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Ep.2 後悔の静寂は、騙した方が正義なの


 家に帰って、課題をやって、夕飯の支度をして、風呂に入って、飯を食って、少しだけゲームをしたら、歯を磨いて、床に就く。何ひとつ変わり映えのしない毎日。

 世の中のほとんどが現状維持に満足する。たとえ不満があったとしても、何かしら誰かしらの働きかけがない限りそれがひとりでに好転することはない。だとするならば、今日は一体どんな力がはたらいたというのだろうか。

 瞼を閉じて寝に入ってしまえば、スマホの目覚ましのアラームを待つしかなかった日常が、この夜は違っていた。最初に感じたのは、まるで金縛りに合っているような体の硬直。すぐ後に眠りにつくのとはまるっきり違った感覚で、意識があらぬ方向へと飛ばされた。

「なんだ、ここ」

 俺はキョロキョロとまわりを見渡す。

 萌葱や麹塵のような色をした枝葉が揺れ動く木々が、幾重にも重なって俺の左右に森をなす。ところどころの枕木が朽ちていて、大地に溶け込みつつある線路が、足元から果てが見えないほど伸びている。

「 おいで、ここまで 」

 聞き馴染みのない声。きっと、これは夢だ。そう気がついても醒めない夢。一歩、また一歩と、無意識に足が出る。まるで自我を捨ててしまった廃人のように、自然と景色が背後に流れていく。

 そうして進んでいると、目の前に人影が現れた。その人影の背丈が低いことに気づいた時、そいつとの距離はないものになっていた。やがて雲の切れ間から、蒼白な月光がその顔を照らし、俺の目に映ったその面は知っている自分。

「小さい頃の……俺?」

 何年も前の自分だろうか、ちょっとだけ昔の自分にも見える。あぁ、頭ボーッとしてる。でも、それでも。冴えない思考だけどこれだけは捉えていた。

 無垢な瞳だけが、いやに意識から離れない。未来できっと、何事もうまくいくと信じてやまない薄氷の、その向こうに吸い込まれて思い出す。確かに俺は前途に胸を膨らませる少年だった。

 対して今の俺はどうだ? 自分のこと、自分の将来のことに希望を持たず、あまつさえ自分を嫌い、自分のことはどうでもいいとまで考えていないか。そのくせ自分が一番だと謳って、周り以上に自分を騙して戻れなくなってはいないか。

「クッソ、たれ……」

 教えてくれよ。わざわざ目の前にまで現れてくれたのなら、助けてくれよ。

 無茶苦茶言ってるのは分かってるけど、目の前の小さな体に、そう望まずにはいられなかった。




 目が覚めて、最初に覚えたのは不快感。シャツが胸に張り付いて気持ち悪い。寝ている間に見た夢を、鮮明に覚えている。時計を見ると、いつもの起床時間より一時間は早い。かと言って二度寝する気分にもなれなかった。

 脳裏にこびりついていたあの怪奇体験のせいだ。仕方なく俺はいつもより一時間早く家を出た。教室について何をしようかと悩んでいた時だった。昨日、委員長に丸投げした垂れ幕が目に入った。

 畳んである垂れ幕を開いてみると、その二割弱くらいに色が塗られていた。すぐ近くには、それを塗る用だろうか、マジックペンが並べて置いてあった。おもむろに、そのうちの一本を手に取って、白い布の上に乗り上げた。


 別に、ただ気が向いただけ。他意はない。委員長にしつこく言われないためにやるだけだ。手を左右に動かしながら思考する。

 将来に夢見て過ごすのと、未来をあきらめて生きるのだと、どちらがいいのだろうか。どっちにも一長一短の特徴がある、と言ってしまえば簡単だ。もしも前者の方を優とするなら、今の俺は拙劣だな。昔に戻らなければならない。あるいは過去に騙されたフリでもしてしまおうか。


 考えは堂々巡りを繰り返し、数十分と経たないうちに俺は答えを見失ってしまった。何が悪くて何が良いのか、もうその判断がつかなくなってしまった。

 ふと今の俺自身に目を向けてみた。俺はこの俺を、洋々としていると思えるか? 俺は俺のことを、好きでいれているか? いやいや、俺はなんとなく行動しているだけ。深い意味はないのだ。時間があるから、暇つぶしにやっているだけだ。

「おはようございます」

 静かな声で空間に挨拶しながら、教室に入ってきたのは委員長。きっと俺が先に登校しているとは、微塵も思っていないだろう。

「あー、おはようっス、委員長」

 音のない教室から返事があったようなもの。委員長はビクッと体を震わせて驚くと、声のした方向、俺の方を向いて言った。

「・・・・・・なんで、いるの? もしかして垂れ幕やるために早起きしてくれたの?」

 弁解する間もなく期待の眼差しを向けられてしまう。これはまずいと慌てて言葉を遮った。

「別に、たまたま早くに目が覚めただけだ」

「ふぅん」

 それでも委員長はどこか嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。果たして俺の言ったことは伝わっただろうか。その後、委員長はカバンを机に下ろすと、俺が作業をしている隣までやってきて、ペンを手に取った。

「ありがと」

 やっぱり照れ隠しかと思われたみたいだ。釈明するべきだろうか。まぁ、自分が一番カワイイってのだけは取り消してみてもいいのかもしれないな。

「あーっ、ここ色はみ出てる。ここも、そっちも! 体育祭で展示する飾りなんだよぉ、ちゃんと丁寧に塗ってよ!」

「あん? 固いことゆーなよ、ウザめんどくせぇ。どうせ後で縁取りするんだろ? そしたら一緒だろ」

 前言撤回、やっぱ自分が傷つかないことが最重要だ。他人が思うどうとかよしなにしてもらって構わない。後悔の静寂は、騙した方が正義なんだ。

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