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第三十一話 復活

 家の修理工事は半月程で終わった。店の外壁も一週間とかからずに直ったが、しばらく〝準備中〟の札が玄関にかけられたまま、沈黙を閉ざし続けていた。


「なんな、これ?」


 西村が人差し指と中指で一枚のハガキを挟んで岩次郎(がんじろう)に見せて尋ねる。


「知らん」と、岩次郎は即答。


 二人は『(みち)』の店先にて、岩次郎は外の席であるベンチに腰掛け、西村は煙草を吸いながら足を貧乏揺すりさせて立っていた。


 問題のハガキには、〝感謝祭〟とだけ簡素に書かれている。今日がその日付だが、詳細は不明だ。


「何がやろ? 何すんやろ? って、まだ店開いてないがな」


 店には準備中の札がかかったまま、鍵もかかった状態で中に入る事も出来ないため、仕方なく外で待っている二人だ。

 日曜日の正午。空はすっかり春のぽかぽか陽気に包まれていた。


(あゆむ)ちゃんは?」


「おらん」


 すでに家の玄関チャイムを押してみていた岩次郎。庭に洗濯物が干されているため、長時間の留守ではないと思われた。


「家、けっこ(きれい)に修理しとるやん」


 西村は家の裏手をウロウロと見て回る。西村も廃材処理の助っ人を買って出ていた。西村にとっては本業みたいなもので、それは手際良く慣れたものだった。自身が一部手伝った家の修復後を感慨深く眺める。


 そこへ、白川がフラフラと杖をついてやって来た。


「シロさんも来よったか」


 ベンチの横を空け、腰掛けるように岩次郎が誘う。辺りにはいつしか顔を見知った常連客達がポツポツと集い揃っていた。


「白川さんもこのハガキ届いたんな?」


 丸めて手遊びしていたハガキを西村が差し出す。


「何て書いとるんやぁ? わし、見えん」


 老眼鏡があって読めたとしても、読解力が怪しい。通知を知った家族に言われるがまま、やって来た白川だった。


「シロさんに〝感謝状〟を表彰してくれるらしいわ」


「えー」


 岩次郎が面白可笑しく茶化す。


「それより〝謝罪状〟ちがうん? 寒い中、客待たせといてなぁ」


 声を大にして西村が言ったと同時──店の玄関が開かれた。中から出て来た店主は、表情の奥に怒りを隠した顔でニッコリと笑った。


「どうもすみませんねぇ、お客さん。大変お待たせしまして」


「あっ、道くん。ごめんごめん、冗談やきん」


 怒鳴るよりも笑って皮肉る時の方が怖いのを知っている西村は、片手を立てて拝む真似をした。


 しかしながら、いつもと何ら変わらぬ様子の道人に、居合わせる常連客達は皆、安堵の色を浮かべる。閉店中が続いた『道』に誰もが少なからず心配していたからだ。閉店という噂も広まりつつある所だった。


「ホントみなさん、お待たせしました。どうぞ中へ……って、押し寄せるなっ」


 店主を押しのけて暖かい店内へと、岩次郎をはじめ客達は言われずともサッサと入る。店主が店主なら、客も客である。


 中へと入ると──、


「いらっしゃいませぇ」


 たぬ子がほんわか温かい笑顔で出迎えた。

 久しぶりに会ったたぬ子の姿に老人の常連客たちはホッと心を和ませる。そして、せっせと各客席のテーブルへとお盆に乗せたうどんを運ぶ、たぬ子。


「かけうどんですぅ。ぜひどうぞー」


「あれ、俺まだ注してないで? 道くん、メニューかけうどんオンリーにしたん?」


 西村同様、他の客達も顔を見合わせて少々戸惑っている。


「んなワケないだろ、ハガキに書いてただろ? みなさーん、今日は特別にかけうどん無料サービスでーす!」


 言ったが途端、合図のように割り箸をすかさず手に取り割って、遠慮なくうどんに手を付ける客達。


「何それ? 書いてないやん、道くん! ……何杯でも?」


「何杯食えんの? 西さん」


 道人の挑戦的な笑みに西村は、しまった! とばかりに後悔する。先程、『丸丸(まるまる)うどん』へ行って来ていたのである。

 そんなカウンターでの道人と西村の小競り合いをよそに、岩次郎は一人黙って食い入るように丼鉢の中を見入っていた。


 中にはいつもとは明らかに違う透き通るような透明な黄金色の出汁。湯気からは深い、いりこ出汁の香りが鼻を通り口の中に広がりその味が伝わってくる。

 うどんから目を離さないまま岩次郎は割り箸を手に取ると、その箸の先で麺を軽く押し当て色合いを確かめ、そこから滲み出た出し汁を丼鉢に口をつけて含む──すると、一瞬目を見張らした岩次郎。もう一口含むと、今度は目を閉じて五感を研ぎ澄ます。そして、箸で持ち上げたうどんを口にすると、我を忘れたかのように夢中にズーズーと音を立ててすすった。


 つゆも全部きれいさっぱり飲み干し終え、丼鉢をテーブルの上へとドンッと置くと、放心したように言った。


「……道さんや。道さんの……あの、『道』の味や、間違いない」


 隣で岩次郎の情熱込めた食いっぷりに呆然と見とれていた西村も、うどん鉢に口をつける。


「ホントや、なんか思い出してきたかも」


 かつての記憶が舌に蘇る。


「なつかしぃ……」


 白川も決して忘れてはいなかった。外気で冷えていた頬をほくほくと温めながら遠い目をする。


「道人」


 カウンターに立つ道人に向かい、


「満点じゃ! ようやった! 一人でようがんばったの、これで『道』の復活じゃ!」


 力いっぱいに込めた大声を店内に響き渡らせた。


 無心でうどんをすすっていた他の常連客たちも同じ気持ちだった。ついに岩次郎が認めた! と、どこからともなしに手を叩く音が一つ、二つと、やがて拍手喝采が湧き上がる。まさに祭りのように店内は騒ぎ出す。


 その様子を、道人は腕を組んでカウンターにもたれて静かに見守っていた。


「どしたんじゃ?」


 妙に落ち着き払っている道人を怪訝に岩次郎が声をかける。


「違う。これは俺が作ったんじゃない」


「?」


 岩次郎がピタリと動きを止め眉をひそめれば、周囲の空気もピタリと止んで静まる。


「じぃちゃんと親父……いや、狸が教えてくれたのかもなぁ」


 ボソリと小さくつぶやく。


 道人の後ろに下がって佇んでいた、たぬ子がピクンと反応して、お盆を両手でギュッと抱え持つ。


「みんな、喜ばせといて悪いや。──祖父の道重、親父の道和と二代続いた『道』は、今日で最後です」


読んで頂きありがとうございました!


物語も終盤です。


毎日、更新中です。

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よろしくお願いします。

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