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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第7章

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第7章 第5話:長期計画の全容


あらすじ:木村刑事による北条慎之介への捜査が開始され、行動科学研究所の全容が急速に明らかになり始める。同時に、美優の取材が、北条の長期計画の詳細を照らし出す。その計画の規模と精巧さは、これまでの事件の中で、最も大きなものだった。智也は、この計画の全容を理解するにつれ、推理者として、そして一人の大学生として、これまでとは異なる形の恐怖を感じ始める。なぜなら、この計画の影響は、すでに自分の周囲に、静かに及び始めているかもしれないからだ。


---


木村刑事による北条慎之介への捜査は、開始から一週間で、急速に進展した。


エリック・ノース事件との関連性が、複数の財務記録から、確認されたのだ。


「北条とエリックの間に、複数の金融取引が確認されました」


木村刑事は、智也に報告した。


「その取引の時期は、エリックの組織が解体される直前に、集中しています。おそらく、エリックが、逮捕を予測して、資産と組織の一部を、北条に移転したのだと考えられます」


「つまり、北条は、エリックの後継者として、意図的に選ばれたということですか」


「その可能性が高い。そして、北条は、エリックの手法を引き継ぎながら、より長期的な視点で、活動を展開しようとしているようです」


「行動科学研究所は、その活動の中心ですか」


「そうです。研究所の設立は、エリックの組織が解体されるよりも、三年前です。つまり、北条は、エリックの解体を予測して、先行して準備を進めていたと考えられます」


その事実が、智也に、この計画の周到さを、改めて認識させた。


三年以上前から、準備していた。


その計画性は、これまでの敵の中で、最も高いものだった。


「北条の長期計画の全容について、分かっていることを、教えていただけますか」


「現時点では、以下のことが判明しています」


木村刑事は、複数の書類を参照しながら、説明を始めた。


「北条の計画は、三段階で構成されています」


「第一段階は、大学でのデータ収集と人材育成です。複数の大学の複数のゼミを通じて、特定の思考パターンを持つ学生を育成し、そのデータを収集します」


「第二段階は、その学生たちの就職先のコントロールです。北条の組織は、複数の企業や機関との関係を持っており、育成した学生たちを、特定の組織に就職させることを、目指しています」


「第三段階は、十年後から二十年後の社会への影響です。特定の思考パターンを持つ人材が、社会の各所で意思決定を行うことで、社会全体が特定の方向に向かうように、誘導することを目指しています」


その三段階の計画を聞いた時、智也は、体の奥から、静かな恐怖が、湧き上がるのを感じた。


この計画は、かつてのゲームシステムや、デイリーモーメントとは、本質的に異なっていた。


ゲームシステムは、恐怖によって支配した。


デイリーモーメントは、感情操作によって依存させた。


だが、北条の計画は、学生自身に、特定の思考パターンを「自分のもの」として内面化させることを目指していた。


支配される側が、支配されていることに、気づかない。


それが、最も完成された支配の形だ。


「その計画の対象は、何人くらいの学生に及んでいますか」


「現時点で特定できているだけで、複数の大学の複数のゼミで、約三百人の学生が、対象になっている可能性があります。ただし、実際の数は、もっと多いかもしれません」


三百人。


その数字が、智也に、この問題の規模を、鮮明に示した。


その夜、美優に連絡を取った。


「北条の計画の全容が、見えてきました」


「私の取材でも、同様の情報が得られています」


「どのような情報ですか」


「北条が、複数の企業に対して、行動科学研究所の「研究成果」を、販売していたことが判明しました。その研究成果とは、具体的には、特定の思考パターンを持つ学生のリストです」


「企業が、そのリストを、採用活動に利用しているということですか」


「そう見えます。特定の思考パターンを持つ人材を、意図的に採用することで、企業の意思決定が、特定の方向に傾くようにする、という仕組みです」


「それは、企業も、この計画の被害者なのか、それとも、共犯者なのか」


「おそらく、両方が存在します。一部の企業は、意図を知っていながら、協力している。別の企業は、有能な人材を採用できるという触れ込みで、利用されているだけかもしれません」


その分析が、事件の複雑さを、さらに深めた。


翌日、図書館で、山本健司の授業の後、智也は、山本が一人で廊下を歩いているのを、見かけた。


接触するべきか、どうか。


智也は、一瞬、判断に迷った。


北条への捜査が開始されている今、山本に接触することは、山本を警戒させる危険がある。


だが、同時に、山本が、北条の計画の全容を知らないのであれば、彼に真実を伝えることで、山本自身が情報提供者に転じる可能性もある。


「山本先生」


智也は、声をかけた。


山本は、振り返り、智也を見た。


「あなたは、千葉君ですね。先日の倫理委員会への申請を、提出したのは、あなたですか」


その直接的な質問が、智也を驚かせた。


「はい、そうです」


「少し、話しませんか」


山本は、そう言いながら、近くの小さな会議室へと、智也を案内した。


二人が席につくと、山本は、以下のように言った。


「あなたの申請内容を、委員会の事務局を通じて、確認しました。そこに書かれていた内容の一部は、私が知らなかったことでした」


「どの部分ですか」


「録音データが、行動科学研究所のサーバーに、自動転送されていたという部分です。私は、その事実を、知りませんでした」


山本の表情は、深刻だった。


智也は、その表情を、注意深く観察した。


演技か、本物の驚きか。


「知らなかったとしたら、あなたは、誰に指示されて、共同研究を始めたのですか」


「北条という人物から、研究資金の提供を受けたのが、始まりです。彼は、私の研究を支援したいと言って、行動科学研究所との共同研究を、提案してきた。最初は、純粋な学術的な共同研究だと、思っていました」


「いつから、疑問を持ち始めましたか」


山本は、視線を落とした。


「半年ほど前から、研究所のデータの使われ方に、疑問を感じ始めました。ただし、具体的な問題を特定できず、また、証拠もなく、動けないでいました」


その言葉が、智也の推理に、新たな確信をもたらした。


山本は、悪意ある実行者ではなく、利用されながらも、疑問を持っていた人物だ。


河合信也の時と、似たパターンだ。


「山本先生、一つお願いがあります」


「何ですか」


「知っていることを、全て、倫理委員会と、必要であれば警察にも、伝えていただけますか。先生が知らなかったことも、知っていたことも、全て。それが、この問題の解決に、最も重要な一歩になります」


山本は、しばらく沈黙した後、以下のように言った。


「もし、私が協力することで、学生たちが受けた影響を、少しでも修復できるなら、話します。ただし、私自身の責任については、どう判断されても、受け入れます」


その言葉が、第七章の大きな転換点だった。


山本が、自発的に協力することを、選んだのだ。


「ありがとうございます。では、一つ確認させてください。北条は、この計画の最終的な目的を、あなたに話したことがありますか」


「一度だけ、聞かされたことがあります」


山本は、静かに答えた。


「彼は、こう言いました。『二十年後の日本を、私たちが設計する。そのために、今、種を植える』と」


その言葉が、会議室に、重く響いた。


二十年後の日本を設計する。


その言葉の重さを、智也は、全身で受け止めた。


「わかりました。ありがとうございます。正式な手続きについては、木村刑事と連絡を取り合いながら、進めていただけますか」


「はい」


会議室を出た後、智也は、廊下で、しばらく立ち止まった。


「二十年後の日本を設計する」


その言葉が、頭の中で、繰り返されていた。


その計画は、すでに、三年以上前から、進んでいた。


つまり、現在、その計画の影響を受けている学生たちが、二十年後には、社会の主要な位置に就いている。


そして、彼らは、自分が「設計された人間」だとは、気づかないまま、「自分の意思」で行動している。


その事実の恐ろしさが、智也の心に、重く響いた。


だが、同時に、その計画を明かすことができたという、確かな手応えも、感じていた。


見えないものを、見えるようにすること。


それが、推理者の使命だ。


その使命を、今回も、果たすことができた。


図書館に戻り、ノートを開いた。


**「北条慎之介の言葉:『二十年後の日本を、私たちが設計する』。この言葉が、第七章の中心にある。だが、設計された社会に対する最大の防衛は、その設計の存在を知ることだ。知ることで、人は、自分の思考を、改めて問い直すことができる。そして、その問い直しが、設計の意図を、無効化する。」**


**「推理者の役割は、見えない設計を、可視化すること。その可視化が、人間の自由を、守る。」**


その言葉が、第七章の核心を、完全に示していた。


---

第7章 第5話「長期計画の全容」完


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