第十六話「土の訓練」
昼休み。
私はひなたと一緒に、学食でお昼ご飯を食べていた。
テーブルに隣り合って座り、日替わり定食を頬張る。
私の向かい側には、いつもと同じく黙々と食事をする燈火くんがいた。
「ねえ、ひなたちゃん?」
おかずをモグモグ食べながら、私は問いかけた。
「土属性の魔法を発現させるイメージって、どんな感じなの?」
ひなたが箸を止めて、少し考えるような顔をした。
「んー、足裏から魔力を広げていく感じ?」
そう言いながら、左手をモコモコさせる動きを見せる。
「モコモコってなぁれって感じかな?」
抽象的な表現だった。
私は眉間にしわを寄せながら、ひなたのイメージを想像してみる。
足裏から、魔力。
それが地面に広がって――。
モコモコ。
「モコモコ……、モコモコ……」
小さく呟きながら、イメージを固めていく。
燈火くんが、私の様子を静かに観察していた。
その視線に気づかないまま、私はひなたの説明を反芻していた。
午後は、魔法基礎実技の授業だった。
体育館のように広い実技室で、私たちは魔法を発現させる練習に取り組んでいた。
「今日は、魔法の出力を徐々に上げていきましょう」
先生が言った。
「いきなり強い魔法を出すのではなく、少しずつ威力を高めていく。それが制御の訓練になります」
生徒たちは、それぞれの属性で魔法を発現し始めた。
私は――同級生たちには、まだ風属性しか発現できていないと思われている。
だから、今日も風魔法だけ。
ひなたも、私と燈火くんの近くで土属性の魔法を発現していた。
「ほら、美月」
ひなたが、私に土を盛り上げて見せた。
「こうやって、モコモコってやるのよ」
足元の地面が、小さく盛り上がっている。
先週よりも、さらに上達していた。
「すごい、ひなたちゃん」
私は感心した。
もう一方の隣では、燈火くんが懸命に水属性の魔法を発現させようと頑張っているフリをしている。
顔を顰めて、指先から水滴をポタポタと垂らしている。
その様子を確認してから、私はひなたに尋ねた。
「ひなたちゃん、うんと魔力を籠めたら、もっとモコモコするの?」
興味本位で聞いてみた。
「どうだろう?」
ひなたが悪戯っぽく笑った。
「やってみる?」
ひなたが脚裏に向けて魔力を注いでいく。
集中する表情。
そして――。
モコッ、モコッ。
今までよりも大きく、土が盛り上がった。
私の身長の半分くらいの高さまで、土が隆起していく。
私と燈火くんは、じっとその様子を見つめていた。
「おぉっ!ひなたちゃん、すごい!!」
私はパチパチと拍手した。
その拍手に連れられて、周囲の同級生たちも拍手をし始めた。
「すごいね、桜井さん」「上達早いな」「俺も頑張ろう」
ひなたが照れくさそうに笑っている。
「あまりやりすぎるなよ」
燈火くんが、小さく窘めた。
「う、うん……」
ひなたが慌てて魔法を解除した。
土が、元の高さに戻っていく。
私も、風の魔法を発現していく。
最初は、両掌からそよ風のような風を発現させた。
でも――。
つい、調子に乗ってしまった。
魔力を、16パーセントから32パーセントへ上げてしまう。
「わわわっ!」
急に勢いを増した風に、私の小柄な身体は押された。
後方へと、よろける。
バランスを失って――。
ドン。
背中に、何かが当たった。
「危ない」
冷静な声。
燈火くんが、私の背中を受け止めていた。
しっかりとした手が、私の肩を支えている。
顔が、一気に熱くなった。
真っ赤になっていくのが、自分でも分かった。
「あ、ありがと……」
俯いて、小さな声でお礼を言った。
「ふふふっ」
ひなたが、口に手を当てて笑い出した。
その笑い声のおかげで、周囲の同級生たちは「ひなたの笑いで美月が出力を誤った」という認識が広がっていった。
美月がドジった、と。
内心で、ホッとした。
でも――。
背後の燈火くんから、私にだけ聞こえる小声が届いた。
「出力を、もっと絞れ」
窘めるような、でも優しい声。
「……うん」
小さく頷いた。
夕方。
私と燈火くんは、SAMAへと向かって歩いていた。
夕日が、二人の影を長く伸ばしている。
「さっき、ありがとね」
改めて、お礼を言った。
「美月は、出力の制御が甘いんだから気をつけろ」
燈火くんが苦笑しながら、視線を向けた。
「分かってる……つもりなんだけど……」
「つもり、じゃダメだ」
少し厳しい口調。
でも、それは私のことを心配してくれているから。
「うん。気をつける」
私は真剣に頷いた。
SAMAに到着し、更衣室へ向かった。
紺色のセーラー服を脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、スカートを脱ぐ。
下着姿になって、ロッカーから訓練着を取り出す。
濃紺のボディスーツに袖を通し、ファスナーを上げていく。
鏡で確認して、更衣室を出た。
廊下には、燈火くんが待っていてくれた。
一緒に、訓練室へと向かう。
扉を開けると――。
白の訓練着に身を包んだ柳瀬さんが、中央で待っていてくれた。
「こんにちは。よろしくお願いします」
私と燈火くんは、ペコリとお辞儀をして挨拶した。
「燈火、美月さん、こんにちは」
柳瀬さんが優しい笑顔で、挨拶を返してくれた。
「今日は、土属性の魔法を訓練してみましょう」
その言葉に、私の胸が高鳴った。
「はい!土属性、やってみたいです!!」
ワクワクした様子で答えた。
燈火くんが横目で私を見ていた。
心配そうな顔。
でも、私は気づかなかった。
「では、美月さん、さっそく土属性の魔法を発現してみましょうか」
柳瀬さんが促した。
私は、昼間ひなたが発現した土属性の魔法のイメージを思い出した。
足裏から魔力を流す。
土がモコモコしてくる。
そのイメージを高めていく。
集中する。
足裏へ、魔力を。
すると――。
私の足元の土が、僅かに波打ち始めた。
「いいですね。その調子です」
柳瀬さんが、慎重に私の魔力の流れを観察しながら言った。
その言葉を受けて、私はさらに足裏へと魔力を集めていく。
燈火くんが、私から距離を取った。
後ずさっていく。
私の足元の土が、モコッ、モコッと動き始めた。
自然な流れで、目を瞑った。
足裏へと、魔力を集中する。
もっと。
もっと――。
燈火くんが、《水鏡の盾》がいつでも展開できるように身構えた。
柳瀬さんも、表情を引き締めて私を見つめている。
次の瞬間――。
ブワッ!!
土埃を舞い上げて、私の身体が上方へと飛び上がった。
「きゃぁっ!!」
悲鳴を上げた。
空中に放り出される。
落ちる――。
ザアアアッ!
燈火くんが腕を振り、《水鏡の盾》を私の周囲に展開した。
水の球が、私を包み込む。
ジャボッ!!
頭から、水の中へ突っ込んだ。
「ごぼごぼっ……!」
また、溺れる。
水の球ごと、床へと下ろされた。
魔法が解除される。
水が消えて、私は床に座り込んだ。
「ゲホッ……ゲホッ……」
咳き込みながら、顔を上げる。
柳瀬さんと燈火くんが、やれやれといった感じで見ていた。
「美月、また風の魔法を切らずに出力上げただろ」
燈火くんが呆れ顔で言った。
立ち上がりながら、ポニーテールの髪の毛の水をボタボタと絞る。
「ごめん……」
申し訳なさそうに項垂れた。
「足からの魔法発現が初めてだったもので……」
「まあ、誰でも最初はこんなものですよ」
柳瀬さんが優しく語りかけてくれた。
「今度は気をつけます」
私は言った。
ところが――。
「いや、今のは、ちょっと面白いと感じました」
柳瀬さんが真面目な表情で言った。
「えっ!?」
驚いた。
「これ、上手に訓練したら使えるかもしれません」
柳瀬さんが顎に手を当てて、考える仕草をした。
「身体を打ち上げるってことですか?」
燈火くんが尋ねた。
「それもありますが……燈火の《水鏡の盾》みたいに使えるかもしれません」
柳瀬さんが考えを巡らせている様子だった。
私には、よく分からなかった。
土で盾?
「まあ、もう一度、風魔法を切った状態で土属性の魔法を発現してみてください」
柳瀬さんが指示を出した。
私は頷いた。
風魔法を切るイメージをしながら、足裏へと土属性の魔力を高めていく。
集中する。
風は、抑える。
土だけ。
再び、モコモコと動き始める土。
「もっと出力を上げて」
柳瀬さんの言葉に従って、私は出力を32パーセントへと上げていく。
モコッ、モコッとうねり出す土。
やがて――。
私の足元には、私の背丈ほどの土が盛り上がっていた。
「これは、すごい……」
柳瀬さんが感心したように言った。
「マジか……」
燈火くんも、目を見開いていた。
私は自分の足元の土を見下ろした。
こんなに高く。
こんなに大きく。
「土属性の魔法、できちゃった」
嬉しくなって、喜んだ。
満面の笑顔になった。
訓練を終えて、更衣室に戻った。
訓練着を脱いで、下着も脱ぐ。
シャワー室に入り、温かいお湯を浴びる。
シャワーヘッドからお湯を浴びながら――。
ふと、思った。
「足からも、風が出るんだ……」
独り言を言いながら、試してみたくなった。
ほんの少しのつもりで、足へと風属性の魔力を集めていく。
すると――。
足元から、風が発現した。
ゴォッ!
その風が、シャワーのお湯を巻き上げた。
お湯が、シャワー室の中を飛び回る。
「あわわわわっ!」
焦った。
焦った勢いで、足裏から出る風の出力が48パーセントになってしまう。
ゴォォォォッ!!
狭いシャワー室の中で、風が荒れ狂った。
お湯が縦横無尽に飛び回る。
まるで、洗濯機の中。
「きゃぁっ!!キャッ!!誰か止めてぇ!!」
小柄な身体が、翻弄され続ける。
その時――。
ジャバアアアッ!!
頭の上から、大量の水が降り注いだ。
「ガボガボッ……」
大量の水に、本日二度目、溺れかける。
でも、そのおかげで足元に発現させていた風の魔法が止まった。
やがて、水は排水溝へと吸い込まれていく。
せっかく温かいお湯で身体を温めていたのに、すっかり冷めてしまった。
シャワー室の床に、しゃがみ込んだ。
「また、やってしまった……」
反省した。
ゆっくりと立ち上がり、ずぶ濡れになった髪の毛を絞る。
シャワー室のドアを開けた。
すると――。
目の前に、ものすごく心配そうな顔の燈火くんが立っていた。
「だいじょ――」
燈火くんの言葉が途切れた。
彼の顔が、火を噴いたかのように真っ赤になっていく。
私は、燈火くんがいることに気を取られていた。
自分が、裸のままだということに気づかなかった。
「あ、燈火くん、助けてくれてありがと……」
そう言ってから――。
ハッとした。
自分の状態に、気づいた。
裸。
何も着ていない。
燈火くんの前で。
「――――っ!!」
声が出なかった。
でも、次の瞬間――。
「燈火くんのバカァっ!!」
叫んで、シャワー室のドアをバタンと勢いよく閉めた。
心臓が、爆発しそうだった。
顔が、熱い。
全身が、熱い。
恥ずかしくて、恥ずかしくて――。
「ご、ごめん!!」
ドアの向こうから、燈火くんの声が聞こえた。
「悲鳴が聞こえたから、心配で……!」
「も、もういい!!」
私は叫んだ。
「あっち行ってて!!」
「わ、分かった……」
足音が遠ざかっていく。
私は床に座り込んだ。
膝を抱えて、顔を埋める。
見られた。
燈火くんに。
裸を。
「うう……」
涙が出そうだった。
恥ずかしさで、死にそうだった。
でも――。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
燈火くんが心配して来てくれたこと。
それが、嬉しかった。
しばらくして、ようやく落ち着いた。
急いで体を拭いて、下着を着て、制服を着た。
髪を乾かして、ポニーテールに結ぶ。
鏡の前で、深呼吸をした。
「大丈夫……大丈夫……」
自分に言い聞かせた。
更衣室を出ると――。
燈火くんが、廊下の端で壁に背中を預けて待っていた。
私の姿を見て、顔を向ける。
でも、すぐに視線を逸らした。
彼の顔も、まだ少し赤い。
「……ごめん」
燈火くんが小さく言った。
「悲鳴が聞こえて、《水鏡の盾》で水を落としたんだけど……まさか、その……」
言葉が続かない。
私も、顔が熱くなる。
「わ、私も……ちゃんと確認しないで開けたから……」
しどろもどろになった。
沈黙。
重い、気まずい沈黙。
でも――。
「ありがとう」
私は言った。
「助けてくれて」
燈火くんが、ゆっくりと顔を向けた。
「……うん」
小さく頷いた。
私たちは、並んでSAMAの玄関へと向かった。
少しだけ、距離を置いて。
いつもより、ぎこちなく。
でも――。
それも、悪くない気がした。
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