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希少属性(レアアトリビュート) ~特異属性で最強か最弱か分からない私と、正体を隠す彼の、嘘から始まる魔法恋愛譚~  作者: 鍼野ひびき


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第二十四話「もう一人の仲間」


 魔法基礎実技の授業中、教室の窓から見える中庭で、ひなたが土魔法の訓練をしていた。


「せーのっ」


 彼女の掛け声とともに、地面がボコッと盛り上がる。以前は膝丈くらいだった土の塊が、今では彼女の腰の高さまで、しかも厚みのある壁のような形になって立ち上がっていた。


「わあ、ひなたすごい!」


 クラスメイトたちから歓声が上がる。ひなたは照れくさそうに笑いながら、額の汗を拭った。


「最近ちょっとコツが掴めてきた気がするんだよね。地面から、こう……壁を『育てる』みたいなイメージでやると、うまくいくの」


 隣で見ていた先生も、感心したように頷いている。


「桜井さん、成長が著しいですね。この調子なら、来月の実技試験も期待できそうです」


 私は自分の席から、その光景をぼんやり眺めていた。ふと視線を隣にずらすと、燈火くんが眼鏡の奥から、じっとひなたの土の壁を見つめているのに気づいた。いつもの、ただの陰キャの顔じゃない。何かを分析するような、真剣な横顔。


「……どうかした?」


 小声で聞くと、燈火くんは我に返ったように瞬きをした。


「いや。……あの魔力量は、ちょっと見過ごせないな、と思って」


「見過ごせない?」


「ああ。普通の生徒にしては、あまりにも伸び方が急すぎる。おそらく、彼女自身にも自覚のない、相当な素質があるはずだ」


 その一言の意味を、この時の私はまだ、きちんと理解していなかった。


 授業が終わり、休み時間になると、ひなたが息を切らせながら教室に戻ってきた。


「見た見た? さっきの、私の魔法!」


「うん、すごかったよ。前よりずっと大きくなってる」


「でしょ! なんか最近、コツを掴んできた気がするんだよね」


 嬉しそうに笑うひなたを見ながら、私はふと、燈火くんの横顔を思い出していた。この子には、私たちがまだ気づいていない何かがあるのかもしれない――そんな予感が、胸の奥にひっそりと残った。


            *


 放課後、教室を出ようとしたところで、ひなたに呼び止められた。


「ねえ、美月」


「なに?」


「最近さ、美月と燈火くん、放課後よく一緒にいなくなるよね」


 どきりとした。この前の「羨ましいなー」という冷やかしとは、少し違う声色だった。


「図書委員の仕事、そんなに毎日あるものなの?」


「え、えっと……」


 言葉に詰まる私を見て、ひなたはふっと表情を和らげた。冗談めかしていた口調が、すっと真面目なものに変わる。


「怒ってるわけじゃないよ。ただ……なんていうか、二人だけの秘密があるんだろうなって、前から薄々気づいてた」


「ひなた……」


「私、詮索するつもりはないの。でも」


 ひなたは、まっすぐに私の目を見て言った。


「もし可能なら――私も、その秘密に加えてほしいな」


 その言葉には、いつもの明るさの中に、確かな真剣さが滲んでいた。


 私はすぐには答えられなかった。ひなたを信頼していないわけじゃない。むしろ、大切な親友だからこそ、簡単に頷いていいことなのか判断がつかなかった。


 SAMAのことも、燈火くんの正体も、私一人の判断で明かしていいことじゃない。柳瀬さんや藤崎さんに相談しなきゃいけないことも、頭の中でぐるぐると渦を巻いた。


「……ごめん、ひなた。ちょっとだけ、考えさせて」


「うん。急がなくていいよ」


 ひなたは、それ以上何も聞かずに、いつも通りの笑顔で手を振って帰っていった。その気遣いが、かえって私の胸を締め付けた。


 残された私は、しばらくその場から動けなかった。


 教室の窓の外、夕焼けに染まりはじめた空を眺めながら、私はひなたの顔を思い浮かべる。いつも明るくて、裏表がなくて、誰よりも私を応援してくれる親友。そんな彼女に、これ以上隠し事を続けるのは、正しいことなんだろうか。


            *


 その日の放課後、SAMAで藤崎さんに事情を打ち明けた。


「――というわけで、ひなたが、私と燈火くんの秘密に気づいてて。仲間に入れてほしいって、言われました」


 更衣室で訓練着に着替えたあと、応接室で藤崎さんに相談すると、彼女は驚いた様子も見せず、むしろ興味深そうに目を細めた。


「あら。……桜井さんね。土属性の子でしょう」


「知ってるんですか?」


「もちろん。学校側から定期的に、生徒の魔力データはこちらにも共有されているの。桜井さんの成長速度、実はこちらでも注目していたのよ」


 初耳だった。ひなたのことが、もうSAMA側の視界に入っていたなんて。


「彼女、隠し事が苦手なタイプ?」


「いえ、そんなことは……素直で、明るくて、誰にでも優しい子です。私にとっても、大切な友達で」


「そう」


 藤崎さんは、優しい目でこちらを見た。


「あなたが大切に思っている相手だからこそ、簡単に頷けなかったのね。……その慎重さは、悪いことじゃないわ」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


「なら、大丈夫かもしれないわね」


 藤崎さんは少し考えるように顎に手を当てたあと、にこりと笑った。


「一度、ここへ連れていらっしゃい」


「え……いいんですか?」


「もちろん、正式に受け入れるかどうかは、柳瀬さんとも相談して決めることになるけれど。まずは、会ってみないことには始まらないでしょう?」


 その言葉に、胸のつかえが少し軽くなった気がした。


            *


 数日後の放課後、私は燈火くんと二人で、思い切ってひなたに声をかけた。


「ひなた。……今日、私たちと一緒に来てくれる?」


「え?」


「話したいことがあるの。ちゃんと」


 ひなたは一瞬きょとんとしたあと、すぐに何かを察したように表情を引き締めた。


「……うん。行く」


 三人で、街の裏通りを歩く。見慣れたはずの道のはずなのに、ひなたと一緒に歩くのは初めてで、なんだか不思議な感覚だった。


「なんか、緊張するね……」


 ひなたが、いつもより硬い声でそう呟いた。


「大丈夫。ひなたが思ってるより、ずっと普通の場所だよ」


 私がそう言うと、ひなたは小さく笑った。


「美月がそう言うなら、安心かな」


 燈火くんは、いつも通り無口なまま、少し先を歩いている。その背中を見ながら、私はふと、初めてこの道を歩いた日のことを思い出していた。あの時の私も、きっと今のひなたと同じくらい、緊張していたはずだ。


 やがて、あの漆黒の建物の前に着く。


「え……ここ?」


 ひなたが、建物を見上げて目を丸くした。


「こんな建物、今まで気づかなかった……」


 認識阻害の魔法。今、ひなたにもこの建物が「見える」ようになったということは――もう、後戻りはできないということだ。


「大丈夫。中で、ちゃんと説明するから」


 燈火くんが、静かにそう言って扉を開けた。


            *


 中に入ると、柳瀬さんと藤崎さんが、すでに待っていた。


「ようこそ、桜井ひなたさん」


 柳瀬さんが、穏やかな声でひなたに挨拶した。


「私は、この特異属性管理機構――SAMAの統括を務めております、柳瀬と申します」


「と……特異属性管理機構……?」


 ひなたはすっかり圧倒された様子で、目を白黒させている。無理もない。私も最初、同じ顔をしていたはずだ。


「簡単に申し上げますと、私たちは魔法使いの訓練と、魔獣への対処を担う機関です。美月さんも、燈火くんも、こちらで訓練を受けています」


「魔獣……対処……」


「ええ。街中に、稀に魔獣が現れることがあります。ここで訓練を受けた者たちが、その対応にあたっているのです」


 柳瀬さんは、ひなたの目をまっすぐ見つめながら続けた。


「この場所や活動内容は、一般には知られていません。もし今日ここで見聞きしたことを、他の方に話さないでいただけるなら、大変ありがたいのですが」


「は、はい。もちろんです……!」


 ひなたは、こくこくと何度も頷いた。


「詳しい説明は追々するとして」


 藤崎さんが、明るい声で割って入った。


「まずは、あなたの魔法を見せてもらいたいの。美月さんと一緒に、更衣室で着替えてきてもらえる?」


「え、あ、はい……!」


 戸惑いながらも頷くひなたと一緒に、私は更衣室へ向かった。


            *


 更衣室に入ると、私はいつも通り、セーラー服のリボンを解いてブラウスを脱ぎ、ブラジャーとショーツ姿になってから、ロッカーの濃紺の訓練着に袖を通していく。


 ひなたは、少し緊張した面持ちで、それを見よう見まねで真似た。セーラー服を脱ぎ、ブラジャーとショーツ姿になって、ロッカーの中を覗き込む。


「あ……これ、私の……?」


 彼女のロッカーに用意されていたのは、落ち着いたテラコッタ色のボディスーツに、深緑色のラインが入った、彼女のためだけの訓練着だった。


「うん、ひなたの色だよ。土属性の子には、土の色に合わせて作るんだって、前に藤崎さんが言ってた」


「わあ……」


 ひなたは、感激したように訓練着を撫でながら、袖を通していった。


「なんか……すごく、本物って感じがする」


 鏡に映る、訓練着姿のひなたは、いつもの明るいクラスメイトの顔から、少しだけ違う表情になっていた。初めて訓練着を纏った日の、あの緊張と高揚を、私も覚えている。


「似合ってるよ、ひなた」


「ほんと? ……ちょっと、緊張する」


 ひなたは鏡の前でくるりと一回転して、自分の姿を確かめた。


「私、こんな本格的な服、着たことないよ。なんだか、本物の魔法使いになったみたい」


「ひなたはもう、立派な魔法使いだよ」


 私がそう言うと、ひなたは照れくさそうに頬を緩めた。


 二人で顔を見合わせて、少しだけ笑い合った。


            *


 廊下に出ると、訓練着姿の燈火くんが待っていた。三人で訓練室へ向かう。


 中では、白の訓練着に身を包んだ柳瀬さんと、紫色の訓練着姿の藤崎さんが待っていた。


「では、桜井さん」


 柳瀬さんが、静かにひなたへ向き直った。


「あなたの、全力の土魔法を見せていただけますか」


「わ、私の……全力、ですか?」


「学校では、遠慮していたでしょう。ここでは、思う存分やってみてください」


 ひなたは緊張した面持ちで頷くと、大きく深呼吸をした。


「……いきます!」


 両手を地面に向けて構え、ぐっと力を込める。彼女の額に、みるみる汗が浮かんでいくのがわかった。


 ズズズ、ズズズズッ――!!


 地鳴りのような音とともに、訓練室の床が盛り上がっていく。体育館ほど広いはずの訓練室の中央に、見る見るうちに巨大な土の壁がそびえ立っていった。学校で見せていたものとは、比べ物にならない規模。


 私の背丈をゆうに超え、天井近くまで届きそうなほどの高さと、分厚い質量を持った、まさに「壁」だった。土の表面には、まるで年輪のような細かい層が幾重にも重なっていて、その一つ一つが、ひなたが積み重ねてきた練習の証のように見えた。


「はあっ、はあっ……」


 息を切らしながらも、ひなたは最後まで魔法を維持しきった。両腕が小刻みに震えているのが、離れた場所からでもわかる。


 訓練室に、しばしの静寂が落ちる。


「……これは」


 最初に口を開いたのは、柳瀬さんだった。


「見事です。これほどの質量を、これほど短時間で発現させるとは」


 藤崎さんも、壁を見上げながら感嘆の声を漏らした。


「まだ荒削りだけど……素材は、間違いなく一流ね」


「魔力量そのものは、かなり大きい」


 燈火くんが、専門的な視点から冷静に付け加えた。


「発現速度をもっと上げられれば、対魔獣戦の防御役として、十分な戦力になり得る。壁を作って、仲間を守る盾になれるはずだ」


「発現速度……ですか?」


「ああ。今は、これだけの壁を作るのに数秒かかっていた。実戦では、そのわずかな数秒が命取りになることもある。逆に言えば、そこさえ鍛えれば、お前の魔法は誰よりも頼れる盾になる」


 燈火くんの言葉には、いつもの淡々とした口調の中に、確かな期待が滲んでいた。


 その言葉に、ひなたの目が輝いた。


「私が……守る側に、なれるんですか?」


「ああ」


 燈火くんは、はっきりと頷いた。


「今はまだ粗いが、鍛えれば、きっと」


「そんな……嬉しい……!」


 ひなたは目を潤ませながら、汗だくの顔で笑った。


            *


 柳瀬さんが、改めてひなたに向き直った。


「桜井さん。もし、正式にSAMAへ所属することを希望されるなら、保護者の方の同意が必要になります」


「保護者の……」


「ご両親と一緒に、後日また改めて、こちらへお越しいただけますか。今回のような魔法の実演や、活動内容についても、丁寧にご説明させていただきます」


「はい……! お父さんに、ちゃんと話してみます」


 ひなたは、大きく頷いた。少し不安そうな顔もしていたけれど、それ以上に、決意のようなものが滲んでいるのがわかった。


「ちなみに」


 藤崎さんが、悪戯っぽく付け加えた。


「美月さんのお父様も、最初はとても驚いていたけれど、今ではすっかり理解してくださっているわ。桜井さんのご両親も、きっと大丈夫」


「そう……なんですか?」


「ええ。心配しなくて大丈夫よ」


 その言葉に、ひなたの表情が少し和らいだ。


 その日はそこで話がまとまり、私たちはSAMAを後にした。


            *


 夕暮れの帰り道、三人で並んで歩く。ひなたは、まだ興奮が冷めやらない様子で、何度も同じ話を繰り返していた。


「あんな壁、自分で作れるなんて思わなかった……! それに、対魔獣戦の役に立てるかもしれないなんて」


「よかったね、ひなた」


 私がそう言うと、ひなたは足を止めて、こちらを振り返った。


「ねえ、美月。燈火くん」


 その声には、これまでとは違う、しっかりとした決意が滲んでいた。


「私、決めた。……私も、二人の仲間になりたい」


 まっすぐな目で、そう告げるひなた。


 その言葉を聞いた瞬間、私の胸の中で、いろんな感情が一度に溢れ出した。


 嬉しさ。心強さ。そして――ほんの少しの、寂しさに似た感覚。


 二人だけだった秘密が、今、確かに広がろうとしている。


「うん」


 私は、笑顔で頷いた。


「一緒に、頑張ろう」


「私からも、よろしく」


 燈火くんも、珍しく柔らかい表情でそう言った。


「よ、よろしくお願いします……!」


 ひなたは、深々と頭を下げたあと、照れくさそうに笑った。その笑顔を見ていたら、私の胸の中に残っていた小さな寂しさも、いつのまにか溶けてなくなっていた。


 二人だけの秘密が、三人の秘密になる。少しだけ怖くて、でも――それ以上に、心強かった。


 オレンジ色に染まる帰り道を、私たちは三人で並んで歩いた。ひなたは相変わらず、興奮した様子で土の壁のことを話し続けている。燈火くんは、いつものように静かに相槌を打ちながら、時々思い出したように鋭い指摘を挟む。そのやり取りを聞いているだけで、なんだか自然と笑みがこぼれた。


 この先、どんな毎日が待っているのか、まだわからない。ひなたが正式にSAMAへ加わったら、訓練の内容も、放課後の過ごし方も、きっと今までとは違うものになっていくはずだ。


 それでも、隣にひなたがいてくれるなら、きっと大丈夫。


 そんな予感を抱きながら、私は新しい一歩を踏み出したのだった。


お読みくださり有難うございます!!

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