第二十八話 帰宅
倉庫へと軽トラを入れると、すでに庭先で待ち構えていた歩が、小走りに幼子の笑顔で飛んで来る──もちろん、道人に向かってではなく。
「ばぁちゃん!」
数か月ぶりに鳴瀬家へと帰って来た大好きな祖母を最大限の喜びで歩は出迎えた。
無事に病院から退院した今日。二、三日だけ実家に帰らせてから戻らせたいと願う家族の旨を道人が老後施設に連絡して許可を得たのだった。
助手席から祖母が「よっこらしょ」と降りるのを歩が体を支える。
「退院できてよかったねぇ、ばぁちゃん」
「歩、元気にしとったか?」
つい三日前、病院へと着替えを持ちに行った時に会ったばかりだが、もう忘れている。記憶力が曖昧な上、意味もよく考えずに思いついた言葉をすぐに口にポンとしては呆ける。そんな会話のやり取りが少しずつ増えてきていた。
完全に呆けて会話もままならなくなるまでに少しでも多く、歩は一緒にいたいと願っている。
「うん、元気にしてたよ」と、慣れ様子で歩はわざと話を合わす。
「なぁ、荷物全部下ろすのか? こっち、洗濯してる着替えはこのまま施設持って行くんだろ? コレこのまんま車に置いといて……」
「んなの後でいいからっ。ほら、ばぁちゃん、寒いから中入ろ。早く、早くっ」
どうでもいい細かいことを聞いてくる兄など放っておいて、歩は祖母の手を引き家の中へとゆっくり補助しながら入っていく。道人は手間を省こうと知恵を働かせただけだったが、やはり全部の荷物を両腕に抱えて家へと一人で運ぶ。
家の中へと入ると、火事により丸焦げに黒くなっている台所が現れる。それを見るなり、祖母は「あれまぁ」と他人事の様な一言。齢八十歳にもなると、岩次郎と同じくちょっとやそっとでは驚かないのだろう。
居間も半分焼けた為、代わりにしている座敷へと祖母を座らせた。
「店の方も厨房の壁が少しやられちまってな。調理するのに問題はないから、今はそっち台所代わりにしてる」
業者への解体とリフォーム修理などは見積もりが終え、道人が毎日せっせと廃材処分を行っているところだった。
「ばぁちゃん、ちょっと待ってて」
慌ただしくパタパタとスリッパの音を立てながら、歩は玄関へと向かうと外へ出て行ってしまう。
「なんや? どしたんやろか?」
「さぁな」
と、道人はあえてとぼけてみせる。
あれから、歩の回復は早かった。道人の妹だ、いつまでも塞ぎ込んでいたりなどしない。それどころか、七転びしても、ただで転んだりはせずに起き上がる。道人は何か聞いたり言ったりはしなかったが、歩の事が気掛かりではあった。今、こうして歩の元気を取り戻させているのは、やはり祖母の存在だった。
「ばぁちゃーん、見て見て!」
急いで再び戻って来た歩は、盆の上に乗せた、おはぎをテーブルの上へと置いた。
「おはぎ! これ、私が作ったんだよー」
朝早くからせっせと作ったおはぎを披露する。道人も一部手伝ったのだが、まぁいい。と、妹に花を持たせてやるとした。
「ほぅ」
祖母は感嘆の声を漏らしながら首を上下に頷かせながら、おはぎに見入る。
「歩がな、ばぁちゃんに教わった通りに作ってみたんだ。食ってみてやってくれ」
言いながら、道人は急須で湯呑にお茶をたっぷりと注ぎ足しておく──救急への備えだ。
おはぎを手に掴んだ祖母の顔はすでにほころんでいる。嬉しそうにしげしげと見つめた後、ゆっくりと口へ運び入れた。
「どう? どう? おいしい?」
孫が作ったおはぎに満足そうな顔で口元をモゴモゴとあんこときな粉まみれにさせて言う。
「ほんに、おしいわぁ。これ、歩が作ったんかい?」
「おいしい? ホントに?」
「あーあ、あたしより、上手にできとる」
歩は道人を振り返ると、祖母のお墨付きに目をらんらんに輝かせてみせた。道人は、分かった。とばかりに溜息交じりに苦笑する。
「よっし、〝おばあちゃんの味〟ってキャッチコピー付けて売れば、もっと売れるか!」
途端、歩の目が一気に侮辱を含んだものへと変わった。道人がわざと言ったくだらない冗談に、つまらない顔して歩は湯呑に手を添え茶をすする。
「……まぁ、すでにボチボチそれなりに売れてきてっけどな。岩じぃなんか、毎日おはぎまで食いに来るようになったしな」
「岩さん、元気なか? 少し糖尿病がある言うて橋田病院通いよる言よったけど、どうなんじゃろか? 白川さんは? まだリハビリ行っきょるんやろか?」
常連客の事はちゃんとしっかりと覚えている祖母だ。話の大方が病気についてだったが。
「あぁ、みんな相変わらず、うどんバカだ」と、しばし常連客や店の話題に花が咲く。いまいち話の内容についていけない歩が祖母に「なに? なに?」と、必死に祖母に尋ねる。
「じゃ、俺ちょっと作業してくるわ。ばぁちゃん、ゆっくりしててな」
道人は立ち上がると、午後から中断していた台所の廃材処分の作業へと戻る。
「お兄ちゃん、どこまで床はがす気? 足踏み外してケガしないでよ? そんなことになったら治療代の方が高くつくよ? ホントに、もぅ。あ、夕飯は? もう少ししたら作るから。今日、鍋だからね、呼んだらさっさと来てよー、みんなで食べるんだからね!」
小うるさく念を押してくる妹に、道人は背中越しに「あぁ」と返事をしながらスタスタと台所へと向かった。
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