第十九話「砂塵の盾」
訓練室の扉を開けて、私と燈火くんは中に入った。
そこには、柳瀬さんと藤崎さんが訓練着に身を包んで待っていてくれた。
柳瀬さんは白の訓練着。
藤崎さんは深い紫色の訓練着。
二人とも、真剣な表情をしていた。
「よろしくお願いします」
私と燈火くんは、揃ってお辞儀をした。
「よろしく」
柳瀬さんが、真剣な眼差しで頷いた。
藤崎さんは、柔らかな微笑みを浮かべていた。
その時――。
背後の扉が、再び開いた。
「遅くなりました」
声がして、私と燈火くんは振り返った。
そこにいたのは――。
如月先生だった。
学校図書館で司書をしている、あの如月先生。
「こんにちは」
柔らかな笑顔で、挨拶をしてくれた。
「こんにちは」
私と燈火くんは、再び挨拶をしてお辞儀をした。
如月先生も、訓練着を着ていた。
柳瀬さんとも藤崎さんとも異なるカラー。
深い青色のボディスーツに、白いラインが走っている。
そして――肩と袖口のところに、何か記録用に使うデバイスが取り付けられていた。
小型のカメラのような、でも違う、不思議な装置。
「今日は、美月さんが新しい固有魔法を発現させるかもしれないと聞いて」
如月先生が説明してくれた。
「記録のために来たのよ」
そうか。
如月先生の特異属性は《転写と完全記憶》。
今日の訓練を、記録してくれるんだ。
「先生の訓練着、かっこいいですね!!」
思わず、褒めていた。
本当に、格好良かった。
深い青色が、如月先生によく似合っている。
「あら、ありがとう」
如月先生が嬉しそうに笑って見せた。
そして――。
柳瀬さん、藤崎さん、如月先生が、私から距離を取るように離れていった。
それぞれの位置に、配置についていく。
燈火くんは、私から少しだけ離れた。
でも、すぐ近く。
いつでも、私のサポートに入れるように。
準備をして、構えている。
「それでは、始めてみてください」
柳瀬さんが言った。
如月先生も、真剣な眼差しで私を見つめている。
袖口の記録用デバイスを、私に向けた。
「それでは、いきます」
私は言った。
「よろしくお願いします」
一息ついて、集中を高めていく。
イメージする。
風の幕。
自分の周りに、風の幕を展開する。
魔力を、掌へ。
いや、違う。
全身から。
周囲へと、魔力を広げていく。
魔力の出力を、16パーセントに。
風魔法を、発現させる――。
ふわり。
私の周囲に、風が起こり始めた。
ポニーテールが、風に流されて揺れ始める。
もっと。
もっと強く。
集中を高め、魔力を32パーセントまで引き上げていく。
ゴォ、ゴォ。
風が、唸り始めた。
ポニーテールが、大きく揺れる。
私の周囲に、展開されていく風の幕。
透明だけど、確かにそこにある。
「これは、すごいな……」
柳瀬さんの呟きが聞こえた。
「美月、あと一段階、出力を上げろ」
燈火くんの声。
アドバイス。
私は無言で、コクリと頷いた。
魔力の出力を、48パーセントまで引き上げていく。
ゴォォォッ!
私の周囲に、吹き荒ぶ風の幕が展開された。
強い。
風が、激しく渦巻いている。
「こんなに高い出力で、風の幕を発動するなんて……」
如月先生の声が聞こえた。
記録しながら、感心している様子。
「よし、その風の幕に土を纏わせていくんだ」
燈火くんが、指示を出した。
私は目を瞑った。
集中する。
発現させている風魔法。
そこに、土魔法を重ね掛けしていく。
イメージを固める。
風の中に、土。
土の粒子が、風に乗る。
魔力を、さらに高めていく――。
ピシッ。
ピシピシッ。
土の粒子が、飛び始めた。
燈火くんの頬に、当たっている。
でも、燈火くんは動かない。
私を見守っている。
私の周囲に展開されている風の幕が、徐々に黄土色を纏っていく。
薄く。
でも、確かに。
色が、ついていく。
「これは、すごい……」
柳瀬さんと藤崎さんの声が、重なった。
目を細めて、真剣に見つめている。
やがて――。
私を取り囲んでいた風の幕が、黄土色の濃さを増していった。
もっと。
もっと土を。
魔力を、注ぎ込む。
私の姿が、霞んで見えなくなっていく。
外からは、もう見えないかもしれない。
でも、私には分かる。
確かに、展開されている。
土を纏った、風の幕。
燈火くんに、ビシビシと細かな土の粒子が当たっている。
でも、燈火くんは目を離さない。
万が一に備えて、私を見つめている。
やがて――。
土を纏った風の幕が、完全に私の姿を覆い隠した。
黄土色の壁。
砂塵の、盾。
「素晴らしい……」
柳瀬さんの声が、幕の向こうから聞こえた。
目を細めて、頷いている様子が伝わってきた。
「美月、魔力を抑えて解除しろ」
燈火くんが、指示を出した。
私は、ゆっくりと魔力を抑えていった。
48パーセントから、32パーセントへ。
32パーセントから、16パーセントへ。
そして、ゼロへ――。
フワーッ。
風が、霧散していった。
土が、サラサラと床へと舞い落ちていく。
私の姿が、再び現れた。
「よくできました」
柳瀬さんが、称賛してくれた。
歩み寄ってきて、優しく微笑んでいる。
「美月さんだけの固有魔法が、一つ完成ですね」
嬉しそうに、頬を緩めた。
「この魔法に、名前をつけましょう」
柳瀬さんが言った。
「風と土を組み合わせた、防御魔法。砂塵を纏った盾」
柳瀬さんが、考えるように顎に手を当てた。
「《砂塵の盾》――どうでしょうか」
砂塵の盾。
サンドストーム・バリア。
私は、その名前を口の中で呟いた。
「砂塵の盾……」
格好いい。
私の、固有魔法。
嬉しくて、にっこりと笑った。
「灯火くん」
振り向きながら、笑いかけた。
「やっと、できたよ!」
燈火くんが、笑い返してくれた。
「やったな」
優しい笑顔。
誇らしげな笑顔。
私は、嬉しくて胸がいっぱいになった。
固有魔法。
自分だけの魔法。
それが、ついに完成した。
藤崎さんが、拍手をしてくれた。
如月先生も、記録用デバイスを操作しながら微笑んでいる。
「記録、完璧よ」
如月先生が言った。
「これで、後進の教育にも使えるわ」
柳瀬さんが、私の肩に手を置いた。
「美月さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
「でも」
柳瀬さんが続けた。
「これは、始まりに過ぎません」
「はい」
「この《砂塵の盾》を、もっと洗練させていく。制御を高め、威力を上げ、持続時間を延ばす」
柳瀬さんの声が、真剣になった。
「そして、他の属性との組み合わせも試していく。光と風、闇と土、水と火――無限の可能性があります」
その言葉に、胸が高鳴った。
まだまだ、先がある。
もっと、強くなれる。
「頑張ります」
私は力強く頷いた。
「よろしい」
柳瀬さんが微笑んだ。
「では、今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
私と燈火くんは、揃ってお辞儀をした。
訓練室を出て、更衣室へと向かった。
シャワーを浴びて、制服に着替える。
鏡の前で、髪を乾かしながら思った。
《砂塵の盾》。
私の固有魔法。
これで、燈火くんに少しだけ近づけた気がする。
でも、まだまだ足りない。
燈火くんは、もっと強い。
もっと、上手に魔法を使える。
私も、頑張らなきゃ。
更衣室を出ると、燈火くんが待っていてくれた。
「お疲れ様」
「うん、お疲れ様」
並んで、SAMAの玄関へと向かった。
藤崎さんが、受付カウンターで見送ってくれた。
「今日は、素晴らしかったわよ、美月さん」
「ありがとうございます」
「これからも、頑張ってね」
「はい」
外に出ると、夜の空気が心地よかった。
少し冷たいけど、気持ちいい。
「美月」
燈火くんが言った。
「今日は、本当にすごかった」
「ありがとう」
照れくさくて、俯いた。
「でも、まだまだ」
燈火くんが続けた。
「これから、もっと強くなれる」
「うん」
私は顔を上げた。
「燈火くんみたいに、強くなりたい」
燈火くんが、優しく笑った。
「美月は、もう充分強いよ」
「そんなことない」
首を横に振った。
「燈火くんには、まだまだ敵わない」
「そうかな」
燈火くんが、少し考えるような顔をした。
「俺は、美月の方が強いと思うけど」
「え?」
「だって、美月は六つの属性を使える。組み合わせ次第で、無限の可能性がある」
燈火くんが真剣に言った。
「俺は、水と火だけ。美月の方が、ずっと可能性がある」
その言葉が、嬉しかった。
でも――。
「可能性があっても、まだ使いこなせてない」
私は言った。
「だから、もっと頑張る」
「ああ」
燈火くんが頷いた。
「一緒に、頑張ろう」
「うん」
私も笑顔で頷いた。
夜空には、星が輝いていた。
綺麗な、満天の星。
私の固有魔法が、一つ完成した日。
《砂塵の盾》。
この魔法で、大切な人を守れるように。
そう、心に誓った。
私の家が見えてきた。
「じゃあ、また明日」
燈火くんが言った。
「うん。また明日」
私も笑顔で答えた。
「おやすみ、燈火くん」
「おやすみ、美月」
燈火くんが歩き去っていく。
その背中を見送りながら、私は思った。
今日は、特別な日。
忘れられない、大切な日。
固有魔法を手に入れた日。
そして――。
燈火くんと、また一歩近づけた日。
家に入って、母に「ただいま」と言った。
「おかえり。今日は、いい顔してるわね」
母が微笑んだ。
「うん。いいことがあったの」
「そう。良かったわね」
母が優しく頭を撫でてくれた。
夕食を食べて、お風呂に入って、ベッドに入った。
天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
《砂塵の盾》。
何度も、その名前を呟いた。
私の魔法。
私だけの魔法。
胸が、温かくなった。
目を閉じると、燈火くんの笑顔が浮かんだ。
「やったな」と言ってくれた、あの笑顔。
また、明日も頑張ろう。
もっと強くなろう。
燈火くんの隣で、戦えるように。
そう思いながら、眠りについた。
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