第十七話「土の盾」
SAMAからの帰り道。
私と燈火くんは、並んで歩いていた。
でも――いつもより、少しだけ距離が離れている。
私の心は、まだ落ち着いていなかった。
シャワー室のドアを開けた先に、燈火くんが立っていた。
一瞬とはいえ、裸身を見られてしまった。
思い出すだけで、全身が火照っていく。
顔が、熱い。
心臓が、早く打つ。
恥ずかしい。
恥ずかしくて、死にそう。
でも――。
さっき、柳瀬さんが言っていた。
土の盾について。
聞いてみたい。
燈火くんは《水鏡の盾》という魔法を発現できる。
一日の長としての意見も、聞いてみたい。
でも、でも――。
恥ずかしい。
葛藤が、胸の中で渦巻いていた。
私の家までの距離は、どんどん縮んでいく。
もう、時間がない。
意を決した。
燈火くんを見上げて、尋ねた。
「燈火くん」
「ん?」
「さっきの、柳瀬さんの言ってた土の盾なんだけど……」
言葉が詰まる。
でも、続けた。
「私に、できるかなぁ……?」
燈火くんが、ほんの少し夜空を見上げた。
考えている。
星が、綺麗に輝いていた。
やがて、燈火くんが私の目を見た。
そして、頷いた。
「美月なら、できる」
力強い声。
確信に満ちた声。
胸が、温かくなった。
「イメージとしては……」
燈火くんが続けた。
「風の中に土を纏わせて、幕を展開するイメージだろうな」
的確なアドバイス。
でも――。
「風の中に、土を纏わせる?」
私は小首を傾げた。
よく分からない。
「美月は、常時発動で風を纏っている」
燈火くんが説明を重ねた。
「その風を基本に据えて、物理的に障害物となる土を混ぜ込んでいくんだ」
なるほど。
風が、ベース。
そこに、土を混ぜる。
私は、イメージを固めていった。
風の渦。
その中に、土の粒子。
それが集まって、幕になる――。
次の瞬間。
ゴォッ!
私たちの周囲に、風が渦巻き始めた。
「美月、待て!」
燈火くんが焦った声を出した。
でも、私の集中は高まっていく。
風。
そして、土。
混ぜる。
纏わせる。
イメージを、もっと強く――。
やがて。
風の渦に、土が混じり始めた。
黄土色の幕が、私たちを取り囲んでいく。
でも――。
ビシビシッ!
土の粒子が、容赦なく吹き付けられてきた。
顔に。
目に。
髪の毛に。
全身に。
細かい土埃が、四方八方から襲ってくる。
「うっ……」
目を瞑った。
痛い。
でも、燈火くんの目は――。
土の盾に、釘付けになっていた。
「美月……これは、すごいぞ……」
感嘆の声。
でも、私の集中は続かなかった。
魔力が弱まっていく。
土の盾が、消滅していく。
風が止まり、土が地面に落ちた。
「ふぅぅぅっ……」
大きな息を吐いた。
そして、自分の状態に気づいた。
髪の毛に、土埃。
セーラー服に、土埃。
全身、土まみれ。
「うわぁっ!やってしまったぁ!!」
慌てて、パンパンと叩き落とし始めた。
髪の毛を振って、服を叩いて。
燈火くんが、笑っていた。
「美月、お前の魔法は本当にすごいな……」
そう言いながら、私の紺色のセーラー服をパンパンと叩いてくれた。
土埃を、落としてくれている。
「と、燈火くん……」
嬉しいのに、恥ずかしい。
褒められて、照れくさい。
私も、土埃まみれになった燈火くんの制服のブレザーをパンパンと叩いた。
お返しに、落としてあげる。
「これ、もっと訓練したら、美月の固有魔法になるんじゃないか?」
燈火くんが嬉しそうに言った。
「ほんと?やった!」
私は飛び上がって喜んだ。
さっき、燈火くんに裸を見られてしまった恥ずかしさなんて――。
どこかへ飛んで行ってしまった。
燈火くんが、私の笑顔を見つめていた。
優しい目で。
温かい目で。
この笑顔だけは、守ってみせる――。
そう心に誓っているような、目だった。
その時。
ピーッ、ピーッ、ピーッ……。
近くの家から、警報音が鳴り始めた。
「えっ!?何!?」
私は驚いて、周囲をキョロキョロと見渡した。
何が起こったの?
「ヤバいな」
燈火くんの声が、低くなった。
「美月の魔法発現に反応して、どこかの家の魔法警報機が鳴り出したみたいだ」
その目は鋭く細められ、緊張している。
周囲を警戒している。
「魔法対策課に来られると、面倒だ」
燈火くんが、一つ頷いた。
そして――。
「美月、SAMAに戻るぞ」
そう言って、私の手を取った。
来た道を、走り始める。
「ちょっ、ちょっとぉ!」
抵抗を試みた。
でも、燈火くんの力に適うわけもない。
引っ張られるように、走り始めた。
夜の街を、二人で疾走する。
息が切れる。
足が痛い。
でも、止まれない。
燈火くんが、私の手を強く握っている。
離さないように。
守るように。
SAMAの漆黒の建物が見えてきた。
扉を開けて、中に入る。
ロビーに入った瞬間――。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
私は膝に手をついて、荒い息をついた。
肺が、痛い。
心臓が、バクバクしている。
隣の燈火くんは――涼しい顔だった。
「美月、もう少し体力をつけた方がいいんじゃないか?」
息を整えている私に、そう言った。
「はぁ……はぁ……と、燈火くんが体力ありすぎなんだと思うけど……」
前かがみの姿勢のまま、上目遣いで言った。
燈火くんが、苦笑した。
その時――。
「あら、お二人さん」
藤崎さんの声がした。
顔を上げると、彼女がこちらに歩いてきていた。
「帰ったんじゃなかったの?」
微笑みながら、尋ねる。
燈火くんが、言いにくそうに答えた。
「それが……美月が、やらかしまして」
「それは面白そうね」
藤崎さんが口に手を当てて、クスクスと笑い始めた。
「あ、あの……面白くはないと思います……」
私は眉尻を下げて、申し訳なさそうに言った。
ロビーのソファーに腰掛けて、燈火くんが説明を始めた。
先ほど私が発現させた魔法について。
淡々と、でも詳しく。
藤崎さんは、真剣に聞いていた。
「なるほど。それは興味深いわね」
頷いた。
「今日は遅いから、明日、また訓練に来るといいわ」
藤崎さんがソファーから立ち上がった。
「柳瀬にも報告しておくから」
私と燈火くんも立ち上がった。
藤崎さんに、深くお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「気をつけて帰ってね」
藤崎さんが微笑んだ。
SAMAを出て、再び夜の街を歩く。
今度は、走らずに。
ゆっくりと。
「私、明日が楽しみ」
嬉しそうに言った。
固有魔法。
自分だけの魔法。
それが、形になりそう。
「明日は、大変な一日になりそうだ」
燈火くんが、げんなりとした顔で言った。
「どうして?」
「美月が暴走するから」
「しないもん」
「絶対する」
「……頑張って、しないようにする」
「それでも、するんだろうな」
燈火くんが、諦めたように笑った。
でも、その笑顔は優しかった。
私の家が見えてきた。
「じゃあ、また明日」
燈火くんが言った。
「うん。また明日」
私も笑顔で答えた。
「おやすみ、燈火くん」
「おやすみ、美月」
燈火くんが歩き去っていく。
その背中を見送りながら、私は思った。
今日は、色々あった。
恥ずかしいことも、嬉しいことも。
でも――。
全部、大切な思い出。
燈火くんとの、かけがえのない時間。
家に入って、母に「ただいま」と言った。
「おかえり。遅かったわね」
「うん。ちょっと、友達と話してて」
嘘じゃない。
燈火くんは、友達。
大切な、友達。
それ以上の何かになりそうな――予感もあるけれど。
夕食を食べて、お風呂に入って、ベッドに入った。
天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
土の盾。
風と土が混ざった、黄土色の幕。
それが、私の固有魔法になるかもしれない。
胸が高鳴った。
明日が、楽しみで仕方ない。
目を閉じると、燈火くんの笑顔が浮かんだ。
優しい笑顔。
私を守ろうとしてくれる、強い眼差し。
「おやすみ、燈火くん」
小さく呟いた。
夢の中でも、会えるといいな。
そう思いながら、眠りについた。
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