第二十話「初めての共闘」
一昨日の金曜日。
学校帰り、燈火くんが家まで送ってくれた。
玄関の前で、私は意を決した。
心臓が、早く打っている。
勇気を振り絞って、言った。
「燈火くん?」
「ん?」
「もし……もし、日曜日なんだけど」
言葉が震える。
「予定が空いてたら、買い物に付き合ってくれないかなぁ……?」
最後の方は、声が消え入りかけてしまった。
燈火くんが、目をぱちぱちと瞬かせた。
私を見つめている。
黙っている。
「忙しい……よね?」
ほんの少し小首を傾けて、私より背の高い燈火くんを上目遣いで見上げた。
ちょっとあざといかもしれない。
でも、ここが勝負どころ。
燈火くんを、じっと見つめる。
「あ……あぁ、日曜日なら……空いてる」
燈火くんが、途切れ途切れに答えた。
「ほんと?無理してない?」
不安げな表情を浮かべて、見上げた。
燈火くんが、表情を引き締めた。
「日曜日、付き合ってやるよ」
頷いてくれた。
嬉しかった。
表情が、自然と明るくなった。
満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!じゃあ、日曜日の朝、10時に待ち合わせでいい?」
弾む声で問いかけた。
「わかった。日曜、10時に迎えに来る」
燈火くんが答えた。
約束。
そして、燈火くんは帰っていった。
その背中を見送りながら、胸が高鳴った。
日曜日。
燈火くんと、買い物。
デート――なのかな。
そして、日曜日。
朝10時。
燈火くんは、約束通りに私の家へ迎えに来てくれた。
玄関から出た私を見て――。
燈火くんが、固まった。
目を見開いて、動かない。
私は今日、いつもの紺色のセーラー服じゃない。
当たり前だけど。
淡いピンク色のブラウスに、白いスカート。
カーディガンを羽織って。
髪も、いつものポニーテールじゃなく、下ろしている。
アクセントに、可愛らしい飾りのついたヘアピンをつけた。
淡い色のリップも塗った。
ほんのり、薄化粧もした。
頑張った。
燈火くんに、可愛いって思ってもらいたくて。
私も、燈火くんを見ていた。
いつもの制服のブレザーじゃない。
カジュアルなシャツに、ジーンズ。
高校生らしい、爽やかな服装。
そして――黒縁眼鏡をかけていない。
素顔の燈火くん。
見とれてしまった。
格好いい。
まだ固まっている燈火くんに、声をかけた。
「燈火くん?もしもし?おはようってば」
ふざけて、燈火くんの目の前にヒラヒラと掌を振ってみた。
やっと、燈火くんが口を開いた。
「お、おはよう……」
言葉を絞り出すように。
可笑しくなって、クスクスと笑い始めた。
「そんなに私の格好が面白い?」
悪戯っぽく尋ねた。
燈火くんが、頬を朱に染めた。
「い……いや、その……よく似合ってる……」
目を逸らしながら、褒めてくれた。
嬉しかった。
気に入ってもらえた。
「それじゃあ、行きましょうか」
私は燈火くんを促して、歩き始めた。
私たちが向かったのは、この街で一番大きなショッピングモール。
広くて、色んなお店がある。
洋服を見たり、ヘアアクセサリーを見たり。
私は、ハンガーに掛かっている洋服を自分の前に当てた。
「どう?似合う?」
燈火くんに尋ねた。
「あぁ、似合ってる」
言葉少なに答える。
でも、私は燈火くんの表情をよく観察していた。
本当に似合っていると思ってくれているときは――。
口の端が、少し上がる。
笑みを浮かべている。
それを見逃さなかった。
燈火くんが口の端を上げて笑んだ洋服。
可愛らしいヘアアクセサリー。
それを、レジへと持っていって購入した。
時刻は、お昼時になった。
私たちは、フードコートでお昼ご飯を食べた。
私は、ハンバーガーのセット。
燈火くんは、丼ものの大盛り。
「燈火くんって、意外と大食いだよね?」
可笑しそうに言った。
「美月は、ハンバーガーとか似合うよな」
ちょっとピントのずれた返答。
でも、それも可笑しくて。
楽しかった。
買い物を済ませて、お昼ご飯を食べ終えた。
私たちは、ショッピングモールを後にした。
建物から出て、広い駐車場の脇を歩いている。
その時――。
背筋に、ゾワリと嫌な感覚が走った。
隣の燈火くんを見上げる。
燈火くんも、警戒感を顕わにしていた。
駐車場の奥の方へと、視線を走らせている。
「いた」
鋭く言った。
私も、燈火くんの視線の先を凝視した。
そこには――。
禍々しい姿の、四本足の魔獣がいた。
身構えている。
こちらを見ている。
「魔獣……」
呟いた。
「まだ誰も気づいてない」
燈火くんが小さな声で言った。
「俺がやる。美月は下がってろ」
そう言って、姿勢を低くしながら魔獣へと走り出した。
でも――。
私も、同じように姿勢を低くして後を追った。
走り出した。
私の中に、強い意志が湧き上がっていた。
燈火くんと共に戦う。
一緒に、戦いたい。
私たちが近づいてきたのに気づいた魔獣が、唸り声をあげた。
威嚇している。
「美月、何故ついてきてる」
燈火くんが、咎めるような声で言った。
「私も、役に立ちたい」
覚悟を決めた声で答えた。
魔獣が、怒りを隠さず後ろ足で立ち上がった。
口から涎をダラダラと垂らしながら、牙を剥き出しにする。
「ガルルルルぅぅ……」
唸る。
次の瞬間――。
ダンッ!
地面を蹴って、跳躍した。
飛び上がって、私たちへと飛び掛かってくる。
「《水刃斬》」
燈火くんが魔法を発動した。
薄い水の刃が、魔獣へと切りつけられていく。
しかし――。
魔獣が前足の爪で、弾き返した。
「くそっ!」
苛立たしそうな声を出す燈火くん。
「《水流鞭》」
唱えた。
水の鞭が発現し、魔獣の体に巻き付いた。
そして――地面へと叩きつけた。
ドォンッ!
土埃が舞い上がる。
アスファルトが壊れる。
でも、魔獣は鋭い牙で水流鞭を噛み切ってしまった。
再び、跳躍しようとする。
その時――。
私が、風魔法を発現させた。
戦闘中、少し後方で魔力の集中を高めていた。
あの風。
先日、期せずして私のスカートを捲り上げてしまった、あの風。
「持ち上がれ!!」
叫んだ。
両腕を広げて、空気を掬い上げるような動作。
空高く腕を伸ばしながら、風魔法を発現させる。
地面スレスレから、巻き上がっていく風。
強さを増していく。
飛び上がった魔獣を、空中に固定させた。
魔獣が、慌てたように牙を剥いて吠える。
鋭い前足で、風を切ろうとしている。
そこへ――。
「《氷槍投》」
燈火くんが唱えた。
氷の槍が発現し、魔獣目掛けて突き刺さっていく。
「ガァァァァッ!!」
断末魔の叫び。
胴体に、氷槍投が深々と突き刺さっていく。
やがて――。
魔獣の瞳から、獰猛な光が消えた。
力なく、両脚が垂れ下がる。
私が風魔法を解除した。
燈火くんが氷槍投の魔法を解除した。
魔獣が、ドサリと地面に落ちてきた。
動かない。
倒した。
「ヤバいな」
燈火くんが険しい顔で、私を振り返った。
「これは魔法対策課が来るのが時間の問題だ」
「また……走るんだよね……?」
げんなりした表情で問いかけた。
「走るぞ」
燈火くんが私の手を引いた。
走り出す。
「あはは……やっぱりこうなるのね……」
諦め顔で、走った。
でも――。
嬉しかった。
燈火くんと並んで、戦えた。
一緒に、魔獣を倒せた。
それが、どこか誇らしかった。
SAMAへと、ひたすら走る。
息が切れる。
足が痛い。
でも、止まらない。
燈火くんが、私の手を握っている。
離さないように。
守るように。
SAMAの漆黒の建物が見えてきた。
扉を開けて、中に入る。
ロビーで、息を整えた。
「はぁ……はぁ……」
膝に手をついて、荒い息をつく。
藤崎さんが、受付カウンターから歩いてきた。
「あら、またお二人さん?」
微笑みながら言った。
「今度は何をやらかしたの?」
燈火くんが、説明を始めた。
ショッピングモールでの魔獣との遭遇。
戦闘。
そして、討伐。
藤崎さんは、真剣に聞いていた。
「連携して戦ったのね」
頷いた。
「素晴らしいわ。被害も出さずに討伐できた」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
「でも」
藤崎さんが少し厳しい顔になった。
「魔法対策課は、また動くわよ」
「分かってます」
燈火くんが答えた。
「今回は、目撃者もいるかもしれない」
藤崎さんが続けた。
「柳瀬に報告しておくわ。対応を考えないと」
「お願いします」
私たちは、深くお辞儀をした。
藤崎さんが、優しく微笑んだ。
「でも、よくやったわ。二人とも」
その言葉が、嬉しかった。
しばらく休憩してから、SAMAを出た。
夕暮れの街を、並んで歩く。
「今日は……色々あったね」
私が言った。
「ああ」
燈火くんが頷いた。
「でも、楽しかった」
「俺も」
燈火くんが、小さく笑った。
「美月、今日の服、本当に似合ってた」
「ありがとう」
照れくさくて、俯いた。
「また、買い物に付き合ってくれる?」
「ああ」
即答だった。
「いつでも」
嬉しかった。
胸が、温かくなった。
家の前に着いた。
「今日は、ありがとう」
私は言った。
「買い物も、戦闘も」
「こちらこそ」
燈火くんが微笑んだ。
「楽しかった」
「うん」
私も笑顔で頷いた。
「また明日、学校でね」
「ああ。また明日」
燈火くんが歩き去っていく。
その背中を見送りながら、思った。
今日は、特別な日。
燈火くんと、初めて一緒に戦った日。
そして――。
もしかしたら、デートだったのかもしれない日。
家に入って、母に「ただいま」と言った。
「おかえり。楽しかった?」
「うん。すごく」
笑顔で答えた。
部屋に戻って、今日買った洋服を見た。
燈火くんが、笑ってくれた洋服。
ヘアアクセサリー。
大切にしよう。
ベッドに横になって、天井を見つめた。
今日のことを、思い返す。
燈火くんの私服姿。
一緒に歩いたショッピングモール。
そして、魔獣との戦闘。
連携できた。
一緒に、戦えた。
嬉しかった。
私は、強くなっている。
燈火くんの隣で、戦えるように。
もっと、頑張ろう。
そう思いながら、目を閉じた。
明日も、頑張ろう。
燈火くんと一緒に。
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