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希少属性(レアアトリビュート) ~特異属性で最強か最弱か分からない私と、正体を隠す彼の、嘘から始まる魔法恋愛譚~  作者: 鍼野ひびき


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第十話「訓練開始」


 訓練室の空気が、張り詰めていた。


 私は柳瀬さんと燈火くんと向き合い、深呼吸をした。


 耐魔法装備の訓練着が、体にぴったりとフィットしている。背中の銀色のラインが、呼吸に合わせて微かに光っているように見えた。


 「美月さん」


 柳瀬さんが優しく言った。


 「それでは、発現できたという風を起こしてみてください」


 「はい」


 私は右手を前に出した。


 掌を開き、魔力を集中させる。


 魔法基礎実技の授業の時と同じ。


 お風呂で初めて成功した時と同じ。


 リラックス。


 体の奥底から、魔力を引き出す。


 風をイメージする。


 そよ風。


 優しく、柔らかく――。


 ふわり。


 掌から、風が吹き出した。


 微かだけど、確かに。


 柳瀬さんが私の掌を見つめた。


 その視線は、鋭く、全てを見透かすようだった。


 「もっと魔力を注いでみて」


 柳瀬さんの声が、静かに響いた。


 「は、はい……」


 私は懸命に魔力を掌へ集めるイメージをした。


 もっと。


 もっと強く。


 でも――。


 風の強さは、ほとんど変わらなかった。


 微かなそよ風のまま。


 「うまく……いかない……」


 眉間に皺が寄る。


 額に汗が滲む。


 なぜ?


 魔力は確かに感じるのに。


 体の中に、確かにあるのに。


 それが、うまく形にならない。


 その時――。


 「16パーセントの出力を倍にするイメージで」


 燈火くんの声が聞こえた。


 顔を上げると、彼が真剣な目で私を見ていた。


 16パーセント――。


 そうだ。


 六つの属性に魔力が分散しているから、一つあたり約16パーセント。


 それを、倍に。


 32パーセントに。


 私は心の中でイメージを作り直した。


 16から32へ。


 数字で考える。


 具体的に。


 そして、掌に集中する。


 魔力を、もっと。


 16じゃない。


 32。


 倍。


 次の瞬間――。


 ゴォッ!


 掌から噴き出す風が、一気に強さを増した。


 「わっ!」


 思わず感嘆の声を上げた。


 風が、確かに強くなっている。


 さっきの二倍――いや、それ以上に感じる。


 「上手くいきましたね」


 柳瀬さんが微笑んだ。


 「その調子だ」


 燈火くんも頷いた。


 嬉しかった。


 初めて、自分の意思で魔法の出力を上げられた。


 燈火くんのアドバイスのおかげで。


 「次は……」


 柳瀬さんが続けた。


 「右掌だけではなく、左掌にも風を発現してみましょう」


 「両手……ですか?」


 「はい。多重属性の訓練の基本です。同時に複数の魔法を制御する」


 私は頷いた。


 右掌の風を維持したまま、左掌にも意識を向ける。


 集中。


 右は32パーセント。


 左にも16パーセントを。


 魔力を分散させる。


 体の中で、魔力が流れる感覚。


 右へ。


 左へ。


 イメージを固める。


 そして――。


 ふわり。


 左掌からも、風が吹き出した。


 成功――。


 そう思った瞬間。


 ゴォォォッ!!


 右掌の風が、突然強さを増した。


 「えっ!?」


 体が浮き上がる。


 いや、違う。


 回り始めた。


 クルクルと。


 まるでコマのように。


 「わっ!わわわっ!!」


 自分の体が制御できない。


 風に押されて、回転が止まらない。


 視界がぐるぐる回って、床と天井が入れ替わる。


 その時――。


 誰かが、私を抱き留めた。


 回転が止まる。


 温かい。


 しっかりとした腕が、私の背中と肩を支えている。


 顔を上げると――。


 燈火くんの顔が、すぐ近くにあった。


 「大丈夫?」


 優しい声。


 心臓が跳ねた。


 ドクン。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 早鐘を打つように、鼓動が速まる。


 顔が熱い。


 一気に、赤くなっていくのが分かった。


 男の子に抱きしめられたことなんて、ない。


 初めて。


 こんなに近くで。


 ふと気づいた。


 燈火くん、意外と背が高い。


 そして、逞しい。


 訓練着越しに感じる、しっかりとした体。


 普段の猫背からは想像できない、鍛えられた体格。


 「身長……何センチ?」


 思わず、突拍子もない質問が口から出た。


 燈火くんが少し驚いたような顔をした。


 でも、すぐに答えた。


 「176センチだけど」


 淡々とした口調。


 「そっか……25センチ差か……」


 私は彼の顔を見上げた。


 151センチの私と、176センチの彼。


 こんなに差があったんだ。


 普段は座ってることが多いから、気づかなかった。


 「美月さん」


 柳瀬さんの声で、我に返った。


 「今のは、左掌に風を発現しようとして16パーセントの魔力を注いだ結果、右掌に注いでいた32パーセントの魔力に、さらに16パーセントの魔力が加算されて48パーセントの出力の風になった。その結果、体が抑えきれなくなって回転してしまった状態です」


 柳瀬さんの分析が、冷静に響いた。


 私は慌てて、両掌の風を消した。


 魔力の流れを止める。


 風が消え、静寂が戻った。


 燈火くんが、ゆっくりと私の体を離した。


 離れた瞬間、少しだけ寂しく感じてしまった自分に驚く。


 私は柳瀬さんに向き直り、頷いた。


 「分かり……ました……」


 まだ、鼓動が落ち着かない。


 「でも」


 柳瀬さんが微笑んだ。


 「ほんの少しのアドバイスで両掌から風を発現させたのですから、筋がいい」


 「そ、そんな……」


 照れくさくて、視線を逸らした。


 「燈火くんのアドバイスが分かりやすいから……」


 また、顔が熱くなる。


 赤くなっているのが、自分でも分かった。


 燈火くんは何も言わず、ただ小さく笑っていた。


 「では」


 柳瀬さんの表情が、真剣になった。


 「次は、美月さんの最大出力を見せてください」


 「え……?」


 「今、右掌で48パーセント出せましたね。では、全力で風を発現したら、どうなるか」


 「できません……」


 私は戸惑った。


 「だって、全力なんて……どうやって……」


 その瞬間――。


 シュッ!


 目の前に、透明な刃が現れた。


 水の刃。


 『水刃斬ウォーター・エッジ』。


 燈火くんの固有魔法。


 それが、私に向かって――。


 「!!」


 考える間もなかった。


 体が勝手に動いた。


 ドッ!


 全身から風が噴き出す。


 体が後方へ、大きくスライドした。


 数メートル。


 一瞬で距離が開く。


 水刃が、私がいた場所を通過した。


 何も切らずに、霧散していく。


 「ほう」


 柳瀬さんが目を細めた。


 「交わしましたか」


 私は床に立ったまま、震えていた。


 心臓が、恐怖で早鐘を打っている。


 さっきとは違う。


 嬉しさじゃない。


 怖さ。


 「と、燈火くん……」


 弱々しい声で、抗議した。


 「驚かせないで……」


 燈火くんは申し訳なさそうな顔をした。


 でも、すぐに柳瀬さんの方を向いた。


 「柳瀬さん、たぶん美月は常時発動型の風魔法を身体に纏っているんじゃないでしょうか」


 「確かに」


 柳瀬さんが頷いた。


 「あの反応速度は、その可能性が高いです」


 「しかも」


 燈火くんが続けた。


 「今のは64パーセントくらいの出力で、身体の前面から噴出させてます」


 「この前の魔獣襲撃の時と同じ感じですか?」


 柳瀬さんが尋ねた。


 「あの時は、セーラー服が切り裂かれましたから32パーセントだったのかもしれません」


 燈火くんが分析する。


 「今回は後方へ大きくスライドして距離を開けてます。出力が倍になったことで、回避方法が変わった」


 二人の会話を聞きながら、私は思った。


 とんでもないところに来てしまったのかもしれない。


 ちょっぴり、後悔が頭をよぎった。


 でも――。


 「美月さん」


 柳瀬さんが優しく言った。


 「怖かったですね。ごめんなさい」


 その言葉に、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 「でも、分かりましたよ」


 柳瀬さんが微笑んだ。


 「あなたの魔法は、あなた自身を守っている。無意識のうちに、常に風を纏っている」


 「常に……?」


 「はい。それは素晴らしい才能です」


 燈火くんも頷いた。


 「俺も、最初はそうだった。水と火が、無意識に発動してた。制御できなくて、大変だったけど……」


 彼の目には、共感があった。


 「でも、それがあるから、危険から身を守れる」


 その言葉が、胸に染みた。


 「美月の魔法は、美月を守るためにある」


 燈火くんが真剣に言った。


 「だから、怖がらないで。自分の力を、信じて」


 私は頷いた。


 そうだ。


 怖がっている場合じゃない。


 私は、ここに来たんだ。


 訓練を受けるために。


 強くなるために。


 燈火くんの隣で戦えるようになるために。


 「もう一回……やります」


 私は言った。


 「今度は、驚かないから」


 柳瀬さんが嬉しそうに笑った。


 「その意気です。では、もう一度」


 訓練が続いた。


 何度も、何度も。


 風を起こし、制御し、消す。


 出力を上げ、下げ、調整する。


 時には失敗して、また回転したり。


 時には成功して、綺麗に風を操れたり。


 燈火くんが、時々アドバイスをくれた。


 「もっと集中して」「イメージを具体的に」「魔力の流れを感じて」


 その言葉が、私を導いてくれた。


 柳瀬さんも、優しく見守ってくれた。


 「良い。その調子」「今のは完璧でした」「素晴らしい進歩です」


 時間が経つのを忘れていた。


 気づけば、もう二時間近く訓練していた。


 「今日はここまでにしましょう」


 柳瀬さんが言った。


 「初日としては、充分すぎる成果です」


 私は息を切らしながら、頷いた。


 体は疲れていたけど、心は満たされていた。


 「ありがとうございました」


 深くお辞儀をした。


 「美月さん、よく頑張りましたね」


 藤崎さんが訓練室の入口から声をかけてくれた。


 いつの間にか、見守っていてくれたらしい。


 「シャワーを浴びて、着替えてきてください。お茶を用意しておきますから」


 「はい」


 私は更衣室へと向かった。


 シャワーを浴びながら、今日のことを思い返した。


 初めての訓練。


 魔法の出力を上げられたこと。


 両掌から風を発現できたこと。


 燈火くんに抱き留められたこと。


 その時の鼓動。


 温かさ。


 顔が、また熱くなった。


 シャワーの水を浴びても、頬の熱は冷めなかった。


 着替えを終えて、応接室に向かうと、柳瀬さんと燈火くんと藤崎さんが待っていてくれた。


 お茶が並べられたテーブルを囲んで、座る。


 「美月さん、今日の感想は?」


 藤崎さんが尋ねた。


 「楽しかったです」


 正直に答えた。


 「大変だったけど……でも、自分の魔法が少しずつ分かってきて、嬉しかった」


 柳瀬さんが微笑んだ。


 「それは何よりです。では、次回は水曜日。また訓練しましょう」


 「はい!」


 私は元気よく返事をした。


 SAMAを出て、燈火くんと並んで帰路についた。


 夜の街を歩きながら、私は言った。


 「今日、ありがとう」


 「何が?」


 「アドバイス。すごく分かりやすかった」


 燈火くんは少し照れたような顔をした。


 「当たり前のことしか言ってないけど」


 「でも、私には分からなかったこと」


 私は彼を見た。


 「燈火くんがいてくれて、良かった」


 燈火くんが立ち止まった。


 そして、私の方を向いた。


 「俺も」


 小さな声で言った。


 「美月がいてくれて、良かった」


 その言葉に、胸が熱くなった。


 二人で、また歩き出した。


 夜風が、心地よかった。


 今日から始まった、新しい日々。


 これから、どんな未来が待っているのか。


 分からないけど――。


 燈火くんと一緒なら、大丈夫な気がした。


お読みくださり有難うございます!!

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