第四話 チャラい客
うどん屋は昼時がもっとも多忙になる。
『道』は、店を出てから数百メートル先を進めば、車が頻繁に行き交う太い道路に出ることができる。その道路沿いの一番近くの交差点には、うどん屋の数よりも少ない唯一のコンビニがある。それを地図の目印として、初めての客でも比較的に来店しやすい場所となっていた。
早朝には天ぷらなどのサイドメニューは作らない。──朝っぱらから、天ぷら食うのか? という、店主の主観により。
なので、昼前の十時頃になってから揚げたての天ぷらやいなり寿司がカウンターに並ぶ。常連客や口コミで情報を得て知った客は、その時間帯を狙ってやって来ていた。
うどん屋において、サイドメニューは武器でもある。『道』で一番人気の天ぷらは〝じゃが天〟だ。蒸かして潰したジャガイモを丸め、天ぷらにしているという、ごくシンプルなものだ。〝肉の入っていないコロッケの天ぷらバージョン〟と、長たらしい名称を付けられ親しまれている。ホクホクやわらかくて絶大人気なのだが潰す手間暇がかかり、発案者を道人は心の内で呪っていた。
営業時間はというと、朝七時から昼の二時がラストオーダーとなり、一旦準備中の看板が掛けられる。そして夕方の五時から夜の七時まで再び開店という、かなりのハードスケジュールをこなしていた。朝から夜まで営業している店は、この付近にはここしかない。
昼の時間帯を過ぎ、道人は休憩に入った。
自ら作り出した規定外の切れ端の麺を茹でてすすりながら、店内中央で一人ポツンと侘しく石油ストーブで温まる。
(歩……)
朝の一件をまだクヨクヨと引きずっていた。だが、問題は怒らせてしまった事についてではない。道人が顔を陰らしていると、
──ガラリッ
準備中にも関わらず、店の玄関を開けて入って来た珍客が一人。
「なーるせくん、元気ぃ?」
軽快なテンポで爽やかに入って来た一人の若い男性。うどん屋よりもどちらかといえばパスタ屋の方が似合いそうなルックスのイケメンである。
道人はその人物を一目見ると目をすがめ、
「……なんか、うどん屋って色気ねぇけど、かといって色男が来店しても嬉しくもなんもねぇよなぁ」
言って、すごすごと厨房の奥へと入って行く。
「鳴瀬くん、しっかり聞こえてるよー。相変わらず素直な態度でよろしい、結構結構。先生、もう怒る気なくして、逆に褒めちゃうなぁ」
自らを先生と称した男性は、テーブル席の椅子を引いてストーブ側に向いて座ると、チャラチャラした笑顔をしまい、
「おまえ、変な情報網を駆使しようとするのやめろ。……歩ちゃんなら、無事に登校してるって、田島先生から。何かあったら担任である田島先生の方から連絡あるだろ? それをわざわざオレを経由するのはやめてくれ」
叱り飛ばしたこの男は、正真正銘の教師である工藤亮佳──道人の元担任教師だ。
「……田島先生の番号なんて知らないし、学校に直接、電話するほどの事じゃないし、歩に気づかれたら一巻の終わりだし」
「だから、そこでオレを出してきて使うなっての。オレも一応、番号知ってるってだけであんま付き合いのある先生じゃないんだ。まぁ、歩ちゃんのことはオレからもよろしく言っておいてやったから、安心しろ。……言われなくても、教師なら受け持ち生徒の家庭の事情くらい知ってて気にしてるけどな」
工藤は元教え子だった生徒の後ろ姿を眺めながら溜め息を一つつき、「おまえの気持ちは分かるけどな」と小さく呟いた。
道人が気に病んで心配しているのは、妹に嫌われる事でも、学校に通わずに非行へと走る事でも、何でもない。ただ、事故にさえ遭わずに無事にいてさえいてくれれば、それだけで良い。もう二度と、事故は見たくない。自分自身、車の運転などしたくない気分なのだが、車社会では生活していけないので仕方なく乗っている。けれど事故現場の道路を走る時は、やはり生きた心地がしない。以前は避けて回り道をしたりもしていた。
朝──歩から返事がなかったのが、ひどく胸のざわつく不安感に駆られてしまい、たまらず工藤にメールを送って歩の無事を確かめてもらった。と、いう事だった。
厨房から出て来た道人は、うどん鉢を工藤の前に置く。
「昼の分のラスト一玉。あんま時間経ってんの出すの好きじゃないけど、直接来るとは思ってなかったから。それ、奢りにするよ」
「ラッキー」と、肉が二割増しのぶっかけ肉うどんを遠慮なく喜んで工藤が頂く。
「ところで、今日学校は?」
「おまえ、先生に先生みたいな質問だなぁ。今日は平日だからな、休み」
「あぁ」と、目の前にいる教師が現在は通信制の教師なのをわざとらしく思い出す。歩の通う高校の通信制課程で数学教諭をやっている。なので時々、こうして平日の昼間にここへと食べに来るのだった。──わざわざ車で四十分の距離をかけて、だ。
「ところで、今年はどうすんだ? 願書の受付なら早めに用意しておけよ」
「俺は、行かないって何度も言ってるだろ?」
「まぁ、そう言うな。高校は出ておいて何も損はない。もれなくお得にオレの楽しい授業もついてくるぞ?」
そう言って、毎年恒例に道人を通信制への入学を勧誘してくる。
──道人は、両親が交通事故に遭った高校二年生の時に中退していた。進級をせずに、働く方を選んび、スーパーやコンビニで働いたりしていた。すぐに店を継ぐ覚悟を決められた訳ではなく、道人なりに紆余曲折しながら、辿り着いた結論だった。
「歩ちゃんも来年で卒業だろう? そしたら来いよ、少しは余裕出るだろ?」
「それこそ大変になんだよ。ばぁちゃんも倒れちまって……まぁ、ばぁちゃんのことは何がどうなるか分かんねぇから、先々悩んでも仕方ないとして。歩には大学は無理でも、女の子なら短大くらいは通わせてやりたい思ってるし」
ブハ────ッと工藤がうどんつゆを吹く。
「おまえ、なに? 何なの、その古臭い考えと責任感は? 重い、聞いてる方が重い。しんどい、疲れる、えらい」
「うるさいっ。って、めんつゆ飛ばすなよっ。あーっ、ティッシュ切らしたの誰だぁ? 独身でな、のん気に自由に一人暮らしてるセンセーには俺の気持ち分かんねぇよ! ……家庭持ったって、分かんないだろな」
道人が吐いた最後の一言が意味するところが、心痛に聞こえた工藤だったが、あえて軽口で叩き返す。
「あぁ、分かんないな。分かりっこない。だって、オレはおまえじゃないもん」
「……っとに、お気楽でいいよな」と、道人がボソッと皮肉り返す。
道人には、同じ似たような境遇を持つ友達が周りにいない。年齢だけで見ればそう離れてはいない工藤は、せめても自分が気持ちの吐き出し口なってやる事ぐらいしかできないと思っていた。道人の中にある、張り詰めたような糸がいつか切れてしまぬように──と、危惧をしながら。
「ま、おまえの高校についてはいつになっても構わない。うちは何歳だろうとウェルカムだからな」と、工藤はズズズッと、うどんつゆを飲み干すと話を切り替えた。
「どうでもいいけど……おまえのうどんって、やっぱり親父さんのより不味いよな」
「どうでもいいなら言うなよっ、余計なお世話だっての!」
どいつもこいつも、ズゲズケと人の痛い心をえぐりやがって! と、歩の無事を知った道人はすっかり元気を取り戻して、心中で思いっ切り悪態をつく。
だが工藤は大学時代、うどん愛好家サークルの先輩に無理矢理連れられ、ここ『道』へと来店した事があるのだと言う。何軒か回った店の中で、ずば抜けて美味かったらしく、今でも舌に記憶が残っていると本当か嘘か言い切る。その鮮明な記憶で残っている味を、道人は藁にもすがる思いで知りたく、色々と参考に話を聞き出したりしていた。……岩次郎は口うるさいだけで記憶力がイマイチ怪しい。
「素材は合ってんだ、素材は。いりこに昆布にかつお節。って、基本の出汁の三種類だ。それぞれの品は仕入れ先に教えてもらったし。出汁の取り方だって、基本は一応、ちゃんと勉強した。調味料だって、厨房にあった同じメーカーのを使ってるし……あとは、なんだ?」
「分量と調合。おまえの明らかに色濃いんだけど? 調味料で味ごまかそうとしてるんだろ? あとは、愛と真心。おまえのはただ熱心なだけで、うどんに愛情が込もってないの」
「なーにが、愛情……」と、あながち間違ってはいないかもしれないアドバイスに、言い返そうとした口を閉ざして言葉を引っ込める。
「まぁ、別にオレはこれでもいいけどな。いなり寿司があるしぃ」
そう言い、立ち上がった工藤はサイドメニューを置いてあるカウンターへと移動する。
うどんがサイドメニューに負けた……が、それに助けられているという、何とも嬉し悲しき複雑な心境。だが、いつまでも悲観に憂いている場合でも無駄話をしている場合でもない。夜からの仕込みをしなければいけない。道人も重い腰を気合で上げた。
「いなり、パックにいっぱい詰めてくれ」
「センセー、いくら一人暮らしだからって、いなりだけじゃ栄養取れないぞ? しその天ぷらが一個残ってるけど、いる? 天ぷらの衣を食うようなもんだけど、一応これ、野菜」
最近、来店してはいなり寿司ばっかりを買って帰る工藤に、道人はちょっとばかし優しく気にかける。
「これは、オレのじゃない。彼女に手土産」
さも、嬉しそうにデレついた顔で言った工藤。
「いなり寿司の好きな女? ふぅん」
さも、興味なく返す道人。
「あれ? 興味ない? 色々、聞かない?」
「うん。どうでもいい。俺、今忙しいからな」
「おまえはどうなの? うどんばっか作って、彼女は作んないの?」
「うん。って、俺のことはいいからな、ほっとけ」
「今度、彼女連れて一緒に来てもいいか?」
「あぁ、ぜひとも頼むよ。常連客が一人でも増えるのは大歓迎だぁ」
「ん? 来たことあると思うぞ? この近くの神社の娘さんなんだ」
「へぇーそりゃあ、また珍しい彼女さんで……」
道人はピタリと手を止め、菜箸でつまんでいる〝お稲荷さん〟をジッと見た。
「なぁ、狸は油揚げが好きだってばぁちゃんが言ってたけど、タヌキとキツネって仲良いのかな? 悪いのかな?」
キョトンとした純粋な瞳で質問する道人に「ん?」と、工藤は一瞬止まった後、
「……先生、おまえのその時々、ヌケたこと言うところが可愛くて好きだな」
「はぁ? なっ……にが」
小馬鹿に子供扱いされたのにムスッとした同時に、何を気恥ずかしいことを言う奴だと、道人は体をゾッとさせる。工藤にとっては道人が何歳になろうと、いつまでも可愛い教え子である。
「あんたが、うちにうどん食いに来てんのは彼女に会いにかよ、ったく」
「なに、嫉妬? ちゃんとおまえのことも心配して来てやってるって、安心しろ。ほら、スネるな」
と、頭にポンッと置かれた手を道人はジャマくさく手で払い退けると、
「ハイハイ、分かったから。くだらない冗談言ってないでこれ持って早く彼女さんとこ行けって。これ、天ぷらつけといてやるな、特別大サービス。割り箸は一膳でいいのか? 二膳付けるか? 彼女さんにくれぐれもよろしく言っておいてくれよな」
いなり寿司と天ぷらが入ったプラスチックパックに輪ゴムをかけて割り箸を添えると突きつけるように渡し、工藤の背中をグイグイと玄関へと向かって押しやっていく。
「どうも、今日はご足労おかけしました。すみませんでしたね。じゃ、またいつでも来店して下さいね、お待ちしてます。どうも毎度、ありがとうございましたぁー」
「おい、道人っ」と、まだ何か言いたそうな工藤を強引に玄関の外へと追いやると、ピシャリッと戸を閉めた。
フゥ。と、道人は静かになった店内に息を吐き出す。
自身が蒔いた種とはいえ、少々疲れてしまった。チャラチャラとした教師らしくない見かけと態度の工藤とは、正直あまり気が合わなかった。
(……彼女、ね)
彼女よりも、猫の手が欲しい。この際、猫じゃなくてもいい。と、道人はカウンターの上に置いてある狸の置物を手に取り思う。
「禿さん、金のやかんになってくれよ」
──浄願寺の禿さんの話。
貧しい老夫婦のために金のやかんになって、売られていって、火にかけられてはゴーシゴシ。頭が禿げちゃったよ、しーくしく。
道人は禿狸の頭をつるつると優しく撫でた。
読んで頂きありがとうございました!
あらすじにあるヒロイン的な化け狸はもうちょいで登場しますので、少々お待ちを。
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