第三十話 ついに!?
道人がバッと狸の置物を祖母から横取りすると、上下左右にひっくり返し回す。歩とタヌキもビックリした顔をして見る。
「あの狸さんを助けた数日後の晩。じぃちゃん寝とったら、枕元に死んだお父さんが立っとったって言うて。生きとったらおまえらのひいじぃちゃんになるの。そんで目を覚さしたらの、じぃちゃん慌てて厨房に向かっていって。そん時に完成したんが、今の『道』の味じゃ」
「ん? どゆことだ?」
狸話に突然、曾祖父が入り混じる。そして『道』の味は最初から完成していなかったのだと、祖母は今言った。
「じぃちゃんがうどん屋に憧れたんは、ひぃじいちゃんが作るうどんが好きやったきんや。昔は誰でも家でうどん打っちょったきんの。でも、ひぃおじいちゃんの味はよう真似して作れんかった。道人と一緒で諦め悪うて、毎日試行錯誤しよったわ。……あたしが思うに、狸さんが夢ん中でひぃじぃちゃんに会わせてくれたんやないやろかって。じぃちゃんは絶対にそうじゃとは言わんけんどの」
それは先程の道人と同じ考えだったのかもしれない。祖父が亡き今、どんな不思議な狸話が隠されているのかは誰にも分からない。今はそれよりも、
「頭に横線の隙間がある。コレ、そうだ貯金箱だった」
「いくら入ってるのかな?」
「阿呆っ」
「誰が阿呆よっ、漢字で言わないでよっ」
怒った歩が狸の貯金箱を道人から奪い取り、そして耳元で振って中身の音を聞く。しかし、何の音もしない。狸の耳には聞こえるかもしれないと、歩はタヌキの耳元で振ってみせる。するとタヌキは前足を片方、貯金箱に乗せた。
「ここほれワンワン? もしかしてお札?」
貯金箱はちょうど四つ折りした紙幣がギリギリ入る大きさだ。つまり、それくらいのサイズの紙が押し込まれると、中で詰まってしまって揺れ動く音はしない。歩は入口に目を細めて必死に中を覗こうとする。道人はゴロリと布団の上へと寝転がった。
「ちょっとぉ、なに寝てんの? これ、どうすんの? ねぇ、お兄ちゃん!」
ベシッベシッと歩が背中を叩くも、道人は無視を決め込んで応しない。
歩がムキになって怒りが本気になろうとしたところへ──ガバッと、道人が勢い良く起き上がった。
「ばぁちゃん、ワリィ」
貯金箱を掴み取って立ち上がると、座敷を出て玄関の外へと走り出る。
「ちょっと、なに?」
後を歩が追うと、タヌキもタッタカと後に続く。祖母は、お供えした二つのおはぎを下ろしてモゴモゴと、「なんや、にんぎょしなぁ」と仏壇へと向かって話かけた。
「お兄ちゃんっ?」
歩が倉庫へと着く直前に物が破損する音が派手に聞こえた。
嫌な予感がした通り、カナヅチを手にしゃがみ込んだ道人の足元には、バラバラに砕けてしまった狸の貯金箱があった。
「それって……形見も同然じゃないの?」
「だから、先に断っただろ」
それが通じて許される事がどうか。だが、もうすでに壊れてしまった貯金箱に、歩は恐る恐る近づく。破片に注意しているのではなく、乱暴にも破壊してしまった兄と、目に見えないであろう祟りが少し怖いからだった。
タヌキは音にビックリして耳がつんざかれてしまい、身を固めて立ち止った状態だ。
道人は破片をつまんで欠片の中から的中した目的の物を拾い上げる。
「なにそれ? 紙切れ?」
紙幣ではないのがハッキリと分かる。それほど劣化はしていない白い紙が薬包みされていた。
道人はそっと中身を開いていく。一つ一つ開き、最後に三角の形になった状態で、歩が顔を引き、何か変な物が出てきたらすぐに避けれるように身構えた。
カサリ──
開かれた中には──何も入ってはいなかった。
何かを包んでいたのではなく、厳重に折り畳んで見えなくしていたのだろう。折られた紙にはメモが書き記されていた。
「なに? レシピ? 隠された『道』の味って……まさかこれのこと?」
癖の強い崩し文字は、祖父の書いたものだろう、店の古いメニュー札の字とよく似ている。文字の他に数字も書かれていた。字も読みづらく、歩には何を示す数字か分からなかったが、道人にはそれが何かピンときた。
「お兄ちゃん、やったね! これで秘伝の味が復活できるよ!」
歩は万歳三唱で喜ぶ。が、道人は険しい顔つきでジッと紙切れに視線を落としたまま。やがて、クシャリと、手の平で握り潰すと、ぞんざいにズボンのポケットにそれを突っ込んだ。
「……お兄ちゃん?」
「後片付けするから、先に寝てろ」と跳ねつけるように言った。
何も有無を言わせないといった態度に、歩は兄の胸の内をそっと悟り、素直に黙ってタヌキを抱いて立ち上がる。
倉庫から出る際、
「……さっきはゴメン。あたしは、お兄ちゃんのうどんもキライじゃないよ? だから、今の『道』のままでもいいと思う。だって、ここはもう、お兄ちゃんの『道』だもんね」
と、歩は壁から顔を半分覗かせ少し照れくさそうに。
──狸なんかに頼りたくない。
その気持ちが歩にも分からなくはなかった。このレシピがなくとも、いずれ兄は自らの力で再現させてみせただろうとも。なんせ兄には強情で頑固な祖父と父の血が流れているのだから。
きっと、祖父も狸に教わったのではなく、手助けとなる〝道案内〟をされたのだろうと歩は思った。
「歩……」
「じゃ、おやすみ!」
タタタッと玄関まで歩は向かって行った。
「……俺の『道』か」
工藤にも言われた。
その答えは、まだハッキリと見出す事はできていない。
少ししてから、歩と入れ替わりに祖母がソロソロと歩いてやって来るなり、「ほほほっ、割ったんかい」叱ることはなく、さも面白そうに呑気に笑った。「中になんぞ入っとったかい?」
「……なぁ。ばぁちゃんは、俺の味……この店どう思う?」
一緒に店を切り盛りしていた頃から、一度も何も言われた事がなかった。うどん作りにおいて口出しはしない代わりに、何も一切教えてはくれない。
「じぃちゃんはじぃちゃんの、お父さんはお父さんの、同じようで違うとこがあった。それぞれ良いとこも悪いとこもあった。ほんだきん、道人も道人のやり方でやっていったらええ。もっと、自分の味に自信持ってええんやで」
みんなして、似たり寄ったりのことを言うものだ。しかも、一番難しい答えを──先行く道は見えない。自ら開拓しろと。
「……うん。ありがと」
重い腰を立ち上げながら苦笑する。けれど、みんなの言葉を受け、何か心のわだかまりが解けて吹っ切れていくのを感じた。
「ばぁちゃん。必ず、もう一度、じぃちゃんの、『道』のうどん、食べさせてみせるから」
祖母は、「そななん、もう忘れたわ」呆けか本当か、笑い吹き飛ばした。
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