第八話 役者は揃った
肉屋と魚屋に寄っている間、たぬ子は軽トラックの中で一人ぽつんと待機していた。
店内では道人が店の人と談笑をしながら、買い物をしている。その様子をたぬ子は軽トラの窓からジッと眺めた。
(お店の人と楽しそうに会話してます)
(〝お得意様〟というやつですね)
(わたくしはまだ正式採用ではないので、出て行けません)
ふと、たぬ子は心に疎外感なるものが生まれる。
(はっ、これは……あれですね?)
(恋人がお相手の友人やご両親に紹介してもらえないというやつですね?)
その心境とやらを想像して感じ取っていると、
「お待たせ」
店から道人が戻って来た。すると、何だかとてもホッとする安心感をたぬ子は得る。
(…………)
(どうやらわたくし、人間社会で不安を抱えているようです)
何やら物悲しい瞳のたぬ子。それに対して、道人は単に疲れが出ているのだろうと思った。脳が体育会系の道人にとって、複雑な乙女心を理解するには難しかった。
「よっし、ラストは大根舞台! ちゃっちゃと済ますか」
車は商店が建ち並ぶ町中を外れていくと、やがて田んぼや畑の広がる静かな場所へと辿り着いた。
目的地の畑には、木の看板に大きく『大根舞台』とデカデカと書かれてある。
「何か意味があるのでしょうか?」
「大根舞台だからな、大根を引く者はさながら〝大根役者〟ってとこだな。畑の持ち主の寒いジョークだろ」
そう言った目線の先には、小さなうどん屋が一件。
下ろし大根付きのうどんを注文すると、この畑から自分で大根を抜いてすり下ろさなければいけないという、過酷なサービスを提供するうどん屋として有名だった。
もう昼時を過ぎているというのに駐車場に数台停まる車の数を確認すると、道人はフゥと上下に肩で息をつき、負けてはいられないと気合を入れ直す。
隣に立つ小さな看板の下には、コンテナケースの上に大根が数本置かれあり、一本十円と書かれてあった。その横に小銭の入った缶がある。
「こんなに大きな大根が一本十円ですかぁ?」
「あぁ、それは破棄するような物だ。〝ス〟が入ってたりする」
缶の中にカランッと小銭を入れると、道人は畑の中に足を踏み入れていく。
「あのぅ、勝手に入っていいんですか?」
「うん、今それなりの代金払ったし」
と、大根を見定めていく。「お、これデカくて良さそうだな」引っこ抜こうとして、動きを止める。
「たぬ子ちゃん、大根引いたことある?」
「え? いえ。掘ったことはありますが」
「……へぇ、そなんだ」
もう、あまり意味不明な発言を深く考えるのを道人はやめた。
「じゃ、引いてみる?」
「は、はいっ!」
初めての体験に、たぬ子は気合いを入れて腕をまくる。そして大根の葉を両手に持ち、グイッと引く。が、抜けない。
「葉の根元しっかり持って、もっと足踏ん張って力入れなきゃダメだ」
「はいっ!」
大根の葉を握り直してしっかり掴むと、大股広げて構え力強く目一杯に引いた、「はっ!」
スッポ────ンッ!
大根は派手に土から飛び出した。
たぬ子は勢い余って背後へと体が傾き、ドッターンと尻餅をついて倒れ込む。
「んぎゃっ」
「大丈夫っ?」
「だ、大丈夫ですぅー」
そう言うたぬ子の眼鏡はズレ落ちて、チェックのシャツワンピースの裾はめくれ上がっていた。たぬ子の上半身を起こそうとした道人は慌てて顔を反らす。
「み、見えそう、隠してっ」
指を差して、嘘。〝見えてる〟ではなく〝見えそう〟と言った。うかつな発言は──危ぶない、バイトを逃がす! と、瞬時に判断。今はラッキーパンツよりも雇用問題だった。
たぬ子はハッとして、急いでスカートの裾を押さえる。
(失礼ながら、タヌキは服を身に付けないので履き慣れていません)
(今後は人としてのマナーにも気をつけなくてはいけませんね?)
──二人の心の中は、どこか何かが違ってズレてしまっていた。
「立てれる?」
「はい、だてに足腰鍛えてちゃいませんよっ?」
引っこ抜いた大根を持ち上げ、
「とても大きいのが抜けました!」
まるで大仕事を成し遂げたかのように鼻息も荒く興奮する。あまりの喜びように道人は苦笑交じりに「やったね」と褒めた。そして腰に両手を当て、フゥと一つ息を吐き、
「どう?」
「はい?」
「本当にうちの店でやってく気あるの?」
道人の真剣な眼差しの問いに、たぬ子はゴクリと唾を飲み込むと、ピンッと背筋を伸ばして正した。
「はいっ、ぜひ働かせて下さい! お願いします!」
腰を九十度に曲げる。
「よし、じゃあ決まり! よろしく頼むよ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」
たぬ子は顔をパアッと輝かせて目に涙を潤わす。
(これで……店主さんの、お役に立てることができます!)
そこで道人が、大きな疑問を尋ねた。
「けど、何でうちに? バイトならもっと自給のいいとこあるのに」
この質問は最初にするべきかと、今更ながら戸惑った。道人が設定した時給は最低賃金すれすれと言っても過言ではなかったからだ。
「え……と、それはですね……」
たぬ子は言葉に窮してしまう。道人の質問はもっともで、雇う側としては当然に思う事だろう。
(言えません)
(伝えられません)
(わたくしは、狸です)
(化かしたことが人間にバレるようなことがあっては、いけません)
(万が一、そうなった場合は……)
顔に陰りを落としそうになったがブンブンと頭を振り、すぐに明るい笑顔で当然のように言った。
「店主さんだからですよ! 店主さんのもとで働きたいと思ったからです! ……ダメですか?」
「あ、いや……」
一体どういう意味なのかさっぱり分からない道人は、やはり鈍感にも、うちに食べに来たことがある子なのかな、と。一瞬でも自分に気があるのかなどとは勘違いすらしないのだった。
「じゃあ、いつから出て来られる?」
「ぜひ、明日から!」
こうして、たぬ子の採用が決まった。張り切るたぬ子とは裏腹に、店主はちょっと一抹の不安を抱きつつ。
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