第十二話「炎の訓練」
図書館を後にして、私たちは夕日に照らされた廊下を並んで歩いていた。
窓から差し込むオレンジ色の光が、床に長い影を作っている。
放課後の静かな学校。
生徒たちの声も、もうほとんど聞こえない。
昇降口で、私は上履きからローファーに履き替えた。
燈火くんも隣で、無言で靴を履き替えている。
校門を出ると、夕暮れの街が広がっていた。
私は燈火くんの隣に並んで、SAMAへと歩き出した。
「如月先生、すごかったね」
私が口を開いた。
「あの特異属性……《転写と完全記憶》。本当に憧れる」
「そうだな」
燈火くんが頷いた。
「記録として残せる能力は、戦闘には向かないかもしれないけど、すごく価値がある」
「うん。それに……あの固有魔法も綺麗だった」
空中に浮かび上がった本のページ。
光で投影された、完璧な記憶。
「私も、あんな風に……」
言葉が続かなかった。
自分にも、固有魔法が発現できるのだろうか。
如月先生みたいに。
燈火くんみたいに。
不安が、胸に広がっていく。
「美月も、遠くない将来、固有魔法を身につける」
燈火くんが、前を向いたまま言った。
断言するような、確信に満ちた口調。
「本当に……?」
「ああ。六つの属性を持ってるんだ。組み合わせ次第で、誰も見たことのない魔法が作れる」
その言葉が嬉しかった。
でも、同時に不安も残っていた。
本当に、私にできるのだろうか。
そんな私の表情を読み取ったのか、燈火くんが続けた。
「俺もついてる。心配ない」
クールな口調。
でも、その中に温かさがあった。
優しさが、滲んでいた。
心が、じんわりと温かくなった。
「ありがとう、燈火くん」
「別に、当たり前のことだろ」
燈火くんは少し照れたように、眼鏡の位置を直した。
いつもの仕草。
それを見て、私は微笑んだ。
やがて、あの漆黒の建物が見えてきた。
認識阻害の魔法が薄く感じる。
もう、慣れたんだ。
ここが、私の居場所のひとつになったから。
扉を開けて中に入ると、藤崎さんが受付カウンターにいた。
「お疲れ様、二人とも」
「こんにちは」
私たちは挨拶をした。
「今日も訓練、頑張ってね」
藤崎さんが微笑んだ。
私たちはそれぞれの更衣室へと向かった。
女性用更衣室に入り、鞄を置く。
セーラー服のリボンを解き、上着を脱ぐ。
ブラウスのボタンを外し、脱いでいく。
スカートのホックを外し、下ろす。
白いブラジャーと、ショーツだけになった。
ロッカーから訓練着を取り出す。
近未来的なボディスーツ。
濃紺の生地に、銀色のラインが走っている。
足を通し、腕を通し、背中のファスナーを上げていく。
体にぴったりとフィットする。
まるで、戦士になったような気分。
鏡の前で、自分を確認する。
ポニーテールが、この姿によく似合っている。
深呼吸をして、更衣室を出た。
廊下には、燈火くんが既に待っていた。
彼も訓練着に着替えている。
黒を基調としたボディスーツに、青いラインが走っている。
眼鏡は外していて、その瞳が真っ直ぐに私を見ていた。
「行こう」
「うん」
私たちは並んで廊下を歩き、訓練室へと向かった。
扉を開けると――。
柳瀬さんが、訓練室の中央で待っていた。
今日はスーツではなく、白い訓練着のようなものを着ている。
背筋がまっすぐで、その立ち姿には威厳があった。
「いらっしゃい、二人とも」
柳瀬さんが微笑んだ。
「こんにちは、柳瀬さん」
私たちは揃って挨拶をした。
「では、今日の訓練を始めましょう」
柳瀬さんが真剣な表情になった。
「美月さん、今日は火属性の魔法を発現する訓練をしましょう」
「火属性の魔法ですか!?」
私は驚いて聞き返した。
前回は風属性だった。
今回は、火。
「そうです」
柳瀬さんが頷いた。
「美月さんは六属性が発現できる希少属性の魔法使いなんです。全属性を発現できるように、訓練していきましょう」
その眼差しは、真剣そのものだった。
私も覚悟を決めた。
「はい。お願いします」
深く頭を下げた。
「それでは」
柳瀬さんが続けた。
「風属性の時と同じように、掌に火を発現するイメージで魔力を集めていってください」
私は頷いた。
両掌を広げる。
火のイメージ。
燃える炎。
温かい光。
体の奥底から、魔力を引き出す。
掌へ。
掌へ。
燈火くんが、私から少し離れた位置に移動した。
彼の手には、既に水が滲み出している。
万が一のための、準備。
集中する。
火を。
掌に。
魔力を開放――。
ゴォォォッ!!
掌から、猛烈な炎が噴き出した。
「わっ!!わわわわわっ!!!」
慌てた。
炎が、止まらない。
熱い。
いや、熱くない?
訓練着が、熱を遮断してくれているのか。
でも、炎が――。
ザアアアアッ!!
水が降ってきた。
燈火くんの《水鏡の盾》。
それが、私の炎を包み込んで消化した。
ジュウウウウ……。
蒸気が上がる。
炎が消えた。
私は頭から水を被って、呆然と立ち尽くしていた。
自分が発現した炎の威力に、放心状態だった。
「美月さん」
柳瀬さんの声で、我に返った。
「今の炎は、何パーセントのイメージで発現しましたか?」
「たぶん……」
私は気を取り直して、顎から水を滴らせながら答えた。
「32パーセントくらいだと思います」
「あれで32パーセント……」
柳瀬さんが顎に手を当てて、考え込んだ。
「美月」
燈火くんが近づいてきた。
「試しに、16パーセントに絞って発現してみろ」
私は頷いた。
もう一度、両掌を広げる。
今度は、もっと慎重に。
16パーセント。
最小限の出力。
魔力を、掌へ。
火をイメージする。
でも、炎じゃない。
小さな、火。
ろうそくの火みたいな。
魔力を開放――。
パッ。
掌の上に、火が灯った。
炎じゃない。
穏やかな、火。
揺らめく、オレンジ色の光。
「できた……」
小さく呟いた。
「柳瀬さん」
燈火くんが言った。
「さっきのは、火に風が加わって炎になったんじゃないですか?」
「なるほど」
柳瀬さんが頷いた。
「二属性の同時発現ですか」
「美月は、無意識のうちに風を纏ってる。だから、火を発現した時、自動的に風が加わって炎になった」
燈火くんの分析が続く。
「つまり、火だけを発現するには、風を抑制する必要がある」
なるほど。
だから、16パーセントだと火になったんだ。
出力が低いから、風の影響が少なかった。
「美月」
燈火くんが私を見た。
「掌を前に向けて、もう一回、32パーセントで火を発現してみろ」
「分かった」
私は掌を前方へ向けた。
今度は、炎になってもいい。
前方に向ければ、制御できるはず。
魔力を集める。
32パーセント。
火のイメージ。
でも、風も一緒に。
炎になることを、受け入れて。
魔力を開放――。
ゴオオオオッ!!
掌から、前方へ炎が噴き出した。
ゴウゴウと音を立てて。
まるで、火炎放射器みたいに。
でも、今度は落ち着いていられた。
前方に向けているから、安全。
炎が、訓練室の壁に向かって伸びていく。
「すごい……」
感嘆の声が、自然と出た。
これが、私の魔法。
「美月さん」
柳瀬さんの声が聞こえた。
「今の状態に、風の魔法を16パーセント上乗せしてみてください」
「はい」
私は目を瞑った。
集中する。
吹き出している炎。
そこに、風を。
16パーセント。
魔力を、さらに。
風を――。
ゴォォォォォッ!!
炎の勢いが増した。
一気に、倍の長さに延長される。
火力が上がる。
訓練室が、急激に熱くなっていく。
汗が噴き出す。
いや、これは汗じゃない。
水だ。
ザアアアアッ!
燈火くんが《水鏡の盾》を発現した。
範囲を広げて、訓練室全体を覆うように。
水の膜が、熱を吸収していく。
でも――。
ジュウウウウウッ!!
水が蒸発していく。
炎の熱と、水の盾が反応して。
訓練室が、蒸気で満たされていく。
モウモウとした、白い霧。
まるで、サウナのよう。
「美月さん、魔法を止めてください」
柳瀬さんの声が聞こえた。
私は慌てて、魔力の流れを止めた。
炎が消える。
静寂が戻る。
目を開けると――。
訓練室が、蒸気で真っ白だった。
何も見えない。
「すごいことになったな」
燈火くんの声が、すぐ近くで聞こえた。
蒸気の中から、彼の姿が現れた。
髪が濡れて、額に張り付いている。
「魔法を発現するときは、16パーセントから始めた方がいい」
優しい口調で、アドバイスをくれた。
「ありがと」
私は感謝を述べながら、自分の掌を見つめた。
まだ、熱の残滓が感じられる。
「私、火属性の魔法も発現できたよ」
嬉しくて笑みがこぼれた。
燈火くんも、小さく笑った。
「ああ。よく頑張った」
蒸気が、少しずつ晴れていく。
柳瀬さんの姿が見えてきた。
彼も、髪を濡らして立っていた。
でも、その顔には満足そうな笑みがあった。
「素晴らしい成果です、美月さん」
柳瀬さんが言った。
「火属性の発現。そして、風との複合。完璧でした」
「ありがとうございます」
私は深くお辞儀をした。
「ただし」
柳瀬さんが続けた。
「出力の調整は、もっと練習が必要ですね」
「はい……」
反省した。
いきなり32パーセントは、やりすぎだった。
「でも、今日で分かりました」
柳瀬さんが優しく言った。
「美月さんの魔法は、無意識のうちに複数属性が混ざる。それをどう制御するかが、今後の課題です」
「分かりました」
私は真剣に頷いた。
「次回は、水属性に挑戦しましょう」
柳瀬さんが微笑んだ。
「六属性全てを発現できるようになれば、固有魔法の開発も始められます」
固有魔法。
私だけの、魔法。
胸が高鳴った。
訓練が終わり、シャワーを浴びて着替える。
応接室で、お茶を飲みながら休憩した。
「今日は大変だったわね」
藤崎さんが笑った。
「訓練室、蒸気だらけだったって聞いたわよ」
「すみません……」
私は恥ずかしくなり、謝った。
「いいのよ。それだけ力があるってことだから」
藤崎さんが優しく言った。
「美月さんの成長は、驚異的よ。このペースなら、すぐに全属性を習得できるわ」
その言葉が、励みになった。
SAMAを出て、燈火くんと並んで帰路についた。
夜の街を歩きながら、私は言った。
「今日も、ありがとう」
「何が?」
「アドバイス。すごく助かった」
燈火くんは少し照れたように、前を向いたまま答えた。
「当たり前のことしか言ってない」
「でも、私には分からなかったこと」
私は彼を見た。
「燈火くんがいてくれるから、頑張れる」
燈火くんが立ち止まった。
そして、私の方を向いた。
「俺も、美月がいるから頑張れる」
小さな声で言った。
「だから、一緒に強くなろう」
その言葉に、胸が熱くなった。
「うん」
私は笑顔で頷いた。
二人で、また歩き出した。
夜空には、星が輝いていた。
私の魔法は、まだまだ未熟。
でも、少しずつ成長している。
燈火くんと一緒に。
この道を、進んでいく。
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