第十八話「魔力制御」
翌日の朝。
教室に入ると、燈火くんが既に席についていた。
黒縁眼鏡をかけて、机に突っ伏している。
寝ているフリ。
私は、深呼吸をした。
恥ずかしい。
でも、挨拶しないわけにはいかない。
「おはよう」
声をかけた。
その瞬間――。
昨日のシャワー室のことを思い出してしまった。
ドアを開けた先に、燈火くんが立っていて。
私は、裸で。
顔が、熱くなっていく。
赤くなっているのが、自分でも分かった。
燈火くんが顔を上げた。
眼鏡の位置を直しながら、自然に答えてくれた。
「おはよう」
普通。
いつもと変わらない、普通の挨拶。
それが、逆に心臓をドキドキさせた。
「あららぁ?」
明るい声が聞こえた。
ひなただった。
悪戯っぽく笑いながら、私を見ている。
「美月ったら、顔を赤らめてどうしたの?」
「な、何でもない」
私は首を振って否定した。
でも、ひなたの表情は――。
恋に恋する美月を見つけてしまった、という興味津々の表情を浮かべていた。
「昨日、俺が実技の時間によろけた美月を受け止めたから、意識したんだろ」
燈火くんが、クールに言った。
でも――。
その口元が、笑っている。
私を見て、笑っている。
「そ、そうそう。そうなの」
ひなたにバレないように、燈火くんの言葉に合わせた。
ひなたは、面白そうなものを見つけたという表情のまま、席へと戻っていった。
助かった――。
でも、燈火くんに借りを作ってしまった気がした。
ホームルームが終わり、授業が始まった。
一時間目は英語。
二時間目は国語。
三時間目は日本史。
私は真面目に、授業を受けていた。
ノートを取り、教科書に線を引き、先生の話を聞く。
時々、隣の席の燈火くんを見やった。
眠そうにしていたり、机に突っ伏していたり。
とても真面目に授業を受けているようには見えない。
でも――。
その目は、しっかりと黒板と教科書を捉えていた。
私は、それを見逃さなかった。
陰キャを演じている燈火くん。
でも、本当は誰よりも優秀で、誰よりも強い。
微笑ましく思った。
そして、少しだけ誇らしく思った。
私だけが知っている、本当の燈火くん。
放課後。
燈火くんと共に、SAMAへと向かった。
夕暮れの街を、並んで歩く。
「あの、燈火くん?」
私は、隣に並んで歩く燈火くんを見上げて尋ねた。
「魔法を発現した後、魔力を操るのって、どんなイメージなの?」
燈火くんは正面を見据えたまま、少し考えている様子だった。
どう答えてやるべきか、思案しているのだろう。
「まず……」
燈火くんが口を開いた。
「魔法を発現したら、その魔力の流れを自分の制御下に置くように、魔力が魔法として霧散してしまわないように強く引き留めておく」
難しい。
でも、真剣に聞いた。
「その魔力に指向性を持たせて維持する。さらに、形や動きをイメージしていく」
私は眉間にしわを寄せた。
難しい顔をしている自分が、分かった。
燈火くんが、さらに分かりやすく説明してくれた。
「いいか、美月」
私の方を見た。
「魔法というのは、自分の中にある魔力を現象として発現した結果なんだ。その魔力の出力次第で、例えば風が掌から噴き出す。この時点で魔法は発現しているというのは分かるよな?」
「うん。それは分かる」
私は頷いた。
「美月なら、掌から風を発現させて、魔力の出力を上げれば身体が飛ぶほどの風が起きる。だけど、これは魔法を発現させてるだけに過ぎない」
燈火くんが真剣に説明を続けた。
「ここまでなら、同級生の誰にでもできるんだ。美月はそれに加えて、魔力を制御し、形や動きを加えて操るポテンシャルがあるんだ」
「魔力を制御して、形や動きをイメージ……」
口の中で呟いた。
「そうだな、例えば……」
燈火くんが両腕を広げた。
「例えばだぞ、美月は風属性に親和性が高いから、風の魔法を発現させるときに、魔力を周囲に拡散させて、下からグワァーッと持ち上げるイメージをしたとする」
両腕で、下から上へと空気を持ち上げるような動作をして見せる。
「すると、風が下から上へ向かって持ち上がる魔法が発現するはずなんだ」
「グワァーッて……」
私も、同じように両腕を広げた。
下から、掌で空気を掬い上げるような動作。
イメージする。
風が、下から――。
次の瞬間。
地面スレスレの辺りから、風の魔法が発現し始めた。
ブワッ!
空気が、持ち上がっていく。
私の両腕が、空気を掬い上げる動作から、空へ向けて掌を掲げた。
その瞬間――。
発現していた風魔法が、上空へ向かって指向性を持って巻き上がっていった。
「わっ!」
思わず、吹き上がった風に目を細めた。
すごい。
制御できた。
形と動きを――。
隣の燈火くんの目が、限界まで見開かれていた。
顔が、一気に朱に染まっていく。
燈火くんの視線の先――。
吹き上がる風魔法によって、バサッと大きく捲り上げられた私のスカート。
そして、露わになる白いショーツと白い脚。
「きゃっ!」
悲鳴を上げた。
慌てて、捲れ上がったスカートを抑える。
顔が、一気に真っ赤になった。
「と……燈火くん?」
恥ずかしさで、顔から火が出るほど熱い。
「み……見た?」
燈火くんが、スッと目を逸らした。
「い、いや……、チラッとだけだから……」
歯切れ悪く答えた。
私は、恥ずかしさのあまり両掌で顔を覆った。
イヤイヤと、顔を左右に振る。
ポニーテールが、バサバサと左右に揺れる。
「もう、お嫁にいけない……」
消え入りそうな声で言った。
「俺が、もらう……」
小さな声が聞こえた気がした。
でも、確信が持てなかった。
一頻り恥ずかしがった後、ようやく落ち着きを取り戻した。
そして――。
キッと、燈火くんのことを睨み上げた。
「確信犯でしょ!!」
燈火くんが、鼻白んだ。
「いや……そんなことは……」
いつものクールさが消えて、視線を泳がせている。
その様子を見て――。
クスクスと、笑い出した。
「ワザとじゃないのは、知ってるよ」
まるで悪戯が成功したかのような、無邪気な笑顔で笑った。
燈火くんが、ホッとしたような顔をした。
「美月……」
「でも、見られちゃったのは事実だから」
少し拗ねたように言った。
「ごめん……」
燈火くんが、素直に謝った。
「許してあげる」
私は笑顔で言った。
「代わりに、今日の訓練、いっぱい教えてね」
「ああ」
燈火くんが頷いた。
私たちは、また歩き出した。
少し気まずいけど、でも温かい空気。
嬉し恥ずかしい、不思議な気持ち。
SAMAに到着し、更衣室へと向かった。
紺色のセーラー服を脱ぎ、ブラウスも脱いでいく。
白の下着姿になった。
ふと、視線をショーツに落とした。
「見られちゃった……」
独り言ちた。
顔が、また熱くなる。
でも――。
嫌じゃなかった。
燈火くんになら、見られても。
いや、何を考えてるの、私。
頭を振って、考えを追い出した。
ロッカーから訓練着を取り出す。
濃紺のボディスーツに袖を通し、ファスナーを上げていく。
鏡の前で、自分を確認する。
今日は、どんな訓練になるんだろう。
期待に、胸が膨らんだ。
土の盾。
私の固有魔法になるかもしれない。
そして――。
魔力の制御。
形と動きを加える。
さっき、できた。
風を、下から上へ持ち上げた。
もっと、練習したい。
もっと、上手になりたい。
燈火くんみたいに。
深呼吸をして、更衣室を出た。
廊下には、燈火くんが待っていてくれた。
黒を基調としたボディスーツに、青いラインが走っている。
「行こう」
「うん」
並んで、訓練室へと向かった。
扉を開けると――。
柳瀬さんと藤崎さんが、二人とも待っていてくれた。
柳瀬さんは白の訓練着。
藤崎さんは深い紫色の訓練着。
「いらっしゃい、二人とも」
柳瀬さんが微笑んだ。
「昨日の報告、藤崎から聞きました」
「はい……」
私は、少し恥ずかしそうに頷いた。
「土の盾、面白い発想ですね」
柳瀬さんが嬉しそうに言った。
「今日は、それを徹底的に訓練しましょう」
「はい!」
元気よく答えた。
「ただし」
藤崎さんが、少し厳しい顔で言った。
「制御を誤れば、大変なことになる。慎重に、でも大胆に」
「分かりました」
私は真剣に頷いた。
訓練が、始まる。
私の固有魔法を完成させるための、訓練が。
胸が高鳴った。
今日も、頑張ろう。
燈火くんと一緒に。
柳瀬さんと藤崎さんに教わりながら。
強くなるために。
大切な人を守れるように。
そして――。
燈火くんの隣で、戦えるように。
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