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第二十六話 巨大化け狸

 以前として放水を続けていた道人(みちと)


「……ここまでか」


 もはや自力での消火活動は無理と判断して、あとは消防車が来るのを大人しく待つしかない。と、諦めかけた──その時、突然、強風が吹きつけた。


「うわっ」


 道人も吹っ飛ばされて地面に転がる。よろけながら立ち上がると、側にある柿の木にしがみついた。

 勢いある強い風に店まで広げようとしていた炎の手が遮られて引っ込む。


「な、なんだぁ? 風っ?」


 吹きつてけてくる方向を見上げると、


「うおっ?」


 店の屋根に大きな狸がいた。とんでもなくギョッとして道人は手にしていたホースを思わず落っことす。


「なにっ? 狸?」


 腹を丸くパンパン膨らました狸は、頬もパンパンに膨らまして、炎に向かって大きく息を吐き出し吹きかけていた。


 狸は腹をどんどんと風船のように膨らませると、店をすっぽり覆い被さるほどの大きさになった。顔を真っ赤にして、必死に息をフゥーフゥーと吹く姿はどこかちょっと間抜けで、道人は大きく口をポカンと開いて呆気に取られてしまう。


「俺、ついに……」


 巨大な化け狸を前にして、ぐるぐると目眩で倒れそうになる。しかし、道人は気丈に踏ん張った。風だか息だかが吹いたおかげで、縮まった火の手にめがけて再び水を放つ。


 狸も全身全霊で息を吹き続ける。


 その光景は、駐車所にいる岩次郎(がんじろう)たちにはまるで火の手が店を避けているように見えていた。不自然な現象に皆、目を丸くする。


「風が吹っきょる」


「なんや、この風? どっから? 火の勢いが増してしまうで」


「いや、ちりじりんなっとる」


 止むことのない連続した風に火は頭を出せずに押し付けられ、苦しそうにあがきもがく。


「……(みち)さんじゃ」


 ふと、岩次郎がつぶやいた。


「なに?」


「道さんが店を守んじょんや」


「えー、風になってな?」


 岩次郎は信じた。店を守るかのごとく寄せ付けない風に、そうとしか考えられなかった。皆も毎日のうどんのために店が焼けぬよう心で祈る。


 ほどなくして、サイレンを鳴らしながら消防車が到着した。消防による消火活動が始まれば、ものの数分であっけなく火は消し止められたのだった。

 黒く焼け焦げた家屋から、ポタポタと水滴が落ちる。


 道人は全身から力が抜けホースを持った手をだらりと垂らすと、ゼィゼィと大きく肩で息をした。

「お兄ちゃん! 大丈夫?」


 いてもたってもいられなかった(あゆむ)が側へと駆け寄る。


「あぁ、大丈夫だ」


 熱風で流れる汗を手の甲で拭いながら、道人は笑って平気に返事をしてみせた。


「あ、タヌキ!」


 よろめいて歩くタヌキを歩が見つけて抱き上げる。すると、タヌキはぐったりと力なく伸びていた。


「タヌキ、どしたのっ?」


 ゆさゆさ揺さぶると頭がぶらりと垂れ下がる。


「……息はあるか?」


 先程の化け狸が、まさか目の前にいるタヌキとは信じがたいが、そもそも自分が見たものが道人は信じられなかった。──病んでいる。全てはそれで解決できるほどに道人の精神はギリギリの線で繋がっていた。


 いつの間にか、たぬ子の姿がいなくなっていた事にも気づいたのはほどなくしてからだった。


 道人が消防から事情聴取を受け終えると、


「台所はありゃイカンのぅ。居間も半分やられとる。……店も厨房の壁はやられとるけど、中はすすだけで済んだみたいじゃ」


 岩次郎が現場観察を行っていた。


「他は、二階は大丈夫じゃ。もう心配いらんじゃろ。歩ちゃん、寒いきん中入って休んどりや。あとはこいつに全部任せとったらええ」


 無責任に道人を指差し笑う。


「歩」と、道人に目で促されて歩は従いタヌキを抱いて家の中へと入っていった。


 額のタオルで首回りの汗を押さえながら道人はしゃがみ込む。


「岩じぃ、すまねぇ」


 素直に謝る道人に、


「なんじゃ? なーにを落ち込んどんじゃ。この程度のボヤで済んだんじゃきん、よかったよかった」


 ハハハ。と、入れ歯をキラリと光らし笑い飛ばすと、バンバンッと道人の背中を叱咤激励するかのように強く叩いた。──戦後を生き抜いてきた岩次郎にとっては大した事ではなかった。


「残り火が心配じゃきん、今晩は寝ずに見張りやの」


 そう言っておきながら、手伝う気はさらさらないのか、何食わぬ顔して後ろで手を組みトコトコ歩いて隣の自分ちへと帰って行く。


 道人は一人、しゃがみ込んだまま立ち上がらろうとしない。いや、立ち上がれないのだ。心まで燃え尽きて、もう立ち上がる気力が残されていない。


 泣きっ面に蜂? 踏んだり蹴ったり? 浮かんだことわざを並び立ててみるも、どこかしっくりこない。


「いっ……てぇ」


 しゃがみ込んだまま、どのくらい経っただろうか。足の先が痺れてきた。ジーンと麻痺していた足にビリビリと電流が走る。動くと足の裏が剣山で刺されるようだ。痛みに涙しそうになる。……本当に痛いのは心の方だった。


 四年前──葬式で涙を耐え続けたのを思い出す。


 あの日から一度も泣いてなどいない。誰にも涙を見せていない。けれど──そろそろ、泣いてもいいだろう? 許さるだろう? よし! 


 動けず中腰になった状態のまま、涙腺を緩めようとした時──


読んで頂きありがとうございました!


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