第五話 腹ペコ狸
夜、『道』は七時をラストオーダーで閉店となる。
道人は客がいなくなった後、客室のテーブルを拭いて上に椅子を片して、床と玄関先を掃いていた。
「お兄ちゃーん、ご飯できてるよー」
そこへ、歩が母屋の玄関から道人に声をかける。
「あぁ、もう少しで行くー。今日、なんだ?」
「お兄ちゃんの好きなオムライスー」
「グリンピースは?」
「ちゃんと入れてないよっ。ほーんと、子供みたいなんだから。冷めないうちに早く食べよ!」
そう言って、歩は家の中へと入っていく。道人は苦笑しながら「あぁ」と答え、いつも通りの歩の様子にホッと安堵する。
いつまでも根に持つような性格の歩でも、兄妹仲でもなかった。
夜ご飯は皆で一緒に食べるのが、鳴瀬家のルールである。道人は朝が四時起きと早く、歩は学校が休みの週末も昼間は店が忙しいのもあり、家族の団らんは夜ご飯の時だけだった。
いくつになっても大好きなオムライスに心を躍らせながら、ほうきとちり取りを倉庫へと閉まって店の玄関まで戻って来ると──、
「うおっ」
道人は驚いて声を上げた。
店内に見知らぬ動物が一匹──口にジャガイモをくわえている。
一瞬、近所のネコかと思ったが、ネコはジャガイモを狙わないはずだし、見た目が全然違う。
「なんだ、おまえ? アライグマ?」
横長な丸い顔は、耳と目元が黒く、額や鼻先は白っぽい。体の四肢は黒いが、全体的に茶色く、ずんぐりむっくりしている。尻尾は丸くて太かった。
「もしかして、狸?」
問いかけるが、アライグマもしくは狸は、くわえていたジャガイモを口からボトッと落として逃げようとした。が、道人が玄関口にいるため、逃げ場を失いパニック状態。慌てふためき、腰を抜かして足をバタバタと滑らしてしまっている。
その滑稽な姿を珍しく観察していた道人は、後ろ足に何やら怪我を負っているのに気づく。そして、今朝の西村が狸と事故を起こしたという話を思い出した。
「おまえ、やっぱ狸だろ?」
狸は何も答えず、店内の隅っこの壁際の角で身を縮こまらせてビクビクと怯え震えている。
「……腹減って、山から下りて来たのか?」
冬でフサフサの毛に覆われているものの、狸は少し痩せ細って見えた。
「そんな、別に鉄砲で撃って煮たり焼いたりして食ったりしねぇって」
逆に脅かすような恐ろしい事を口にしつつ、近づいて床に転がっているジャガイモを拾い与える。
「ほら、食えよ」
狸は固まったまま、身動きしない。とても道人の手から直接エサを食べそうにない。仕方なくジャガイモを狸の側に床の上へと置く。すると、お腹を空かしている狸は警戒しつつもチラチラとジャガイモを気にする。
「おまえ、後ろ足のケガは? 大丈夫か?」
道人は何のためらいもなく、いきなりグイッと狸のお尻を掴んでで持ち上げた。狸はビックリしたのと、怪我した足にほとばしる激痛に、目玉をひん剥き口をカパーッと開いて声にならない悲鳴を上げた。尻尾がピーンッと立つ。
「あぁ……これ、折れてんじゃないか? ちょっと待ってろよ」
道人は何かを思い立ったように、厨房の中へと入って行く。
痛くて目に涙を浮かべている狸は、それでも目の前のジャガイモに鼻をクンクンと近づける。このままくわえて走って逃げ去りたい。けど、怪我をした後ろ足が痛みで痺れて動けない。どうしようかと焦る。
厨房から出て来た道人は、
「ほら、これ。おまえの好物の油揚げ。特別サービスしてやっから、食えよ」
──道人は、本当に狸の好物は油揚げだと、もはや思い込んでいた。だが、狸の油揚げに対する反応は、ジャガイモとあまり変わらない。
「ほら、ほら」と、鼻っ面に無理に押し当てられた狸は、戸惑い困った顔をしていたが、やけくそに気味にガブッと油揚げにかぶりついた。
口に入れた油揚げ。甘辛く油の混ざった汁がジュッワっと口いっぱいに広がる。狸はもうたまらず、道人の存在にも構うことなくハグハグと夢中でがっつき食べた。
「やっぱ、好きか」
と、ますます勘違いに覚えてしまった道人は、エプロンの前ポケットからハサミを取り出すと頭に巻いたタオルを外し取り、それを縦に細長く切った。一緒に用意して持って来た割り箸もハサミで少し短くカットする。そして、狸の下半身をグッと脇腹に抱え込むよう持ち上げた──狸は真っ逆さま状態となる。
「ちょっとジッとしてろよ。すぐ済ますからな」
そんな、無茶な。
狸は今しがた食べた油揚げが胃から逆流して吐きそうになるのと、再び襲いかかった激痛に目を血走らせて前足をバタバタと床を引っ掻き回す。
──二分後。
「よっし、できた!」
折れた後ろ足を、割り箸を支え木にして固定したのだった。正しいやり方は分からずいい加減だったが、何もしないよりかはマシかもしれないし、傷も早く治るだろう。と、道人が考え出した、どこかで見聞きした応急処置法。
狸は完全にショック状態に陥り、置物のように固まってしまっている。
「いいか、しばらくはこれ取っちゃダメだぞ? 噛んで外すなよ? 分かったか?」
放心してしまっているタヌキの頭を撫でながら、言葉が通じないと分かっているのだが、説明してよーく言い聞かせる。
やがて正気を取り戻したタヌキは、乱暴に荒治療をされた後ろ足をしきりに気にしながらも、ヒョコヒョコと、一歩一歩と歩いてみせた。
「ん、よし。ちゃんと歩けるな」
それを確認すると、道人は玄関の戸を開けて外へと導く。そして、先程のジャガイモを狸に差し出してやる。
「もう、こんなとこまで下りて来るんじゃないぞ。ちゃんと山へ帰れよ。道路もな、横断なんかしちゃダメだぞ」
今度は道人の手からジャガイモを素直に受け取り口にくわえた狸は庭先へと出ていく。何かを言いたそうな顔で道人を振り返った後、その場からゆっくりと静かに立ち去っていく──。
(……山にエサがないから、人里に下りて来たんだよなぁ)
自分の言った言葉に矛盾があるのを知りつつ、暗闇の中へと消えていく狸の後ろ姿に、無事を願うしかなかった。
読んで頂きありがとうございました!
いよいよ次回、
人外ヒロイン(!?)登場します!
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