第19章 第2話:人生の終わりの問い
あらすじ:九月の後半から十月。老年医学の岡田洋子教授との連携が始まる。岡田教授は、認知症ケアにおける問いの重要性を、長年研究してきた人物だった。吉川亜希との対話が深まる中で、シルバーケアナビの設計に潜む問題の構造が、少しずつ見えてきた。そして、岡田教授が語った一つの事実が、智也に、この問いの最も深い側面を照らした。認知症の進行において、問いを持つ能力は、記憶より長く保たれることがある。記憶が失われても、今ここにある何かへの引っかかりは、残り続けることがある。だとすれば、その引っかかりを奪うことは、その人に残された最後の在り方を傷つけることになる。問いの生態系を守ることの意義が、人生の終わりという場所で、最も鮮明に見えた。
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九月の第三週。
秋が深まっていた。
空が高く、澄んでいた。
智也は、その空を眺めながら、岡田洋子教授との最初の対話に向けて、心を整えていた。
村上准教授を通じて紹介を受けてから一週間が経っていた。
岡田教授は、東京大学老年医学分野で三十年以上、認知症ケアの研究を続けてきた人物だった。
事前に届いた自己紹介のメールには、こんな言葉があった。
「認知症の研究を続けてきて、最も大切だと感じることは、その人が今ここにあるということへの、細やかな注意です。記憶が失われても、その人はそこにいる。その人が感じている何かに、丁寧に向き合うことが、ケアの本質だと思っています」
その言葉が、智也に、この対話への深い期待を与えた。
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午後二時、岡田教授の研究室でオンラインの対話が始まった。
七十代と思われる女性が、画面に現れた。
白髪を短く整え、穏やかだが、鋭い目をしていた。
「千葉さん、村上先生から概要は聞いています。吉川さんという介護職員の方からの観察が出発点だということですね」
「そうです。まず、吉川さんからの手紙の内容を、詳しくお話しします」
智也は、手紙の内容と、吉川さんとのその後のやり取りを、丁寧に説明した。
岡田教授は、静かに聞いていた。
時折、メモを取っていた。
説明が終わると、岡田教授は、少し間を置いてから口を開いた。
「吉川さんの観察は、認知症ケアの現場で、私も長年感じてきたことと、深く重なります」
「どのような点が重なりますか」
「認知症の方々に関わる時、私が最も大切にしてきたことは、その方の今ここにある引っかかりに、丁寧に向き合うことです。記憶が失われていても、今この瞬間に何かが気になるという感覚は、残っていることがある。その引っかかりが、その人の生の証拠だと思っています」
「記憶より、引っかかりの方が長く残ることがあるのですか」
「そうです。これは、認知神経科学の観点から説明できます。記憶を司る海馬が損傷を受けても、感情や感覚に関連する脳の領域は、より長く機能を保つことがある。引っかかりとは、感覚や感情から来る注意の向きです。だから、記憶が失われても、今ここにある何かへの引っかかりは、残り続けることがある」
「その事実が、吉川さんの観察とどう関係しますか」
「シルバーケアナビのようなシステムが、何でも教えてくれることで、引っかかりを持つ前に答えが来るとすれば、それは、認知症の方々に残された最後の生きる力の一つを、奪うことになりかねない」
その言葉が、会議室に、静かに落ちた。
智也は、その重さを、しばらく受け止めた。
「残された最後の生きる力」
「そうです。医療的な意味での回復が難しい段階にあっても、今ここへの引っかかりを持ち続けることは、その人がその人であり続けることの、最も根本的な証かもしれない。それを守ることが、尊厳のあるケアの核心だと、私は思っています」
「その視点から、シルバーケアナビのような設計の問題を見ると、どう見えますか」
「私が問題だと感じる部分は、答えの即時性ではなく、もっと根本的なことかもしれません」
「どういう意味ですか」
「シルバーケアナビの目的の一つは、認知機能の維持です。そのために、脳トレのゲームや、情報の提供が行われます。しかし、認知機能の維持という目標の設定自体が、問いを持つことの意義を矮小化している可能性があります」
「矮小化するとは、どういうことですか」
「認知機能を維持するための手段として、ゲームや情報提供を行う。その枠組みでは、入居者の方々は、ゲームをうまくクリアできるか、情報を正しく理解できるか、という観点で評価されがちです。しかし、なんで秋になると葉っぱは赤くなるの?という問いを持つことは、認知機能の指標では測れません。その問いは、その人の世界への向き合い方の表れです」
「認知機能の維持という枠組みが、問いを持つことの価値を捉えきれない」
「そうです。吉川さんが感じていた豊かさ、入居者の方々との問いを通じた繋がりは、認知機能の指標には入らない。でも、それが、その方々の生の本質的な部分を支えていた可能性があります」
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対話が一時間を超えた頃、岡田教授が、一つの事例を話してくれた。
「一人の患者さんのことを、少し話させてください。許可を得た上で、匿名でお話しします」
「ぜひ、お願いします」
「八十七歳の女性の方でした。アルツハイマー型認知症の中程度の段階にいらっしゃいました。短期記憶はほとんど失われていて、数分前のことも覚えていないことが多かった。家族の名前も、時に分からなくなっていました」
「その方の引っかかりは、どのように残っていましたか」
「その方は、庭に面した部屋にいらっしゃいました。毎朝、窓から庭を見る習慣がありました。ある朝、私が訪問した時、その方が窓の外を指さして、何かおっしゃっていました。近づいて聞くと、あの花、昨日は咲いていなかったのに、今日は咲いている。なんでこんなに急に咲くの?と言っていました」
「記憶が失われていても、今ここの変化への引っかかりがあった」
「そうです。昨日を覚えていない。でも、今日見ている花に、引っかかっている。その引っかかりが、その方がそこにいることの証でした。私がそのことを大切に受け取ると、その方は嬉しそうにしました。引っかかりを受け取ってもらえた体験が、その方に安心をもたらした」
「その体験が、ケアの豊かさだったのですね」
「そうです。その後、その方は亡くなりましたが、最後まで、今ここへの引っかかりを持ち続けていました。その引っかかりが、その方がその方であり続けた証だったと、今も思っています」
智也は、その話を聞いて、しばらく動けなかった。
記憶が失われても、引っかかりは残る。
その引っかかりを受け取ってもらえることが、安心をもたらす。
それが、人生の最後期においても、問いの生態系が持つ意義だった。
「岡田先生、一つだけ聞かせてください。シルバーケアナビのような設計が、この種の引っかかりを奪う可能性があるとすれば、介護の現場はどう変わるべきですか」
「設計の問題は、技術者と一緒に考える必要があります。しかし、ケアの側から言えば、一つのことが確かです。テクノロジーが何かを提供する前に、その人の今ここへの引っかかりを受け取る時間を、守ること。その時間は、テクノロジーでは代替できない。人が、人の引っかかりを受け取ること。それが、介護の本質の一部だと思います」
「吉川さんが感じていた豊かさが、その本質だったということですね」
「そうです。吉川さんは、正しいことを感じていた。その豊かさを守ることが、今の介護施設に必要なことだと思います」
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対話が終わった後、智也は、すぐに吉川亜希への報告を書いた。
「吉川様、老年医学の岡田教授との対話が実現しました。あなたの観察は、的外れどころか、認知症ケアの核心を突いていました。引っかかりを受け取ることが、ケアの本質の一部だという確認ができました。詳しく話を聞かせてください。近いうちに、直接お会いしたいと思っています」
返信は翌日来た。
「ありがとうございます。直接お会いできることを、楽しみにしています。施設の方でも、この話を共有できればと思っています」
「施設の責任者の方も、この対話に参加できますか」
「確認してみます。施設長は、入居者の方々のことを深く考えている方です。この問いに、関心を持ってくれると思います」
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その週の金曜日、村上准教授に、岡田教授との対話の内容を報告した。
「記憶より引っかかりの方が長く残ることがある、という岡田教授の言葉が、この問いの最も深い核心だと感じました」
「認知神経科学の観点からは、その通りです。海馬の損傷が進んでも、感情に関連する扁桃体や、感覚に関連する皮質の機能は、より長く保たれることがある。引っかかりという感覚は、感情と感覚の組み合わせから来ているので、記憶より持続しやすい理由がある」
「その事実が、介護の現場に広まっていますか」
「十分には広まっていません。認知症ケアの現場では、記憶の喪失という側面が強調されることが多い。しかし、残っているものに目を向けることの重要性が、最近の研究では示されつつあります。岡田教授は、その分野の先駆者の一人です」
「岡田教授との連携を、正式な共同研究として進められますか」
「岡田教授に相談してみます。認知症と問いの生態系という組み合わせは、これまでにない研究の視点です。倫理的な配慮が非常に重要になりますが、それを慎重に設計した上であれば、意義のある研究になると思います」
「長谷川さんの研究との繋がりもあります。認知的な勇気は、認知症の方々にも育てることができるか、という問いが出てくるかもしれない」
「その問いは、非常に重要です。認知的な勇気という概念が、高齢者ケアに持つ意義を探ることが、この連携の核心になるかもしれません」
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十月の第一週。
秋が深まっていた。
智也は、この旅で出会ってきた問いたちを、一枚の地図として描きながら、第十九章の位置を確認しようとしていた。
第一章。一人の高校生の死。問いの始まり。
第七章から。デジタル認知操作の問題。
第十一章から。問いの生態系が損なわれる問題。
第十五章から。小学生の「なんで?」が失われる問題。
第十八章。医療、福祉、司法の現場での問い。
そして第十九章。人生の終わりに近い場所での問い。
問いの地図は、また広がっていた。
しかし、その広がりの中に、一本の線が走っていることを、智也は確認していた。
人間が問いを持つことは、年齢を問わない本質的な在り方だ。
その在り方を守ることが、この旅の核心だった。
「問いは、人間の一生を貫いている」
智也は、その言葉をノートに書いた。
そして、もう一行書いた。
「だから、問いを守ることは、人間の一生を守ることだ」
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その夜、美優に電話した。
「岡田教授との対話の内容を話します。記憶より引っかかりの方が長く残ることがあるという話が、最も深かった」
美優は、全て聞いた後、静かに言った。
「それは、この旅で確認してきた最も根本的なことを、人生の終わりという場所から照らしています」
「どういう意味ですか」
「問いを持つことは、生きていることの最も根本的な証かもしれない。記憶が失われても、引っかかりが残る。その引っかかりが残っている限り、その人はそこにいる。だから、引っかかりを守ることは、その人の存在を守ることだ」
「問いが、存在の証だということですね」
「そうです。第十七章で、問いが存在の根拠だという確信が生まれました。今回の発見で、その確信が、人生の最後期においても真実だということが確認された」
「問いが存在の根拠だということが、年齢を問わず、人間の一生を通じて真実だ」
「そうです。それが、この章の核心になる」
「七冊目に書きますか」
「もちろん書きます。しかし、七冊目の前に、まずこの問いを丁寧に追うことが先です。急がない。でも、諦めない」
「それが、この旅のやり方ですね」
「そうです。これからも、そのやり方で続けましょう」
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その夜、智也は、ノートを開いた。
秋の夜の空気が、窓から入ってきた。
どこかで、虫の声がしていた。
夏の虫と、秋の虫が、混じって鳴いていた。
季節の境目の音だった。
**「十月の始まり。第十九章の問いが、輪郭を持ち始めた。」**
**「岡田教授との対話から。記憶より引っかかりの方が長く残ることがある。引っかかりが、その人がそこにいることの証だ。その引っかかりを守ることが、尊厳のあるケアの核心だ。」**
**「吉川さんの観察が、認知症ケアの専門家によって裏付けられた。何でも教えてくれるから、気になることがなくなってきた気がするという九十二歳のおばあさんの言葉が、介護の現場の深刻な問いを指していた。」**
**「問いは、人間の一生を貫いている。小学一年生から、人生の最後期まで。問いが存在の根拠だという確信が、年齢を問わず真実だということが、今日確認された。」**
**「田中陸斗さん。あなたの問いが、今日、九十二歳のおばあさんの言葉と繋がりました。問いは、年齢を超える。その連鎖の形が、また一つ見えました。」**
ノートを閉じた。
秋の夜が、静かに続いていた。
虫の声が、少しずつ変わっていった。
季節が、移ろっていく。
しかし、問いは変わらない。
人間が生きている間、問いは続く。
そして、問いが続く間、旅は続く。
推理者の旅は、今日も続いていた。
一歩一歩、丁寧に。
信頼できる仲間と共に。
そして、次の問いへと向かって。
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第19章 第2話「人生の終わりの問い」完




