第6章 第1話:エリック・ノースを追う
あらすじ:橘哲也の証言により、シャドウ・ネットワーク残存組織の指導者・エリック・ノースの全容が、急速に明らかになり始める。複数の国での捜査が本格化し、インターポールが動き出す。一方、智也は、来年には高校を卒業するという現実に直面する。委員長としての国際的な活動と、一人の高校生としての日常のはざまで、智也は、自分の将来について、初めて真剣に考え始める。そんな中、エリックから、直接のメッセージが届く。
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橘哲也の正式な証言が、警察に提出されてから、一週間が経過した。
その証言の内容は、インターポールを通じて、複数の国の捜査機関に、共有された。
そして、その共有から、わずか三日後、複数の国で、同時に、捜査が進展した。
**スウェーデン当局が、エリック・ノースの居住地への、家宅捜索を実施した。**
**イギリスの金融規制機関が、エリックが関与している複数のファンドの、資産凍結を決定した。**
**アメリカのFBIが、エリックの組織のサーバーへの、強制的なアクセス命令を、裁判所に申請した。**
それらの動きが、複数のメディアで、報道された。
**「シャドウ・ネットワーク後継組織の摘発:複数の国が同時に動く」**
**「エリック・ノースとは何者か:国際的なデータ商人の実態」**
**「デジタル民主主義の危機:選挙介入の全容が明かされ始める」**
その報道を、学園の図書館で確認しながら、智也は、複雑な感情を抱いていた。
事件は、確実に、前に進んでいる。
自分たちの調査と推理が、国際的な捜査の進展に、つながっている。
だが、同時に、智也の心には、別のことが引っかかっていた。
来年の春、高校を卒業する。
その事実が、急に、現実感を持って、迫ってきたのだ。
これまでの二年間、自分は、一人の高校生として、複数の事件と向き合ってきた。
だが、高校を卒業した後、自分はどうなるのか。
大学に進学するのか。
委員会の活動を、どのような形で、継続するのか。
美優とは、どのような形で、関係を続けるのか。
それらの問いが、頭の中を、ぐるぐると回っていた。
「智也、どうしたの?」
美優が、図書館に入ってきた。
「少し、考えていました」
「何を?」
「来年、卒業することを」
美優は、智也の隣に座った。
「あっという間だったね。あなたと、あの駅前の転落事件から、こんなに大きな旅に、なるとは、思っていなかった」
「美優さんは、卒業後は、どうするのですか」
「私は、すでに、複数のメディアから、正式なジャーナリストとしてのオファーをもらっている。その中から、一番、報道の自由を保証してくれるところを選ぶつもり」
「それは、よかったです」
「智也は?」
「まだ、決めていません。大学への進学は、考えています。ただ、委員会の活動は、卒業後も、続けたい。その両立が、可能かどうか、わからないでいます」
「委員会は、国際的な活動だから、大学に通いながらでも、できると思うけど」
「そうかもしれません。ただ、正直に言えば、普通の大学生として、普通の生活を送ってみたい、という気持ちも、あります」
美優は、その言葉を聞いて、少し驚いた様子だった。
「普通の生活、か。あなたらしくないね」
「そうですか?」
「あなたって、いつも、事件のことを考えていて、それが一番自然な状態のように見えるから」
「でも、ずっと、推理をし続けることが、自分の望む生き方かどうか、最近、考えることがあります」
美優は、しばらく沈黙した後、以下のように言った。
「推理をすることと、普通の生活を送ることは、対立しないと思う。推理は、あなたの一部だけど、あなた全体ではない。学校に通い、友人と話し、美味しいものを食べることも、あなたの生活の一部であっていい」
その言葉が、智也に、新たな視点をもたらした。
推理者であることと、普通の人間であることは、両立できる。
その確認が、智也に、少しの安堵をもたらした。
「ありがとうございます」
「で、実際のところ、大学はどこを考えている?」
「法学部か、情報工学部か、で迷っています。委員会の活動に、どちらがより役立つかという観点で」
「法学部なら、国際法の専門知識が得られる。情報工学部なら、村上先生のような技術的な分析ができるようになる。どちらも、必要な知識よ」
「両方、必要なんですよね」
「じゃあ、両方の入り口になるような学部を選べばいい。例えば、法情報学とか、社会情報学とか」
「そういう選択肢も、ありますね」
そんな会話をしていた時、智也のスマートフォンが振動した。
知らない番号からのメールだった。
開いてみると、以下のような内容が書かれていた。
**「千葉智也さんへ。私はエリック・ノースです。あなたのことは、以前から、知っていました。アレクサンダーの元で学んでいた頃から、彼があなたについて、話していたことを、覚えています。直接話し合いたいことがあります。私の提案を、聞いてください。」**
智也は、そのメールを、美優に見せた。
美優の表情が、緊張した。
「エリックから、直接、連絡が来た」
「はい。しかも、アレクサンダーから、私のことを聞いていたと言っています」
「どういう意味だと思う?」
「アレクサンダーが、ジュネーブでの対話の後、私についての情報を、エリックに伝えていたのかもしれません」
「アレクサンダーが、あなたを、エリックへの警告として伝えたのか、あるいは、別の目的があったのか」
「その意図は、まだ、分かりません。ただし、エリックが直接接触してきたという事実は、重要です」
智也は、すぐに、進藤刑事に連絡した。
「エリック・ノースから、直接、連絡が来ました」
「本当か。内容は?」
「話し合いたいとのことです。彼の提案を聞いてほしいと」
進藤刑事は、しばらく沈黙した後、以下のように言った。
「橘と同じパターンかもしれない。組織が崩壊しつつある状況で、何らかの取引を持ちかけてきた可能性がある」
「取引とは、何ですか」
「分からない。だが、エリックが直接接触してきたということは、彼が、相当、追い詰められているということかもしれない。複数の国での捜査が本格化している中で、自分の立場を守るために、何かを提案してきたのかもしれない」
「応じるべきですか」
「慎重に、だが、応じることを、勧める。ただし、今回は、直接の対面ではなく、まず、文書での交換から始めることを、提案する」
「わかりました」
智也は、エリックへの返信を、慎重に考えた。
橘との接触と同じように、直接会うことには、リスクがある。
だが、エリックが何を提案しようとしているのかを、知ることは、重要だ。
智也は、以下のように返信した。
「エリック・ノースさんへ。連絡をいただき、ありがとうございます。提案の内容を、まず、文書で共有していただけますか。内容を確認した上で、次のステップを検討します。千葉智也」
返信は、翌日の朝に届いた。
「了解しました。私の提案は、以下の通りです。私は、現在の組織の活動を、全面的に停止することを、受け入れます。見返りとして、私が知っている、全ての情報を、あなたと捜査機関に、提供します。ただし、条件があります。私の身の安全の保証と、自発的な情報提供として扱われることです。これは、降伏の申し出です。」
その内容を見た時、智也は、深く考えた。
降伏の申し出。
それは、橘の場合と同じように、追い詰められた人間が、最後に選ぶ行動だ。
だが、エリックは、橘よりも、はるかに大きな組織を動かしていた人物だ。
彼の「全ての情報」が何を指すのか。
そして、彼の降伏が、本物かどうか。
その判断が、第六章の行方を、大きく左右することになるのだ。
「どう思いますか」
智也は、美優に聞いた。
「本物なら、この事件の最終的な解決に、大きく近づく」
「偽物なら、時間を稼ぐための罠かもしれません」
「どちらだと思う?」
智也は、これまでの旅で出会った、複数の人物を、思い出した。
黒川。河合。橘。
全員が、追い詰められた時、真実を語ることを選んだ。
それが、人間というものの、根本的な性質なのかもしれない。
「本物だと思います」
智也は、静かに、しかし、確信を持って答えた。
「なぜ?」
「組織が崩壊しつつある状況で、降伏以外の選択肢が、彼には残っていないからです。そして、アレクサンダーのことを持ち出したのは、私への信頼の表明だと思います。アレクサンダーが私を評価していたという事実を、エリックが知っているということは、彼が、私の推理の性質を、ある程度、理解しているということです」
「つまり、智也の推理者としての性質を、エリックは尊重していると」
「そう考えられます。彼は、騙せるような相手だとは、考えていないはずです」
美優は、その推理を聞いて、静かに頷いた。
「わかった。では、その方向で、進める」
その夜、智也は、推理ノートに、以下を書き加えた。
**「エリック・ノースとの接触が始まった。彼の降伏の申し出が、本物であれば、第六章は、この事件全体の最終的な解決に向かう。そして、私の高校生としての最後の旅が、最も大きな舞台で、幕を閉じようとしている。」**
その言葉が、第六章の始まりを、静かに告げていた。
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第6章 第1話「エリック・ノースを追う」完




