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第二十四話 番犬ならぬ番狸

 道人(みちと)は背中に哀愁を乗っけて、一人で台所の隅にある小さなテーブルで卵ご飯で夕飯を済ませた後、ノンアルコールを飲みながらサバ缶をつつく。


(あゆむ)……)


 今まで気づいてやれなかったばかりか、相当な無理をさせてしまっていた事を悔やみ自責していた。家事の疲れに祖母の入院が重なっただけとは思えない。両親が亡くなってから、ずっと塵のように積もってきていたのだろう。


(うどん屋か……)


 日頃から、手伝いをすると言ってやかましい歩だったが、まさか進路を変えてまで、そこまで本気だったとは思っていなかった。


「……うどん屋なんて、面白くもなんもねぇっての」


 それよりも普通に大学へ行って、友達とワイワイ騒いで、卒業したら普通の会社に就職なりなんなりして、そして結婚して幸せになってくれればいい。できれば、玉の輿──うどん玉ではなく。

 そう、願っていたのだが……勝手に将来の人生を押し付け、ちゃんと本人の意見に耳を貸してやらずに、無視してしまっていた事を謝る。


 薄暗がりの中、トコトコと歩いてきたタヌキは、以前の置物状態に比べると、よく動くようになって家の中で行動範囲を広げていた。


「タヌキ……歩、寝たのか?」


 ハの字をした顔で頷くように頭を下ろす。


「そっか、今はおまえが頼りだ。歩のこと頼むぞ」


 両手でお腹をポンポンと叩くと、タヌキは「クゥ」と鳴いた。


「あ、エサか?」


 タヌキは餌が欲しくて道人の側に来た訳じゃなかったので、ノーセンキューと左右に首を振る。けれど、人間と狸ではそこまで通じ合えない。


「なんか、野菜……」と、冷蔵庫を開けてニンジンを見つけると、ジャガイモと一緒に細切れにして与えた。


「なんか、さみぃな」


 心は十分に寒かったが、さっきから足元も冷えていた。流し台の方を向いている小型ストーブをこっち側に自分とタヌキに当たるよう反対に動かす。タヌキがシャクシャクと野菜をかじる音と、道人がノンアルコールビールをゴクゴクあおる音だけが、台所に静かに響く。


「じゃ、俺ちょっと店の方いってっから。頼んだぞ、番犬ならぬ番狸」と、満腹に膨らんだお腹をポンポンして道人は店へと向かった。



   ◇



 あれから、道人の言いつけ通りしっかりと歩の部屋でお座りをして付き添いをしていたタヌキは、鼻をピクピクと動かした。

 十センチ程、開かれた部屋の隙間から何かが臭う。ドアまで近づくと、さらに鼻の穴を広げてスンスンと空気を嗅ぐ。敏感に優れた野生動物の嗅覚が漂ってくる異臭をキャッチした。それは一階からだった。鼻がムズムズしてクシュンとくしゃみが一つ出る。ベッドの方を振り向き、ぐっすりと眠っている歩の様子を確かめてから、一階へと階段を下りた。


 臭いの出所はすぐに判明した。台所からだ。見ればストーブから火が上がっている。その光景に驚き、タヌキはどうしたものかと、クルクルと体を回転させて慌てふためく。そしてはたと身動き止めると、二階へと歩のいる部屋まで急スピードに階段を上った。


 部屋に入るとタヌキは意外にも軽々とベッドにピョンと飛び乗り、歩が被っている布団を前足でバリバリと引っ掻く。が、ふかふかの掛布団が邪魔をして歩は何も気づかない。ならばと、今度は布団にすっぽり潜っている歩の頭部をポリポリと掻いた。これにはさすがに反応した歩は、


「ん……なに? やめて」


 と、イタズラと勘違いされてしまう。タヌキは「クゥクゥ」としきりに鳴いて訴えてみせるも、ネコの様な鳴き声に、外で騒ぐ野良猫同士の喧嘩とでも思われたのか、気にしてもらえない。

 一刻も早く何とかせねばならない。タヌキは「クゥ」とひどく焦りを募らせた顔で、再び一階へとダッシュで駆け下りた。


 台所へと戻ると、火の手は天井にまで達しようとしていた。もう消火器のみでは完全に火を消し止める事が困難な状態だろう。タヌキは流し台の奥にある勝手口に付いた猫専用出入り口へとめがけて、煙が渦巻く中、勢いよく滑り込んでいった。


読んで頂きありがとうございました!


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