第二十七話 もう、無理
「ぎゃあ────っ!」
突然の人に驚いたのと痛みに驚いたのとで、道人は絶叫した。
「鳴瀬、生きてたかっ? おまえどんだけ先生の寿命を縮めたら気が済むんだっ、何だってこんな……どしたんだ? まさか無理心──」
「イデェ、やめっ……離せっ今はやめろっ、マジ殺すぞっ」
暗闇の中、いきなり後ろから体重を乗せて抱えついてきた工藤に、本気で殺気立つほどの痺れと痛みが足筋を襲う。
「今、何言おうとした……なんでここにって、酒っ? 酒気帯び運転して来たのかっ?」
いつもと違って態度が気持ち悪いと思えば、酒の匂いが漂っている──工藤は酔っ払っていた。
「ん? 誰が酒気帯びだ? 運転は玲子……あれ? どこ? 家は? 丸焦げか?」
どんよりとした雲で覆われた月夜。一寸先はほとんど真っ暗闇だ。確かに火災の焼け跡は闇に溶け込み何も見えない。その中で、目が慣れていた道人は庭先に玲子がいるのが見えた。
玲子は冷ややかに突き刺さるような目を工藤に向け、
「酔いは、冷めた?」
「どこ? 玲子?」
「あっそう。ちょうどいいわ」
今度は道人に向かい、
「その人、好きに使っていいから」
麗しい笑みを浮かべ残して駐車場へと立ち去る。
一体、工藤を何にどう使えばいいのか……あぁ、と道人は思いつく──火の当番だと。
後方から玲子が乗った車のヘッドライトで庭に明かりが射し、現状が浮かび上がった途端、照らし出された家屋を見て工藤の酔いは一気に冷めた。
「……マジか、本当か。……無事で、よかった」
道人の両肩に手を置き頭を垂れさせ、胸を撫で下ろした。
「ん? なんだ、泣いてたのか?」
ヘッドライトの光で道人の頬に伝っていた涙も照らし出される。道人は拭うより先に恨めしく下から睨む上げた。
「……あんたのせいだろ」
「ん? オレのせい? ……オレ、男の子泣かしたの初めてかも」
くだらない冗談が余計に道人の目を沁みさせる。車が角度を変えたので、それ以上は工藤には見えなかった。
「……センセー、行っちゃったけど?」
「あぁ、いい。歩いて帰るから」
もちろん、車で一時間先にある自分の家にではなく、玲子の家へだ。一人では食べきれない量の土産を道人に持たされ玲子の家へ向かえば、神主の祖父に捕まえられて一緒に呑んでいたという、どうでもいい元担任の世間話をわざと聞かされながら、店前のベンチに道人は座った。
工藤は火災の合った台所の方を向いているが、しげしげ眺める続ける程の大それた火災現場ではなかったが。しばらくの間、二人は無言のまま。やがて道人が口を開いた。
「……センセー」
「ん?」
「願書受付ってまだやってる?」
「…………」
工藤は少し間を置いた後、おもむろに振り返る。
「その気があるなら、自分で調べなさい。うちは全て生徒の自己判断に任せています」
「……冷てぇ」
「うちとしては生徒の意志を尊重しているつもりだがな」
ベンチに腰を下ろした工藤は、前かがみに両手を組む。道人は両手両足を力なく垂らしていた。
「なんだ? うどん屋やめて、高校出て就職でもする気か?」
「……そうしようかな」
声に覇気なく答える。
「何言ってんだ? おじいちゃんとお父さんのうどん再現してみせるんじゃなかったのか?」
「……うん。でももう、無理っぽい」
工藤は長い溜息を一つ。
「そんな夢も希望も目標も見えてないフラついたヤツ、うちで卒業するのも無理だな。入学した過半数の生徒が脱落していくからな。それほど意志の弱いヤツには厳しいってことだ」
反論の余地もなく、道人は口を閉ざして押し黙ったまま。しばし沈黙が続いた後、工藤はぽつりと喋り出した。
「鳴瀬が高校中退するって言った時、そりゃあ田中先生じゃないけど、焦ったなぁ。けど、あの時のおまえからは、家族のためにって強い意志がしっかり伝わってきてたからな。うどん屋は継がないって言いつつも、頭の片隅にはしっかり〝うどん〟って書いてるのが見えたぞ? 仮に継がなくても、こいつはいつか必ず何か大きなものを成し遂げるって感がしたんだ。おまえが大人しく人生終わらすなんて姿、そっちの方が想像できなかったからな。だから、すんなり中退認めて社会に送り出してやろうって思ったんだよ。というか、もう頑固に頭固めちまってほぐしようがなく説得できかったからな、先生の負け」
苦笑して工藤がその道人の頭を掴むと、ぐらぐらと柔らかく揺れた。
「今のおまえは? 本当はどうしたいんだ? ん? 甘えさせてやるだけならいくらでもできるけどな。おまえの中にある問題は、おまえ自身にしか答え出せすことができないんだ。だけど……もう無理って、そんな簡単に諦められるものなのか?」
「…………」
今まで、考えなしに突っ走って来れたのは、何も知らなかったからだ。けれどあの時、進学の道を選んでいたならば、そのまま普通の道へと進んでいたかもしれない。そうして『道』は忘れられて消えていったことだろう。それが嫌だったのではないか? 道人は思い出していく。そこへ唐突、
「オレ、ずっと思ってたんだけど、何でそんなに先代の味にこだわるんだ?」
あまりにも率直な疑問に、道人は豆鉄砲を喰らった鳩の目になる。
「それは……伝統の味だからだろ」
「その伝統の味じゃなきゃダメなワケ?」
「……伝統は受け継がれるもんだ。変えてしまったら、それは伝統じゃなくなるだろ」
「別にいいじゃん」
「なっ……」
「先代の味に頼らなきゃやってけないうどん屋なら、そんなのやめてしまえ」
あまりにもあっさりと何の気もなくいってのける工藤に、道人は二の句が継げずに口をパクパクさせる。
「おまえはおまえの味で勝負すればいいって言ってるんだ。革命だ、革命を起こせ。おまえならやれるだろ? いや、やれるし、やるだろ。ほら見ろ、顔にうどんの三文字がくっきり書かれてるぞ?」
と、指で突いた後、ピンッと道人のおでこを指で弾く、「ってぇ、何すんだっ」
好き勝手な言われように、もう道人は黙っていらず、頭に血が上らせる。と同時に、失われていた活気も湧いて戻ってくる。
「あーあ、家が燃えようが流されようが終われるかっ、終わらせねぇ! じぃちゃんと親父が築き上げたもん、何だと思ってんだよっ? ってか、嫌でもな、終われねぇての! 俺には妹とばぁちゃんがいんだ。俺がしっかりしてなきゃいけないんだよ! 真面目に必死こいたって、ちっとも余裕もなくて、毎日がその日暮らしだぁ。公務員で安定した給料もらって、お気楽で身軽な独身のあんたと違ってな! 自営業の飲食店なめんなよっ!」
椅子から立ち上がっていきり立つ道人に、
「わぁ、重たそー。さすがは縁の下の力持ちだなぁ。オレには無理」
軽口で受け流す工藤を、実は中学まで柔道をやっていた道人は一本背負いをしてやりたくなる。しかし、逃げるが勝ちか。座ったまま応戦してこない相手はなげられない。計算づくの工藤に歯がゆく奥歯を噛みしめた所で、ハッと気づく。
「歩っ、見て来ねぇと……」
あれから放って置いたままなので心配だ。好きに使っていいと玲子の承諾済みなので、「センセー、火の当番頼んだ」と、工藤に現場の監視を押し付けて任すと、家へと向かいザッザッと放水で濡れた砂利石の上を歩く。途中、足を止め、
「センセーのアドバイスは一応取っとくから。……まだよく分からない。願書受付も調べてみとくよ。そん時は、よろしくお願いします」
斜めの角度で頭を下げた。
「あぁ、しっかりよく考えて頑張りなさい」
元担任の顔をして、真摯に工藤は言葉を返す。
冷やりと風を受けて寒さに両手で肩を抱き、道人は見上げる。空の雲が薄れて流れゆき、月の光が見え隠れしている。星もポツポツ見えている。
明日は、少しは晴れるだろう。
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