第二十一話「天昇旋風」
魔獣討伐の翌日。
学校に着くと、ひなたが駆け寄ってきた。
「美月!おはよう!」
明るい声。
「おはよう、ひなたちゃん」
笑顔で返した。
「ねえねえ、そのシュシュ、すっごく可愛い!」
ひなたが、私のポニーテールを結っているシュシュを指差した。
「新しいの買ったの?」
「あ、うん……」
昨日、ショッピングモールで買ったもの。
燈火くんが、口の端を上げて笑ってくれたもの。
「すっごく似合ってる!どこで買ったの?」
「えっと……ショッピングモールで……」
燈火くんと一緒だったことは、隠した。
でも、褒められたことは嬉しかった。
チラッと、隣の席に視線を送った。
燈火くんが、机に突っ伏している。
寝ているフリ。
でも――。
口角が、上がっていた。
微笑んでいる。
私を見て、笑っている。
胸が、温かくなった。
午後。
魔法基礎実技の授業。
実技室に、クラス全員が集まった。
周囲の同級生たちも、少しずつ魔法の制御が上達してきていた。
「ほら、美月!見てみて!!」
ひなたが楽しそうに声をかけてきた。
土魔法を発現させている。
足元から盛り上がってきた土が、徐々に高さと厚みを増していく。
ひなたは、発現させた土の土台の上に乗った。
高度を上げていく。
私と燈火くんは、下から見上げる格好になった。
「あっ……」
燈火くんが、小さく呟いた。
私も、その意味が分かった。
ひなたのスカートの中。
お洒落のために短めにしているスカート。
その中に、白のショーツが見えていた。
「だめっ!!」
私は慌てて両掌を伸ばし、隣の燈火くんの目を覆った。
小さく叫びながら。
燈火くんの顔が、みるみる赤らんでいく。
「ばかばかっ!燈火くんのバカッ!!」
胸を、ポカポカと叩いた。
抗議する。
状況を飲み込めないまま、ひなたは土の土台の上から、私たちのやり取りを楽しそうに見下ろしていた。
「何やってんの、二人とも?」
「な、何でもない!」
私は慌てて答えた。
続いて、私が風魔法を発現させる番になった。
意識を集中させ、魔力を高めていく。
訓練用に置かれている等身大の人形に、風魔法を纏わせていく。
そして、ゆっくりと両手を広げた。
空気を掬い上げるように、両掌で持ち上げていく。
すると――。
地面に設置されていた人形が、ゆっくりと、ゆっくりと地面から離れた。
空中へと、持ち上がっていく。
「おぉっ!!」
周囲の同級生から、どよめきが起こった。
私は集中を切らさずに、人形を風魔法で持ち上げた。
土の土台の上に立つひなたの隣に、下ろした。
パチパチパチ。
拍手が起こった。
私の風魔法の制御に対する、称賛。
「よく練習してますね、白鳥さん」
先生が褒めてくれた。
嬉しかった。
本当は、もっとすごい魔法が使える。
でも、それは秘密。
続けて、燈火くんも水魔法を発現していった。
これまでは、指先から水滴や、糸のように細い水を出していた。
でも、今回は――。
ほんの少し、口角を上げている。
何かをやる。
私は直感した。
次の瞬間。
燈火くんが、ひなたの発現した土の土台に向けて指鉄砲の先を向けた。
その指先から、水が糸のように、しかしものすごい勢いで発射された。
ピシュッ!
音と共に、土の土台に放たれる高圧水銃の水の弾丸。
その威力を視認できたのは、私だけ。
「おおっ!黒沢の水鉄砲、カッコイイ!」
周囲から、称賛の声が上がった。
威力を視認できなかった様子。
燈火くんは、陰キャらしく薄く笑いながら頭を掻いている。
私は、土の土台を凝視した。
そこには――。
針の穴くらいの、小さな穴が開いていた。
貫通させないように、完全に制御した水魔法。
驚嘆した。
すごい。
燈火くんは、本当にすごい。
やがて、ひなたが土の土台を消しながら降りてきた。
「美月、風魔法、上達してるじゃん!!」
嬉しそうに、私の肩をポンポンと叩いた。
「ありがと。私だって、練習頑張ってるんだよ」
嬉しくて、はにかんだ。
燈火くんが、そんな私たちを見つめながら微笑んでいた。
放課後。
私と燈火くんは、SAMAに向かって歩いていた。
「燈火くん、今日の水鉄砲、すごかったね!」
楽しそうに言った。
「まあな」
燈火くんが、クールに口角だけを上げて笑った。
SAMAの更衣室。
セーラー服を脱ぎ、ブラウスとスカートも脱いで、下着姿になる。
ロッカーから自分の訓練着を取り出して、着ていく。
「今日は、どんな訓練になるんだろう?」
独り言ちながら、ワクワクしていた。
燈火くんと共に、訓練室に入った。
訓練着に身を包んだ柳瀬さんが、待っていてくれた。
「こんにちは!よろしくお願いします!!」
元気よく頭を下げて、挨拶をした。
「昨日は、魔獣の討伐、ご苦労様でした」
柳瀬さんが、柔らかな笑みを浮かべた。
「事後処理はしておきましたので、ご心配なく」
「ありがとうございます」
安心した。
訓練室には、魔獣を模した模型が置かれていた。
大きくて、重そう。
「美月さん、今日は風魔法を制御して、この模型を動かしてみましょう」
柳瀬さんが言った。
「はい!今日、学校でもやってきました!」
胸を張った。
「ほぉ。それじゃあ、早速やってみましょう」
柳瀬さんが、楽し気に目を細めた。
私は、魔獣の模型に向けて魔力を集めていった。
徐々に、地面に立ち上がってくる風。
集中を高めながら、両腕を広げる。
空気を掬い上げるように、両掌を上に向けて持ち上げていく。
風が勢いを増し、唸りを上げ始めた。
でも――。
魔獣の模型は、まだ持ち上がらない。
重い。
人形とは、全然違う。
「美月、出力を48パーセントまで上げろ」
隣で見守っていた燈火くんが、指示を出した。
私は、魔獣の模型を凝視したまま、無言で頷いた。
ますます、唸りを上げる風。
集中も、高まっていく。
地面に接している魔獣模型の四本の脚が、地面から僅かに浮かび始めた。
額に、汗が浮かぶ。
魔力を制御し続ける。
でも、まだ――。
魔獣模型が、浮かび上がらない。
燈火くんが、柳瀬さんに視線を送った。
柳瀬さんが、僅かに頷いた。
「美月、出力を64パーセントまで上げてみろ」
燈火くんが、指示を出した。
私の背後に、《水鏡の盾》を発現させて展開していく。
念のために。
私は頷いた。
目を細めて、さらに集中を高めていく。
ポニーテールが、浮かび上がり始めた。
口を引き結び、魔獣模型に集中する。
額から流れた汗が、顎を伝って流れ落ちていく。
魔獣模型の周囲に、視認できるほど収束し始める風の渦。
燈火くんも柳瀬さんも、髪の毛が風で逆立ち始めた。
もっと。
もっと――。
「うりゃぁぁぁっ!!」
気迫の掛け声を上げて、両腕を天井へ向けて持ち上げた。
すると――。
僅かに浮くだけだった魔獣模型が、グルグルと回転しながら天井へ向けて持ち上がっていった。
その回転は速度を増し、まるでF5レベルのツイスターのよう。
ドォンッ!!
激しい衝突音と共に、天井に激しく打ち付けられた魔獣模型。
直後――。
バラバラと、粉砕された破片が降り注いてきた。
私、燈火くん、柳瀬さんの頭上に。
燈火くんが、私の背後に展開させていた《水鏡の盾》を移動させた。
三人の頭上に、水平に展開していく。
バシャバシャと水音を立てて、落下してくる破片。
でも、水鏡の盾が全てを受け止めてくれた。
燈火くんが、水鏡の盾を球体に変形させた。
破片ごと、訓練室の端へと移動させていく。
魔法を解除した途端、パラパラと床へと落ちていく破片。
私は――。
魔力を使いすぎて、膝から床へと座り込んだ。
「ふぅぅぅぅ……」
深呼吸をする。
燈火くんと柳瀬さんが、歩み寄ってきた。
「美月さん、素晴らしかったです」
柳瀬さんが、興奮気味に言った。
「こんな風魔法は、見たことがありません」
「ありがとう……ございます……」
息を切らせながら、答えた。
「これも、美月さんの固有魔法になりそうです」
柳瀬さんが、指を顎に当てながら思案を始めた。
「風で持ち上げて、回転させながら上空へ打ち上げる……」
考えている。
やがて――。
「《天昇旋風》――どうでしょうか」
天昇旋風。
スカイ・サイクロン。
格好いい。
私の、固有魔法。
「嬉しいです!」
床に膝をついたまま、大喜びした。
「ありがとうございます!」
柳瀬さんが、優しく微笑んだ。
「これで、美月さんは二つの固有魔法を持ちました」
二つ。
《砂塵の盾》。
そして、《天昇旋風》。
嬉しかった。
強くなっている。
少しずつ、燈火くんに近づいている。
訓練を終えて、更衣室に戻った。
シャワー室に入り、温かなお湯を浴びる。
裸身を流れるお湯を見つめた。
「次は、あなたたちを制御してみせるからね」
微笑みながら、話しかけた。
水。
お湯。
まだ、私は水属性の魔法を完全には制御できていない。
でも、いつか――。
燈火くんみたいに、自在に操れるようになりたい。
シャワーを浴び終えて、制服に着替える。
鏡の前で、髪を乾かす。
ポニーテールを結び直す。
昨日買った、シュシュで。
燈火くんが笑ってくれた、シュシュ。
更衣室を出ると、燈火くんが待っていてくれた。
「お疲れ様」
「うん、お疲れ様」
並んで、SAMAの玄関へと向かった。
藤崎さんが、受付カウンターで見送ってくれた。
「今日も、素晴らしかったわよ、美月さん」
「ありがとうございます」
「二つ目の固有魔法、おめでとう」
「はい」
嬉しくて頷いた。
外に出ると、夜の空気が心地よかった。
「美月」
燈火くんが言った。
「今日の《天昇旋風》、すごかった」
「ありがとう」
照れくさくて、俯いた。
「でも、まだ制御が甘い」
燈火くんが続けた。
「模型を粉砕しちゃったからな」
「うう……」
反省した。
「でも、威力は充分。あとは精度を上げればいい」
燈火くんが優しく言った。
「うん。頑張る」
私は顔を上げた。
「もっと練習する」
「ああ」
燈火くんが頷いた。
「一緒に、頑張ろう」
「うん」
笑顔で答えた。
夜空には、星が輝いていた。
綺麗な、満天の星。
私の固有魔法が、また一つ増えた日。
《天昇旋風》。
この魔法で、敵を倒せるように。
そう、心に誓った。
私の家が見えてきた。
「じゃあ、また明日」
燈火くんが言った。
「うん。また明日」
私も笑顔で答えた。
「おやすみ、燈火くん」
「おやすみ、美月」
燈火くんが歩き去っていく。
その背中を見送りながら、私は思った。
今日も、成長できた。
固有魔法が、二つになった。
まだまだ、先は長い。
でも――。
燈火くんと一緒なら、大丈夫。
そう信じられた。
家に入って、母に「ただいま」と言った。
「おかえり。今日も遅かったわね」
「うん。ちょっと、友達と」
笑顔で答えた。
夕食を食べて、お風呂に入って、ベッドに入った。
天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
《天昇旋風》。
何度も、その名前を呟いた。
私の魔法。
私だけの魔法。
二つ目の、固有魔法。
胸が、温かくなった。
目を閉じると、燈火くんの笑顔が浮かんだ。
「すごかった」と言ってくれた、あの笑顔。
また、明日も頑張ろう。
もっと強くなろう。
燈火くんの隣で、戦えるように。
そう思いながら、眠りについた。
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