第十二話 世界の反転
ーーギチ……ギチギチ……
メサイアが、軋むような嫌な音を立てている。
艦全体が震えていた。
“勇者……ショータ……早く遊ぼう……”
世界そのものから響くような神の声。
空気が震える。
心臓を直接掴まれるような不快感が、全身を這っていた。
「ショータさん……」
マルダが俺の手を強く握る。
その手は、小刻みに震えていた。
「リアナの姿で、これ以上好き勝手にさせてたまるか!」
怒りを押し殺し、叫ぶ。
「メーガン! ハッチを開けろ!」
『ショータさん……、お気をつけて……!』
ハッチのランプが赤く点滅する。
艦内に警告音が鳴り響いた。
ヒキガがハッチ横へ立つ。
「ショータ殿……ご武運を!」
――ピッ
ランプが緑へ変わる。
「行くぞ!」
俺はメサイアから飛び出した。
目の前。
空を埋め尽くすほど巨大な“真理の神”。
壁。
いや、世界そのものが立ち塞がっているようだった。
振り返る。
メサイアは、巨大な指で摘まれていた。
まるで子供の玩具だ。
「神よ……待たせたな!」
黄金の光を迸らせる。
「ここからは、俺たちの時間だ!」
“やっと出てきたか……”
“私を斃す勇者とやらが”
低く、冷たい声。
だがそこには、どこか愉悦が混じっていた。
「メサイアを離せ!」
「それには、マルダも乗っている!」
「お前を斃すことだけを考え、生きてきたマルダ……いや、卑弥呼が!」
拳を握る。
「俺たちの最後の舞台……見届け人が必要だろうが!!」
“……卑弥呼が描いた未来とやらが……”
“思い通りになれば良いがのう……”
神は、くつくつと笑った。
次の瞬間。
巨大な指が、軽く動く。
――バチン
メサイアが弾き飛ばされた。
「なっ……!」
凄まじい速度で回転しながら吹き飛ぶ。
“これはすまぬ。力加減を間違えたかな?”
神は、子供の玩具を弾いたように笑っていた。
「メサイアーーーーー!!」
遥か彼方。
メサイアが砂漠へ激突する。
――ズゴオオオオン!!
巨大な砂塵が空へ巻き上がった。
“潰れてしまったかな……?”
「くっ……!」
俺は全力で飛ぶ。
(みんな!!)
砂煙の先。
メサイアが炎に包まれていた。
黒煙が空へ立ち昇る。
「メサイア! 応答しろ!」
「みんな!!」
返事がない。
嫌な汗が噴き出す。
「くそっ……!」
「まさか……!」
“みんなは……生きてる……”
微かに聞こえた声。
チョーカーではない。
頭の奥へ直接響くような、不思議な声。
「今の声は……!」
『ショータ! 離れろ!』
グラムディルの怒声が響いた。
『全艦! 放水だ!!』
次の瞬間。
天空艦隊から大量の水が降り注ぐ。
轟音。
白煙。
メサイアを包んでいた炎が、みるみる消えていく。
その時だった。
空が暗くなる。
ゆっくりと。
世界から光が消えていく。
“あっはっはっは!!”
頭上。
巨大な神が、天空艦隊の上へ寝そべるように浮かんでいた。
まるで世界を覆う巨大な影。
“勇者よ……大変よのう……”
“ちっぽけな仲間を守りながら……”
“本気で、この私を斃すつもりなのか?”
神の巨躯が、太陽を覆い隠す。
暗闇。
圧迫感。
息が詰まる。
“舐めるなよ……人間ごときが”
“何が……愛の力だ……”
その声には、嫌悪と嘲笑が滲んでいた。
“一人では私に辿り着くことも出来ない……”
“この程度の人間に、一体何が出来るというのだ?”
神の巨大な瞳が、俺を見下ろす。
”この神に大口を叩いた卑弥呼……”
“お前も浮かばれなかったなあ”
マルダの顔が脳裏を過る。
“もう終わりにしてやろう”
“くだらない、この世界全てを”
神が右手を地上へ向けた。
掌に、白光が集まり始める。
世界が軋む。
『天空艦隊! 退避!!』
グラムディルの絶叫。
『全速力で神の真下から脱出しろーーー!!』
神の掌の白光が、一段と強くなる。
――パチン
指を鳴らすような音。
それだけだった。
だが次の瞬間。
「ウワアアアアアーーーーーーーー!!」
俺の身体が、今までにない巨大な白光を放つ。
“シバの真理の力か…だが”
“全く足らぬ”
白光が身体を裂く。
魂ごと燃えるような激痛。
「押し返す! ヌオオオーーーー!」
“消えろ”
冷たい声。
刹那。
白光と白光が、空で激突した。
――キィイイイイイイイイイ!!
耳を劈く高音。
世界そのものが悲鳴を上げている。
純白の衝撃波が、一瞬で世界へ拡がった。
渦巻く竜巻。
巻き上がる砂塵。
轟く雷鳴。
崩壊する大地。
割れた地表から吹き上がる灼熱のマグマ。
地獄だった。
世界の終わり。
「あ……あ……」
震えが止まらない。
呼吸すら出来ない。
やがて。
大気の振動が止まり、白光が消える。
静寂。
“ショータ……”
神の声だけが響く。
“見てみなさい”
冷たく。
残酷に。
“あなたが守れなかった……”
“この世界の崩壊を”
真っ黒な空。
そこにいたはずの天空艦隊は、消えていた。
跡形もなく。
地上は崩れ、裂け、沈んでいく。
メサイアも。
飲み込まれていた。
「あ……あぁ……」
膝から力が抜ける。
「そん……な……」
いや。
それだけではない。
サンサーラが消えていた。
山も。
砂漠も。
海さえも。
さっきまで世界だったものが。
何一つ、残っていない。
“この世界は終わったぞ、勇者”
“お前は今、たった独りだ”
「……そ、んな……」
頭が真っ白になる。
もはや言葉すら出なかった。
全てが、一瞬で。
終わった。
“今回は、少し期待していたんだがな……”
神が深くため息をつく。
“残念だが……”
“所詮はこんなものだ”
“全くの期待外れだった”
神の巨体が縮小していく。
黄金の光。
そして現れたのは。
懐かしい、リアナの姿。
「リ……リアナ……」
涙が溢れる。
「お、俺は……何も出来なかった……」
“運命に弄ばれた勇者か……”
“哀れよのう……”
リアナの姿をした神が近づいてくる。
そっと。
俺を抱きしめた。
「リアナ……」
声が震える。
「俺を……独りにしないでくれ……」
“勇者よ……”
優しい声。
だが。
“リアナは、とっくに死んだんだよ”
「ああああああああああーーーーーーー!!」
思考が壊れる。
胸の奥が空っぽになっていく。
悲しみ。
絶望。
虚無。
涙が止まらない。
神が耳元へ顔を寄せる。
“なあ、勇者……”
“私はな……これでも完全な力ではないんだ……”
“完全なる器…”
“イーナスなど、最初から必要では無かったようだ……”
冷たい吐息。
“お前ごときに期待していた私もなあ……”
“今、虚しくて堪らんのだよ……”
「も、もう……殺してくれ……」
“そうだなあ……”
“本当につまらない物語だった……”
“これで、幕引きだ”
リアナの身体が白光する。
暖かくもない。
冷たくもない。
ただ、無機質な純白。
意識が遠のいていく。
「みんな……ごめん……」
“ショータ!! 諦めないで!!”
「……だ、誰だ……?」
聞こえた。
確かに。
“ぬぬぬう……!!”
神の声が歪む。
“この気配……まさか!!”
次の瞬間。
力強い少女の声が世界へ響いた。
“この世界の全てを!!”
“私が護ってる!!”
「こ、この声は……!」
「まさか……!」
「ヘイン!!」
“ヘイン!!”
神と俺の声が重なる。
――パチン
再び、指を鳴らす音。
その瞬間。
世界が、反転した。




