の構成は、以下の通りだ。


**第一部:問題の概要**

行動科学研究所が、大学の複数のゼミを通じて、学生のデータを、同意なしに第三者に転送している可能性。


**第二部:技術的な証拠**

村上准教授による、データ転送の痕跡の分析結果。


**第三部:法的な問題点**

個人情報保護法の観点からの、同意なし転送の問題。


**第四部:調査の要請内容**

大学として、行動科学研究所との共同研究の実態を、調査することの要請。


その書類の作成を、三日間で、ほぼ完成させた。


だが、その作業の過程で、一つの問題が浮上した。


倫理委員会の委員リストを確認していた村上が、以下の情報を伝えてきた。


「倫理委員会の委員の中に、**中島哲也教授**という人物がいます。彼は、行動科学研究所の顧問を務めているという情報があります」


「倫理委員会の委員が、調査対象の機関の顧問を務めている、ということですか」


「そう見えます。これは、利益相反に当たる可能性があります」


智也は、その情報の意味を、すぐに理解した。


もし、中島教授が倫理委員会での審査に関与した場合、その審査が、適切に行われない可能性がある。


「その場合、倫理委員会への申請は、有効ですか」


「申請自体は、有効です。ただし、中島教授を、審査から除外するよう、申し入れる必要があります。そして、もし、その申し入れが、受け入れられない場合は、外部機関への申告を、検討する必要があります」


その判断を、木村刑事に伝えた。


木村刑事は、以下のようにコメントした。


「利益相反の問題は、大学内で解決できない場合、文部科学省や、研究費を提供している機関への申告が、可能です。ただし、その前に、大学内での手続きを尽くすことが、適切です」


「わかりました。まず、倫理委員会への申請と、中島教授の除外申し入れを、同時に行います」


その日の午後、智也が、図書館で申請書類の最終確認をしていた時、後ろから声がかかった。


「千葉さんですよね」


振り返ると、見知らぬ女子学生が立っていた。


「はい」


「私、社会情報論ゼミに入っている、二年生の**長谷川詩織**といいます。少し、お話しできますか」


その名前と、ゼミ名を聞いた瞬間、智也は、内心、警戒した。


調査の対象であるゼミの学生が、自ら接触してきた。


これは偶然か、それとも、何かの意図があるのか。


「どのようなご用件ですか」


「実は、ゼミでの体験について、相談したいことがあって。千葉さんが、この問題に詳しいと聞いたので」


「誰から聞きましたか」


「一年生の中村彩香さんから。彼女が、千葉さんとよく話していると言っていたので」


中村彩香。入学初日に、話しかけてきた女子学生だ。


彼女は、悪意があるわけではなく、単純に、智也のことを、友人として話したのだろう。


「どのような体験ですか」


長谷川は、少し躊躇した後、語り始めた。


「ゼミに入ってから、二ヶ月ほどになります。最初は、先生の授業がすごく面白くて、どんどん学びたいという気持ちが強くなりました」


「ただし、最近、何か変化がありましたか」


「はい。気づいたら、ゼミのメンバーと話す時と、他の人と話す時で、自分の意見が、違ってきているような気がして」


「どのような違いですか」


「ゼミの中では、社会問題に対して、すごく批判的な見方をするようになった。でも、ゼミの外で、例えば家族と話す時は、そこまでではない。なんか、ゼミに入ると、特定のレンズをつけて見るような感じになって、出ると外れる。その落差が、最近、気になって」


その説明を聞いた智也は、深く考えた。


「そのレンズを通して見ると、世界はどのように見えますか」


「批判的に、全てが問題に見える。でも、それが本当に自分の考えなのか、それともゼミで刷り込まれたものなのか、分からなくなってきた」


「ゼミでの授業の形式は、どのようなものですか」


「ディスカッション中心です。先生が、特定のテーマを提示して、私たちが議論する。でも、振り返ると、議論の結論が、いつも、最初に先生が示した方向に、収束している気がして」


その説明が、智也の推理を、大きく前進させた。


ファシリテートされた議論によって、学生の思考を、特定の方向に誘導する。


それは、表面上は、自由な議論のように見えるが、実際には、緻密に設計された誘導だ。


「その体験を、正式な記録として残すことに、協力していただけますか」


長谷川は、驚いた様子だったが、頷いた。


「協力します。ただし、先生や他のゼミメンバーに知られたくない」


「その点は、最大限、配慮します」


その後、長谷川は、詳しい体験を、スマートフォンのメモとして、智也に送ることを、約束した。


彼女が図書館を去った後、智也は、その出来事の意味を、考えた。


かつての田島由美も、自ら情報を提供することで、第五章の解明に貢献した。


今回の長谷川詩織も、自ら接触してきた。


被害者が声を上げることで、推理が前に進む。


その構造が、第一章から、一貫して続いていた。


「人は、声を上げられる環境があれば、声を上げる」


智也は、その事実を、ノートに書いた。


だが、同時に、長谷川の接触に、一つの疑問も感じていた。


彼女は、本当に自発的に来たのか。


それとも、山本が、智也の調査に気づいており、逆に情報を収集するために、学生を使ったのか。


その可能性を、排除できなかった。


「慎重に」


智也は、自分自身に言い聞かせた。


相手を信じることと、相手を疑うことの、バランス。


それが、推理者として常に必要な、複雑な判断だった。


翌日、美優に、長谷川の件を伝えた。


「自発的な接触ですか。可能性は二つ。本当の被害者か、それとも、山本側の情報収集か」


「その通りです。どちらかを判断するには、長谷川の証言の内容が、実際の状況と一致しているかどうかを、確認する必要があります」


「どうやって確認する?」


「長谷川が言っていたゼミでの体験を、他のゼミメンバーの証言と、照合する。もし、複数の学生が、同様の体験を語れば、それは、本物の被害の証拠になります」


「他のゼミメンバーへの接触は、慎重に行う必要がありますね」


「はい。長谷川を通じて、信頼できる別のメンバーを、紹介してもらうのが、最も安全な方法です」


その方針を、長谷川に伝えた。


「信頼できるゼミのメンバーで、同じような体験をしている人を、紹介していただけますか」


「いると思います。実は、私と同じようなことを、感じていると話していた人が、一人います」


「その方と、話せますか」


「確認してみます」


翌週、長谷川は、もう一人の二年生を、連れてきた。


**松田啓介**という男子学生だった。


彼の証言は、長谷川の証言と、極めてよく一致していた。


「ゼミの外では、自分の意見を持っているはずなのに、ゼミに入ると、先生の示す方向に、議論が引っ張られていく感じがする」


その証言の一致が、長谷川の接触が、本物の被害者からのものだという確信を、智也にもたらした。


「ありがとうございます。大切な情報を、提供していただきました」


二人が去った後、智也は、図書館の奥の席で、この調査の全体像を、整理した。


行動科学研究所による不正なデータ収集。


山本健司によるゼミでの思考誘導の可能性。


倫理委員会への申請と、利益相反の問題。


そして、複数の学生による証言。


これらが、一つの構造として、見え始めていた。


ただし、この構造の全体を明かすには、まだ、いくつかの重要な確認が、必要だった。


一つは、山本が、自分の行為の問題性を、認識しているかどうか。


もう一つは、行動科学研究所のトップが、誰であり、シャドウ・ネットワークの残存組織との関係が、どの程度なのか。


その確認が、第七章の推理の、次の段階だった。


ノートに、智也は、以下を書いた。


**「長谷川と松田の証言により、ゼミでの思考誘導の可能性が、具体的な形を取り始めた。次の確認事項:山本の認識と、行動科学研究所のトップの特定。慎重に、しかし確実に、前進する。」**


窓の外では、新緑のキャンパスが、午後の光の中に輝いていた。


第七章の推理は、着実に、深まっていた。


---

第7章 第3話「倫理委員会への申請」完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ