第二十九話 隠された狸話
久しぶりにみんな揃って夕飯を済ませた後も、道人は作業を行い続け、その後、しばらく店の厨房にいた。
時刻はすでに0時だ。
歩はまだ起きているだろう時間帯だったが、毎晩、夜早く寝る道人は夜更かしに慣れておらず、大きくあくびをしながら座敷の戸を静かに開ける。──台所が焼けて家屋が隙間だらけで不用心なため、夜は一階の座敷で寝るようにしていた。
すると、てっきりもうすでに眠っているだろうと思った祖母が起きていた。薄明りの中、仏前へと向かって座っている。ろうそくの灯りが祖母の姿を温かく包んで映し出していた。
「あれ? 起きてんの、ばぁちゃん」
足元が悪いので道人が部屋の電気を付けると……祖母の側にタヌキが一緒に座っていた。
「あ、コラ、タヌキ! 座敷に入りやがって」
爪で畳を引っ掛かかれては困る。タヌキは叱られて追い出されそうになり耳を伏せる。が、それを祖母が叱った。
「こりゃ、道人! 狸はこの家のお守りさんじゃ。大事にせなイカンッ」
「え? いや、その狸、歩が拾って来て……お守りさんて?」
家の中に狸がいるのに何も不自然を感じていないので、歩から事情を聞いているのだろうが、祖母が口にした言葉の意味がよく分からなかった。祖母はタヌキの背中を撫でながら、
「じぃちゃんが大事に大事にしとった狸さんや。この子のおかげでうちの店は繁盛したんや」
いつ頃の話か。過去と現在が頭の中で交差している。祖母はタヌキを抱き上げて膝の上に乗っけると、「ほら、じぃちゃん」とタヌキの前足をちょんと合わせて一緒に仏壇を拝んだ。
道人は半分呆けたことを言っていると知りつつ、祖母に習って手を合わせた。思えば、参るのをおろそかにしていた事を祖父と父と母に心で謝った。
トントンと階段を下りる足音が聞こえてきて、座敷のガラス障子戸が開かれ歩が入って来た。
「あれ? 何やってんの? あ、タヌキこんなとこにいたー」
台所代わりの座敷に置いてあるポットで飲み物でも作りに来たのだろう。毎晩、歩が夜遅くにゴソゴソしている気配を道人は夢うつつで知っていた。火事に遭う前にも夜中に台所まで下りていたかどうかまでは道人は知らないが、歩のマグカップを持っている手をチラッと盗み見る。
「うちの店は、このお守りさんの狸のおかげで繁盛したんだってよ、ばぁちゃんが」
「え?」
道人は巫女である玲子が似たような事を言っていたのを思い出す。全くの信憑性のない作り話ではないのだろう。狸好きだった祖父のことだ、それらしき体験をして自らの信仰にした──そんなところだろうと憶測する。
しかし、数ある狸話を聞かされていたが、この話は初耳だった。もちろん、歩もだ。
「そうなのー? ばぁちゃん」
「あーあ、狸さんがお客さん連れて来て下さったんや。うちの店も最初はうまいこといかんでなぁ、苦労したもんや。でも、うどん屋をやるんはじぃちゃんの夢やったきんな、定年間近に仕事辞めて、退職金でお店建てたんや。ほんだきん、店が流行らなんだら生活していけんとこやったんや」
「それで? 狸さんが助けてくれたの?」
「最初に助けたんは、じぃちゃんの方。店に狸が現れてな、厨房の野菜を漁んじょったんや。それ見つけてじぃちゃん、追い出そうとしたんやけど、あまりに貧相にやせこけた狸が可哀想げなかってなぁ。じぃちゃん、売れ残った、おはぎをあげたんや。そしたら狸さん、おいしおいしゆうて食べてくれて……なぁ?」
祖母は抱っこしたタヌキに話し掛けると、タヌキは耳を傾けて真剣な眼差しでジッとそれを聞いていた。道人は何かが頭の中でリンクして天井を仰ぐ。
「じぃちゃんが狸さんを助けたから、その恩返しにお店を助けてくれたんだ?」
祖母は少し間を置き、
「さぁねぇ……じぃちゃんは何も言わんし、この話は誰にもしたがらんのやけど、じぃちゃんが狸を大事にするようになったんはそれからやし、お店が繁盛し出したんもそれからや。あたしは絶対、狸さんのおかげやと思うとるんや」
狸のおかげだと信じきっているのは祖父ではなく祖母の方だった。
「そうなの?」
「狸のおかげで店流行ったとは言いたくないし、思いたくないだろ? 俺ならそうだ」
同じ職人としての意見を道人は述べた。
「別にいいじゃん。狸の御縁あるうどん屋さんって不思議っぽい雰囲気でさ。うちの男共はヘンなプライドばっか」
「うどんの国はおとぎの国じゃねーんだ。プライドじゃなくてこだわりだ、こだわり。こっちは真剣勝負なんだよ」
「こだわりって、ここ毎晩遅くまで厨房で何やってんの? まだ懲りずに出汁の研究してんの? じぃちゃんやお父さんには敵わないよ。それこそ狸に教えてもらって助けてもらえばぁ?」
「なんっ……おまえこそ、何やってんだよ? 夜中にゴソゴソしてんの知ってんだぞ、俺」
「教えないっ」
生意気な口を利いた妹は更に卑怯にも祖母の後ろに回る。祖母を味方にして逃げるのは子供の頃からだ。祖母は年下である妹の方を庇い、たしなめられるのはいつも年上である兄の方だ。
互いに童心に返ったような兄妹喧嘩をよそに、祖母は仏壇から置物をそっと大事に取る──狸の置物だ。
「あっ、それ……もしかして、俺の?」
道人には何となく見覚えがあった。昔、祖父に買ってもらった置物によく似ている。まさか、こんな所にあったとは……普段、仏壇の掃除をしたりしない道人は気がつけなかったが、歩は狸の置物があるのを知っていた。
「ばぁちゃん、それ、何で仏壇に飾ってるの? じぃちゃんが狸好きだったから?」
一体どんだけ好きだったんだと、兄妹二人は突っ込みたくなる。
タヌキが置物に鼻先をピクピク動かしてちょんちょんとくっつけると、何かにハッとて強い反応を示し、クンクンとしきりに嗅ぎ出す。
「この中にはなぁ、大事な大事な秘伝の味が隠されとるんやてなぁ、じぃちゃんが」
「なにっ?」
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